山本くんには友達がいない  |  davinci

 

 
 
 
山本幸久

 
 
 
Yukihisa Yamamoto

第17回

 

山本くんには友達がいない

 

17

 
 

 
山本くんには友達がいない

前回までのあらすじ

中学受験生の山本くんは、毎週日曜日、塾に通う。唯一の楽しみはマンガを読むこと、そしてマンガのストーリーを考えること。学校にも塾にも、友達がいなかった山本くんだが、いつも「合格祈願」のハチマキをしている南斗と、黒須というマイペースな少年、いじめっこ萩原とも会話するようになり、マンガ好きという黒須のお姉さん・福子の働く店へみんなで訪ねたりと、少しずつ日々が変わりだした、かのように見えた。だが受験勉強が本格化するにつれ、やはり山本くんはひとりで……。

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
 
 
 
 
Yukihisa Yamamoto

 
 
 
 
 
山本幸久

 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
        第17回

山本くんには友達がいない

 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 この結果をきいて、塾の先生は一瞬、顔色を失っていた。山本くんや山本くんの母さん以上にショックだったようだ。
 だいじょうぶですよ、先生。ぼくの成績が悪いのは先生のせいではありません。
 そう言ってなぐさめてあげたくなったほどだ。
 先生はすぅはぁと短く深呼吸をしてから、「夏休みはまだおわっていない。これからが勝負だぞ、山本」と言ってくれた。それがただの慰めにすぎないことは山本くんには痛いほどわかった。気を使わせちゃって申し訳ない気分になる。
 先生はつづけてこうも言った。
「山本はな。基礎はできているんだ。あとはどう応用すればいいか、気づきさえすれば成績はうなぎ上りのはずだ。目標の志望校合格だって夢じゃない」
 うなぎ上りの言葉を聞いて、思い浮かんだのは、ウナギイヌが日の出間近の富士山を登っていく姿だった。どんな

 山本くんはくたくただった。
 夜の九時すぎだ。塾の帰り、山本くんは早足で歩いている。
 おばけや幽霊の存在を信じる歳ではない。それでもやはり夜の一人歩きはたまらなくこわい。しかも人通りが少ない夜道となればなおさらだ。
 夏休みもなかばをすぎた。夏期講習もあと二週間足らずである。月曜から土曜、塾は朝の九時からだった。鞄の中で、からからと音を立てているのは、昼と夜、ふたつの弁当箱だ。
 十二時間、勉強勉強また勉強、机にへばりついたままでいた。しかし悲しいかな、それだけ勉強したところで、ちっとも身につく様子はまるでなく、成果はゼロだった。代々木上原進学教室の日曜模試の成績は、下がりはしても上がりはしなかった。
 前回は四千五百十五位だった。

 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには友達がいない

 

山本くんには友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

ときは三千位前後だと言っていた。あれから成績、あがったのかな。百位までの表にはいまだ彼の名は見当たらない。いきなりそこまで跳ねあがったりはしないか。黒須の場合はもとから頭よかったんだし。
 日曜模試で会ったときに南斗本人に訊ねるのがいちばん手っ取り早いのはわかっている。しかしこのところ、会場で目があっても、南斗にはそっぽをむかれてしまう。最近は萩原とのほうが親しい。と言っても、帰り道に言葉を交わすだけだけど。
 福子の話は少しだけでた。彼女が新宿の喫茶店を辞めた理由を、萩原は電話で訊ねたという。
「お金貯まって、ほかにやりたいこと見つかったからやめたって言ってたぜ」
「ほかにやりたいことって、なんなの?」
 福子に電話ができる萩原をうらましくというよりも、恨めしく思いながら、山本くんは訊ねた。

ことも茶化さずにはいられない。頭が漫画に侵されているのだ。いや、もとからの気質からかも。そんな自分を山本くんは恥じた。
 いい加減、本気ださなきゃ、親の金を無駄にしちまうことになる。
 そう言っていたのは萩原だ。その言葉を聞いてから、山本くんは仕事から帰ってきて、疲れ切った表情でいる父を見るのがつらくてならなかった。
 しかしどうすることもできない。
 日曜模試の結果には上位者の順位表が同封されてくる。先週のそれには三十位に黒須の名前があった。差がつきすぎて、うらやましいとすら思えなかった。
 頭の出来がちがう相手とどう争えばいいというんだ?
 ぼくは黒須に負けたくない。鼻息を荒くして、そう言っていた南斗のことを思いだす。
 彼はいま、どれくらいの順位なのだろう。以前、きいた

山本くんには友達がいない

「あのハチマキ野郎、絵が描けずに話をつくることができるのであれば、小説や映画の脚本とかをお書きになったらとも言ってじゃんか。しまいには批評だけしているのは、ただの能書き垂れだって。福子、それ、聞いてすっげえ怒ってたろ」
 不機嫌にはなっていた。怒っていたのは萩原である。福子の前ではナイト気取りの彼は、ハチマキ野郎こと南斗を(たぶん暴力で)黙らせようと立ちあがりかけていたほどだ。
「だけど福子、あとでよくよく考えてみれば、たしかに南斗くんの言う通りだと気づいたんだとよ。だからアルバイトをやめて、その時間をより有効活用することにしたんだってさ」
「有効活用って、なにしだしたの?」
「小説を書いているらしい」
「小説?」

「前に南斗のヤツが福子につっかかったの、おまえ、おぼえてないか。ほら、福子が漫画研究部に所属しているのに、どうして漫画を描かないのかってさ」
 そういえばそんなこともあった。ずいぶんと昔のように思うが、まだ二ヶ月経っていないのではないか。
 福子が漫画について研究しているのは、やがて漫画家になるためかとも南斗は言っていた。皮肉や揚げ足とりではなく、ほんとに心の底から疑問に思い、口にした様子だった。
 それをうけて黒須が、姉さんは絵が下手で、男女の描き分けができず、男がみんな女みたいになっちゃうとばらした。
 その事実を福子は認め、おもしろい話はいくらでも思いつくんだけどね。絵が追っつかないのよ、と言った。その発言は福子に好意をもっている山本くんにも言い訳めいて聞こえた。

