山本くんには友達がいない  |  davinci

 
 
 

 
 
 
Yukihisa Yamamoto

山本くんには友達がいない

18

第18回

 
 
 
山本幸久

 

 
 
 
 
 
Yukihisa Yamamoto

 
山本くんには友達がいない

 
 
 
 
 
山本幸久

 
 
 
 

前回までのあらすじ

中学受験生の山本くんは、毎週日曜日、塾に通う。唯一の楽しみはマンガを読むこと、そしてマンガのストーリーを考えること。学校にも塾にも、友達がいなかった山本くんだが、いつも「合格祈願」のハチマキをしている南斗と、黒須というマイペースな少年と出会い、少しずつ世界が広がっていく。そして、漫画を描くという夢が、どんどん抑えきれなくなってきて・・・。

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
 
 
 
 
 
 
 
        第18回

山本くんには友達がいない

 

「え? なんで?」
山本くんが思っていたことを沢田が口にした。じつは沢田はエスパーで、山本くんの心を読み取ったのだ、ということではなさそうだった。
「なんできみがここにいるの?」
 山本くんがお金を払ったジャンプを脇の下に挟むのと入れ替わりに、沢田は店主に漫画の単行本をさしだした。『風と木の詩』だった。内容は福子から聞いている。いまいる漫画専門店とおなじビルの地下にある喫茶店でだ。非常に興味深かったが、読みたいから貸してくれとは言い難かった。ましてやいつものメンバーも揃っていたので、余計だった。
 沢田の描く漫画とはずいぶんかけ離れている。山本くんはその漫画本と沢田のあいだで目を行き来させてしまった。
「よくここ、くるのかい?」

「以前は毎週だったよな。最近はご無沙汰だったが」
 沢田の質問に店主が答えていた。自分を認識されていたことに、山本くんはなんとも言えぬ恥ずかしさを感じた。
「どういうしりあいなんだい?」
 店主は沢田に訊ねた。
「おれ、塾のバイトをしてるって言ってたでしょう。そこに通っている子」店主がカバーをかけた『風と木の詩』を受け取り、「おれの漫画も読んでくれてるんだ」とも付け加えた。ちょっと自慢げでそのくせ照れてもいた。
「そうなんだ。こいつの漫画、つまんなかったでしょ」
 あやうく、はい、と答えそうになったのを、山本くんはぐっとこらえた。
「ひどいなぁ、先輩」
 沢田は笑った。苦々しい思いを隠していることは山本くんにもわかった。店主は彼の先輩らしい。しかしいったいなんの先輩だろう。

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山本くんには友達がいない

 

「あのひとって」
 山本くんが訊ねると、沢田は天井を指差した。ああ、漫画専門店の店主のことか。ふたりはいま、福子がバイトをしていた喫茶店にいる。
 きみに話したいことがあるんだ、ちょっといいかな。漫画専門店をでたとき、沢田が山本くんにそう声をかけてきた。『風と木の詩』を買っていた男性の誘いというのは、素直には受けかねる。ここの地下に喫茶店があるんだ。そこへ寄っていかないか。
 もしかしたら福子がいるかもしれない。そんな淡い気持ちが彼のあとをついてこさせた。ところが残念ながら、カウンターの中にいたのはちがう女性だった。年齢は福子よりもまちがいなく上だった。
「大学のサークルの先輩でね」
「サークルって?」
「漫画研究会。七、八年上だから大学でいっしょだったこ

「どうなの、それで。連載、いけそうなの?」
「どうにかなりそうなんですよ」
「ほんとかよ」店主の頬が強ばった。いつもは眠たげな目を見開いてさえいる。
「前回のうちあわせで、編集者のひとが、このつぎでどうにかなりそうだって言ってたので」
「なんだ。決まったわけじゃないのか」
「ええ、でも」
 まだなにか言いたげな沢田を店主は遮った。
「新人賞の作品だけ掲載されて、その後、いなくなっちゃったヤツってたくさんいるからよ。ま、せいぜいがんばるこったな」

「あのひと、昔、漫画家だったんだよ」
 運ばれてきたばかりのコーヒーを砂糖やミルクをいれずに一口飲んだあと、沢田は天井を指差した。

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山本くんには友達がいない

「編集者になにか言われたんだろ、きっと。あのひとのほうはおれに気づかなかったけどね」
 そんな話をするためにぼくをここへ連れてきたのだろうか。だれのことであれ、他人の悪口はいやなものだ。山本くんはもう一口、コーヒーを啜った。さきほどより苦いとは思わなくなっていた。
「あんなヤツのことはどうでもいいや。なあ、山本くん」
 どうしてぼくの名前を、と聞き返そうとしたが、沢田が知っている理由はすぐにわかった。沢田からサインをもらうとき、名前を教えていたんだっけ。あのときサインをねだった理由は自分自身、さだかではない。もらったところでうれしくはなかった。ただ、そうすることで、その前に口にした嘘が反故になる気がしたのかもしれない。
 沢田は自分の鞄を開き、二つ折りの紙をとりだした。束と呼ぶにはそう量はない。枚数にして十四、五枚だろうか。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには友達がいない

 

とはなかったんだけどさ。もう三十になろうっていうのに、いまだに大学の部室やサークルの呑み会きては、先輩風吹かすんだぜ、あいつ。笑っちゃうだろ」
 と言われて笑うこともできないので、山本くんもコーヒーを啜った。オーダーのときに、きみはなにかジュースがいいかな、沢田に言われ、子供扱いされたのが不愉快だったので、思わず、あなたとおなじものでいいですと言ってしまったのだ。山本くんも砂糖やミルクをいれなかった。にがくてたまらなかったが、飲めないことはなかった。
「漫画家だったっていっても、月刊のジャンプで八回だけ連載しておわちゃって、そのまま、単行本にもならなかったんだぜ。それからかれこれ四、五年になるかな。一回、出版社ですれちがったこともある。そんときはおれが持ち込みにいく途中で、あのひとは帰りだった。話しかけようとしたけど、泣いてたからやめておいた」
「泣いてた?」

