オリーブ  |  davinci

                            吉川トリコ

オリーブ

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第八回(最終回)後編

                                          Toriko Yoshikawa

                                                                                          吉川トリコ

 
 
 
 

                    
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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

                                                                                                                                            Toriko Yoshikawa

【主要な登場人物】
ミツコ●名古屋在住でオリーブ少女を自負する中学三年生。幼なじみの空太以外これといった友達がいない。突如、東京から帰郷した姉・チエコをうっとうしく感じていたが、姉を追いかけ東京からやってきた柴にひと目惚れする。
チエコ●28歳の元オリーブ少女。実家の喫茶オリーブをカフェにする!といきまいて帰郷。が、うまくいかず実家でダラダラとした日々を送っている。そんなある日、柴とは何から何まで違う空太にかつてないときめきを覚え……!?
空太●女の裸を生で見ることに情熱を燃やす中三のチェリーボーイ。ひょんなことからミツコにキスされ、それ以来ミツコの気をひくことにやっきになっている。チエコは良き姉的存在。
柴●ボーダーのカットソーをこよなく愛する生粋のオリーブボーイ(メガネ着用)。東京からチエコを追いかけてきたものの、つれないチエコとは反対に、よくなついてくれるミツコをかわいく思いはじめていたが……。

 
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「オリーブ・フォー・エヴァー」
       後 編

……」
 畳の上で打ちひしがれるチエコは、まだメイクも髪もセットしていない。
「ラベンダー、ローズ、ジャスミン、どれがいい?」
 舌打ちまじりにミツコはたずねた。
「へ?」
「だから! ラベンダー! ローズ! ジャスミン! どれかひとつ選んで! 早く!」
「ロ、ローズで……」
 ミツコは自分の部屋からローズのリネンウォーターを取ってきて、ワンピースの目立たない場所にしゅっと噴きかけてやった。ふわりとやわらかなローズの霧が散って、おばあちゃんち臭をかき消す。
「なにそれ? ファブリーズじゃないよね? それでこのババ色オーラが消えるの?」

 

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 しばらく経ってもいっこうにチエコが降りてこないので、大丈夫、まだ大丈夫だから、とフォローする柴をふりきって、ミツコは二階にあがっていった。
「あ、ミツコいいところにきた。これナフタリン臭くない? 鼻詰まってて自分じゃよくわかんないんだけど、なんかババ色のオーラが出てる気が……」
 数年前、友だちの結婚式に出席したときに買ったというワンピースをチエコは着ていた。ギャルソンヌルック(※2)っぽいローウエスト切替のプリーツワンピースにロングパールのネックレスという、クラシカル女優ふうスタイル――なのは見た目だけで、くんくん嗅いでみると、たしかにおばあちゃんちみたいなにおいがする。それだけで、シックでエレガントなはずのワンピースが、おばあちゃんちの使い古したカーテンに見えてくるから不思議だ。
「なんでクリーニングに出しておかなかったんだろう

「だから手は止めない。とっとと準備する。いつまで矢野さんを待たせる気なの」
「はいはい、わかったわかった。ところでババ色オーラはもう消えた? 乙女オーラに変わった?」
「っていうかおねえちゃんの場合、根本的なとこが乙女じゃないからなにやったって無駄な気が……」
「そりゃそうよ。芯から乙女だったら、こんな必死に乙女になりたいなんて思ってないよ」
「――――」
 ミツコは思わず絶句して、ちいさな手鏡を覗き込みながらアイラインを引く姉の横顔を見つめた。
 なんて身もふたもない――けれど、痛いところをついてくる言葉だろう。それでいて笑っちゃうような、ほっとするような、肩の力がふっと抜けるような。
 ほんとうの意味での「オリーブ少女」なんて、きっとど

 

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 されるがままになっているチエコを、「手は休めない!」と短く一喝して、慎重に、染みになったりしないか確かめながらワンピースぜんたいに噴きかけていく。ついでに裾のほう、皺になっているところも手でぐいぐい伸ばしてやった。まったく、いい年してなんでこんなにだらしないんだか。
「これでにおいが消えるわけじゃないけど、なんにもしないよりはましだと思う。この状態で香水つけたらもっとひどいことになりそうだし。それと、これ」
 と言って、ミツコはお手玉ぐらいの大きさの布袋をチエコに押しつけた。リネン地に赤い糸で刺繍をほどこした、手製のサシェ袋だ。
「ないよりましだから、お守りがわりに持っていきなよ」
「なになになになに、なによこれ。めっちゃ乙女っぽいじゃん」

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どんなでもいいから。かわいくしてくれればそれで」
「ごめん、おねえちゃん、いまあたし忙しい」
 姉のお願いをふりきって、ミツコは自分の部屋に戻った。机の三段目の引き出し、鍵をかけてしまってある「オリー部」活動日誌vol.7を開くといちばんに、

 池袋のカツカレーだけは死んでも食べたくない!