 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには友達がいない

 

なかった。だが南斗自身にその不満をぶちまけてもしようがない。彼だって自分の意見で福子がアルバイトを辞めるだなんて、ゆめゆめ思っていなかっただろうし。なにもかもおもしろくない。いまの楽しみはただひとつ、月曜日に買うジャンプだけだった。ジャンプさえ読んでいる最中だけ、いやなこと、とはつまり、この世のすべてを忘れられた。漫画ももちろんのこと、新人賞の応募記事もじっくり読む。受賞者の発表およびそれに対する選評など載っていようものならことさらだ。
 二学期になったら、堤に会える。そしたら漫画の件を話そうと山本くんは考えている。
 ぼくのだしたアイデアを、堤くんが漫画にするのだ。放課後は塾があるので、休み時間を、そう、『有効活用』すればいい。
 野牛十兵衛達の物語は新人賞に応募するにはふさわしくない。ぜったい規定の三十一ページにはおさまらないから

「うん。おれ、よくわかんないんだけど、なんでも最近、女子高生でデビューしたSF作家がいるんだってな。その子に追いつけ追い越せで、がんばっているんだと。遅くとも十八歳の誕生日までには小説家になるって、息巻いていたよ」
 一拍置いてから萩原は寂しげにこうつけくわえた。
「あんな福子、はじめてだ」
 なんにせよ、福子がアルバイトを辞めたのは、ひいては山本くんの一週間に一度の楽しみを奪った張本人は、南斗であることだけはたしかだった。萩原もおなじ結論に達したらしい。
「ほんと、ろくなことしねえよな、あのハチマキ野郎ったらよぉ」
 山本くんは八幡様に入っていった。いよいよもってここは暗く、さらに足が早くなる。
 萩原から話をきいたときは、南斗に腹が立ってしようが

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 な、なんでそう思うの?
 姉貴が似てるからさ。おまえ、おれの姉貴、好きじゃん。
 黒須と交わした会話だ。あれからテレビで大竹しのぶを見たけれど、福子にはちっとも似ていなかった。見る角度によるのかもしれない。
 映画館の角を曲がったとき、山本くんは足をとめた。少しさきに四、五人のひとが輪をつくっていたのだ。おとなではない。中学生くらいの男子たちだ。街灯に照らされた彼らのいでたちからして、山本くんとおなじような塾帰りというわけではなさそうだった。不良グループにちがいない。煙草を吸っている男子もいる。
 どうしよう。引き返そうか。それも癪だ。家まであと三分もかからない。ここでわざわざ遠回りするのは勘弁だ。
 自他とも認める恐がりではあるものの、つまらないところで意地になるときもある。山本くんはからだを強ばらせ

だ。山本くんにはいま、新人賞用の短い話のアイデアがいくつかあった。それをまず堤に話す。彼の反応がいいものをひとつ選び、それを肉付けしていくのだ。
 九月にうちあわせ、十月に下書き、十一月にペンをいれる。山本くんの頭の中ではすでにそういうスケジュールができていた。来年早々には新人賞を獲っているかもしれない。大賞とか贅沢はいわない。はじめは佳作や努力賞でかまわない。そこから一歩ずつ階段をのぼっていけばいい。ぼくらはまだ十二歳だ。
 少しだけ気持ちが弾んできた。足取りも心なしか軽くなっている。
 映画館が見えてきた。
 家出をしてきた黒須に、大竹しのぶと松坂慶子のどっちがいいかと訊かれたのは、夏休み前だ。いまかかっているのはもう彼女達の映画ではない。
 山本は大竹しのぶだろ?

 

山本くんには友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには友達がいない

 

ながら、歩きだした。
 話が盛り上がっているらしく、幸いにしてだれも山本くんに気づかなかった。車道を渡って、向こう側にいきさえすればだいじょうぶだ。舗装されていない道を、つまずかないよう気をつけながら、山本くんは足早に歩いていく。あと少しで車道にたどりつこうとしたときだ。
「おいっ」
 背中で声がした。わざとどすをきかせた声だ。山本くんがびくりとからだを震わせると、どっと笑い声があがった。「びびってやがるぜ」「ばっかじゃねえの」などと口々に言っているのが聞こえる。このまま走って逃げよう。そう思っても足がすくんでうまいこといかなかった。
「あいさつなしかよ、山本っ」
 名前を呼ばれた。あの中に知り合いがいるのか。そんなはずはない。不良グループになんか知り合いは。
「なに? おまえ、しりあいか。溝口」

 溝口? 思わず山本くんはふりむいた。
「じゃ、あいつも小六かよ」「ちいせえなぁ」「髪長えから女の子かと思ったぜ」
「ガリ勉でさ。いまも塾からのお帰りだろ。勉強ができることを鼻にかけやがってさ」
 不良グループの輪からでてきたのはまちがいなく溝口だった。がらがら声だ。もしかしたら声変わりをしかけているのかもしれない。
 以前、母親から溝口に関する噂を聞かされたことがあった。中学の不良グループとつるみ、駅前のゲームセンターで煙草を吸っていたという話だった。噂の元が信用おけず、山本くんは話半分に聞いていたのだが、まさか本当だったとは。
「ひとのこと、見下すように見るイヤな野郎なんだ」
 ぼくが? そんなこと、一度だってしたことはない。とんだ言いがかりだ。勉強ができる? 冗談じゃない。きみ