山本くんには友達がいない

「これ、山本くんに読んでほしいんだ」
 沢田に渡されたそれを開いた。漫画だった。正確には漫画の下書きだ。鉛筆で描かれている。ただし細かく書き込んではいない。ひとの顔と動きがかろうじてわかる程度のものである。しかし吹き出しがあり、その中には細くて神経質な文字で台詞が書き込まれていた。
「漫画のネームなんだ。下書きのさらに前段階のものでね」
「これは、あの、沢田さんの」
「そうだよ。おれの最新作」
 沢田は照れ笑いに似た表情を浮かべた。このひとは思っていたほど悪いひとではないな、と山本くんは思う。漫画を描いているひとに悪いひとはいない。
「昨日、徹夜して描いたものなんだ。明日、編集部へ持っていく」
「それを、あの、どうしてぼくに」

「きみ、ほんとはおれの漫画、おもしろくないと思っていただろ」
 山本くんはどきりとした。やはりこのひとはエスパーかもしれない。だとしたらずいぶん冴えないエスパーだ。山本くんは藤子不二雄の読み切り漫画を思いだしていた。タイトルは記憶にないが、もじゃもじゃ頭で眼鏡の男がある日突然、スーパーマンとなり、はじめ正義を遂行していくものの、やがてその力ゆえに暴君に化す話だ。
「なんでわかったんです?」山本くんはつい、そう訊ねてしまった。
「ってことは、やっぱりそうだったのかよ」沢田は残念そうに笑った。「あっさり認められるとショックだな」
「す、すいません」
「いや、いいんだ。あやまるなよ。あんとき、ほら、きみたちがおれに話しかけてきたときな。ほかのふたりも、おもしろいと言ってくれたけど、ああ、これは、ただのおべ

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

んちゃらだなってわかったんだ。もしかしたら、おれの漫画を読んですらいないって」
 ほかのふたりとは萩原と南斗だ。たしかに沢田の言う通り、ふたりは『突撃!ずんどこ仮面』を読んでいないのにも関わらず、おもしろかったと言っていた。南斗に至っては福子がべつの漫画を評した言葉をひっぱりだして、感想まで述べる始末だった。
 だけどあの意見を聞いて、悦にいってたぞ、このひと。
「それをいちいち指摘するのもなんだと思って、おれもよろこんだふりをしたけど」
 あれはふりだったのか。でもほんとにそうかな。
「だけどきみだけはちがっていた。おもしろかったです、と答えてはいたけど、声がかすれていた。それでこれは嘘だなって気づいた。おもしろいって言いながら、目はおもしろくないって訴えていたもんな」
「すいません」山本くんはまたあやまってしまった。

 

山本くんには友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

「あやまるなって。読まずにほめるやつらよりも、きみのほうがずっとマシだ。あのとき、おれ、もうやめちまおうかとも思っていたって言ったろ。でもきみのあの一言が効いたんだ。正確に言えば、きみの本心かな。編集者にはボロクソ言われていた。だがきみのあの目はそれ以上にこたえた」
 山本くんはうつむいた。目は口ほどに物を言う。そんなことありっこないと思っていた。だがそれを自分が実践していたとは。
「いまさっき、会ったのは運命のように思うんだ。ほんとはもう少し、手直しをしようと思って、持ち歩いていたんだが、とりあえず、それを読んでくれないか。そして正直な感想をきかせてくれ」
 沢田の口調は真っ向から勝負を挑んでいるようだった。えらいことになった、と思いつつも、山本くんは手元にあるネームを読みだした。一枚の紙に見開きで二ページ描い

 

山本くんには友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

てある。ぱっと見て、おやっと思った。絵柄がデビュー作とだいぶかわっていた。ずっとスマートになっている。内容もギャグがふんだんに盛り込まれているものの、サッカーを扱っていた。野球部のエースである主人公の男の子が、弱小サッカー部の助っ人に入り、とある大会の試合に参加する。相手は県下の最強チームだ。はじめは乗り気ではなかった主人公は、負けて当然という沈滞ムードに満ちた自分のチームにいらだちだす。しかし実際、試合になると、今度は思うようにボールを扱えない自分自身が腹立たしくなってくる。そんな主人公を見て、あざ笑う相手チームにも怒りを感じるがどうにもならない。だがたまたま試合を見にきていた浮浪者風の男に、アドバイスをもらい、後半、ロングシュートを決める。さあ、これからどうなる、といったところで、一話目はおわっていた。それで三十二ページだった。
「このさき、どうなるんです?」

 読みおえたあと、山本くんが訊ねると、沢田はにやりと笑った。
「気になるか」
「とても」悔しいがそう答えざるを得なかった。
「二話目の構想はできてはいる」
「この試合は負けるんですよね」
 山本くんは言った。沢田は口元をゆがめた。的を射ていたようだ。
「そう思うか」
「はい」
「じゃあ、勝つことにしよう。できるだけ読者の予想を裏切った展開でいきたいんだ」
 そう言いながら、沢田が手をさしだしてきた。山本くんはネームを彼に返した。
「サッカー、お好きなんですか?」
「いや、全然」沢田は首をふった。「この漫画を描くため