 の一行が目に飛び込んでくる。
 柴からもらったばかりの万年筆を手に取り、ミツコはそこにごくごく控えめな文字で新たな一文を書きくわえた。
 
 時間ギリギリまでバタバタしてなんとかそれっぽく体裁を整えたチエコと、待っているあいだにコーヒーを三杯も飲んで「おなかがたぷたぷになっちゃったよ」と嘆く柴の

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こにもいない。どんな女の子だって、どこかしらだらしなかったり、歪んでたり、醜かったりする。おならもするし、ときどきはジャンクフードを食べちゃったりもする。たまにはラーメンやカツ丼を食べたいと思う。低俗だとされているテレビ番組を見てげらげら笑っちゃったりもするし、オリーブ少女的にマストといわれている映画を観ても、わけがわからずちんぷんかんぷんだったりする。そもそも日本にいながらにして、本来の意味でのリセエンヌになんてなれるわけがないのだ。根本のところからしていろいろ無理がある。
 でも、だからこそ憧れてしまう。うつくしく生きたいと願う。必死になって背伸びする。無敵の好奇心で「かわいい!」を追求する。
 だからこそ。ぜんぶぜんぶ、“だからこそ”だ。
「ねえミツコ。あんた手が空いてるなら髪の毛やってよ。

 

ふたりを木下先生の結婚式へと送り出し、ミツコはピクニックに出かけることにした。
 よく晴れた土曜日の昼下がりに、ひとりぽつんと傷心(センチメンタル)ピクニックに出かけるなんて、あたしってばなんて乙女! なんてガーリー! なんてリセエンヌ! と興奮にうちふるえながら、山ぶどうの蔓で編まれたかごの中に甘い紅茶の入ったポットとチエコの焼いたお菓子を詰める。勝手にお店の厨房に入り込んで、勝手にサンドウィッチをつくり、チエコの晩酌用のオリーブの瓶詰めとチーズをちょろまかし、それから裸のままのバゲットをかごに差し込んだら完成。
 高級民芸品であるこの山ぶどうのかごは、飛騨のおばあちゃんちの納戸で埃をかぶっていたのを発掘したものだ。ところどころ黒ずんでいたのをきれいに掃除して、陰干しして、車道の大塚屋(※3)で買ってきたギンガムチェッ

クの布を貼りつけた。祖母(ここは敢えて祖母と表現するのがイケてる気がする)が愛用していた古道具をリメイクしちゃうだなんて、あたしってばなんてオリーブ! とこのバッグを手にするたびに燃え立つような高揚をおぼえてしまう。
 ずいぶん長いこと『Olive』を読んでいないので、このごろいろんなことが不足していた。現代人の食生活では不足しがちな鉄分やカルシウムのように、オリーブ少女に必要な成分が完全に不足していた。バックナンバーを繰るだけじゃぜんぜん足りない。「オリー部」活動日誌のネタだっていいかげん尽きてきた。
 なにか! なにかしなくては!
 サプリメントを摂取するようになにかオリーブ的なことを!
 それで傷心(センチメンタル)ピクニックなのである。

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息をついた。古着っぽいネルシャツにだぶだぶした色落ちジーンズという、もろにアメカジファッションの空太と、ヴィクトリア時代の少女のようなミツコとでは、まったく釣り合いが取れない。もしこれが『Olive』のグラビアの1ページだったとしたら、「女の子は完璧なのに、男の子のスタイリングがどうかと思います」と便箋にしたためて送りつけてやるところだ。
「ぜんぜん楽しくないわよ。あんたとふたりなんて」
「なんでだよう、おれは楽しいぜ。あー、腹減った。弁当のおかずなに? おかかのおにぎりある? からあげは?」
「弁当とか言わないで! おかかのおにぎりもからあげも入ってないから!」
「弁当じゃないならなんて言えばいいんだよ」
「あんたとはもう口ききたくない!」

「もういいじゃんどこでも。とっととピクニックだかなんだかはじめようぜ」
 傷心(センチメンタル)ピクニックにふさわしい場所を求めて猫ノ池公園をうろついていると、背後から傷心(センチメンタル)ピクニックにふさわしくない声が聞こえた。
「っていうかなんでついてくんのよ! あたしはひとりでピクニックするつもりだったのに!」
「ひとりよりふたりのほうが楽しいじゃん」
 まったく悪びれずに空太が笑う。出がけに家の前で鉢合わせ、ついてくるなと何度も言ったのに勝手についてきてしまったのだ。一生の不覚。よりによってこんなオリーブ的でないやつと、うんとガーリーにロマンティックに傷心(センチメンタル)ピクニックなんてできっこない。
 数歩後ろをついてくる空太をにらみつけ、ミツコはため

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 ぽろぽろとほころびはじめた桜を目当てに、池のまわりには花見客が集まっている。ちいさな子ども連れのママさんグループや、ゲートボール帰りらしきおじいちゃんおばあちゃんのグループが、芝生にピクニックシートを敷いて、めいめい持ち寄ったお弁当を食べたりしている。とても傷心(センチメンタル)ピクニックなんて雰囲気ではない。
「もういいや、ここで」
 すっかり気分をそがれて、ミツコは空いている場所に苺柄のピクニックシートを広げた。膝の上にCath Kidstonのペーパーナプキンを載せ、カップに紅茶を注ぐ。「こんだけ? こんだけしかないの?」とかごの中を覗き込んでわめきちらす空太と、一人分のサンドウィッチを分け合ってちまちま食べた。
「こんなんじゃぜんぜん腹いっぱいにならねーよ」

 そう言って、空太がおもむろにバゲットにかじりついた。
「あ!」ミツコは叫んだ。「なんてことしてくれんのよ、それ食用じゃないのに!」
「食用じゃないならなんなんだよ」
 くっきり歯型のついたバゲットを片手に、こいつまたわけのわかんねーこと言ってんな、という顔で空太がミツコを見る。
「決まってるじゃない、“小道具”よ! これはこういうスタイリングなの! なんで食べるかなあ。あんたってほんと信じられないことばっかりしてくれる」
「おれにはおまえのほうが信じられねえよ……」
 茫然とする空太の手からバゲットを奪い取り、歯型のついてないほうを上にしてかごに突っ込みなおす。まったく、油断もすきもない。これだからこいつはだめなんだ。

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