山本くんには友達がいない  |  davinci

山本くんには友達がいない

16

 
 
 
 

 
 
 
Yukihisa Yamamoto

 
 
 
山本幸久

第16回

 
山本くんには友達がいない

 
 
 
 
 
Yukihisa Yamamoto

 
 
 
 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

前回までのあらすじ

中学受験生の山本くんは、毎週日曜日、塾に通う。唯一の楽しみはマンガを読むこと、そしてマンガのストーリーを考えること。学校にも塾にも、友達がいなかった山本くんだが、いつも「合格祈願」のハチマキをしている南斗と、黒須というマイペースな少年、いじめっこ萩原とも会話するようになり、マンガ好きという黒須のお姉さん・福子の働く店へみんなで訪ねたりと、少しずつ日々が変わりだす。
そしてある日、学校帰りの山本くんの前に、突然家出してきたと黒須が現れる。しかも、ともに家に帰ればなぜかクラスメートの堤が待っていて「一緒に漫画を描こう」と誘われた。心揺れる山本くんだが……。

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山本幸久

 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
 
 
 
 
 
 
 
        第16回

山本くんには友達がいない

 山本くんにとって、小学生最後の夏休みがやってきた。だからといってなんの感慨もない。
 最後で、そして最悪の夏休みだ。
『夏休みこそ勝負』。『夏休みこそ決戦のとき』、『夏休みに差をつけろ』。
 ちっとも『休み』ではない。たしかに学校は『休み』である。しかし勉強をする時間はいつもの三倍から五倍になる。
「一学期に解けなかった問題が、夏休みのがんばり次第で、二学期には問題を読みおわった瞬間に答えが頭に浮かぶようになるんだ」
 塾の先生がそう言っていた。
 ぜったいないよ、そんなこと。
 今日は夏休みに入ってはじめての日曜模試だ。算数の試験中である。一問目、パス。二問目もパス。三問目、なんとなくわかりかけた。しかしいざ解こうとすると思考がぱ

ったり停まってしまう。四問目にとりかかる前に、もしかしたら一問目ができるかもしれないと戻ってみる。心を落ち着かせ、ゆっくり問題を読む。「答えを求めなさい」。そこしかわからなかった。求めたい。たいへん求めたいのだがまるで手だてがない。
 ため息をもらすのもためらわれるほど、会場は静まり返っている。
 ぼくは来年の夏休み、どうしているだろう。中学生になっているのはまちがいない。しかし近所の公立か、それとも国立市にある私立かどうかはわからない。いや、わかっている。ノストラダムスでなくてもたやすく予言はできる。ぼくはまちがいなく公立に通っているだろう。だからいまやっていることのすべては無駄だ。無駄なことに時間を費やすのは苦痛でならない。もういやだといって逃げだしたい。でもそれはできない。見えない檻に閉じ込められている気分だ。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

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「あと五分ある」
 沢田が山本くんの解答用紙をのぞきこんできた。真っ白に近い。沢田がふぅとため息をつくのが聞こえた。恥ずかしかったが、隠すのにはもう間に合わない。それから沢田は小声でこう言った。
「あきらめてもいいが、じっとしてるんだ。いいな」

「今日もこなかったね」
 模試がすみ、答えあわせの授業もおわり、帰り支度をしていると、南斗が近づいてきてそう言った。だれのことかといえば黒須だ。先週もきていなかった。
「うん。ああ」
 見えない檻からでていったのかも、と言ったら南斗はどんな顔をするだろう。
 家出だと言って八王子を訪れ、黒須が自分の家まできた話を山本くんは南斗にしていない。隠すつもりはなかった。

 堤はいまごろどうしているだろう。できれば彼といっしょに漫画を描きたい。それこそ有効な時間のつかいかたのはずだ。
 いまここにいる人間は、と山本くんは日曜模試がおこなわれている大学の大教室を見渡す。
 みんなぼくとおなじ気分だろうか。少なくとものびのび楽しげに試験を受けているやつなど、だれひとりいない。そんなやつ、いるはずがない。
 こつん。だれかに後頭部を小突かれた。
「きょろきょろするな」
 試験官の沢田だった。その顔は怒ってはいない。ふてくされているというのがいちばん近いだろう。どうしておれは日曜日の午後、頭の悪いガキどもを見張ってなくちゃなんないんだ。ほぼまちがいなくそう思っているにちがいない。
「す、すいません」

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山本くんには友達がいない

ルさ」
 山本くんはぽかんとしてしまった。開いた口がふさがらないのは、あきれたのではなく、信じ難いことを耳にし、驚いたせいだ。
「ぼくが南斗くんのライバル?」
「そうだよ。まさか友達だなんて思ってはないよね」
 思ってはいない。でもそうはっきり言うこともないのに。
「おいおい、しっかりしなよ」
 南斗が山本くんの二の腕をぽんぽん叩いた。黒須がしたならば、おとなっぽくてかっこいいと思う行為も、このハチマキ男はてんで様になっていなかった。
「ぼくらは戦士なんだ」
「戦士?」
「そうだよ。なにせ戦場にいるんだからね」
「ここが?」
「ここがっていうか、ここもそうさ」

いままで言う機会を逸していたのだ。
 いま、話してみようか。
 山本くんが口を開きかけると、南斗はハチマキをぎゅっと絞め直しながら、「こないならこないでいいけど」とつぶやいていた。
「え? なんで?」
 山本くんは思わず訊ねた。
「だってそうじゃん。ライバルがひとり減ったってことだもん」
「な、南斗くんは黒須くんのこと、心配じゃないの」
「心配? どうしてライバルを心配しなくちゃいけないの」
 南斗は真顔だ。冗談を言ったのではないらしい。
「南斗くんは本気で黒須をライバルだと思っているわけ?」
「当然じゃないか。山本くんだってぼくにとってはライバ

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 受験戦争。『夏休みこそ勝負』。『夏休みこそ決戦のとき』、『夏休みに差をつけろ』。「しかもこの戦場は敵味方、二手にわかれて戦っているんじゃない。味方は自分ひとり、まわりのみんな敵だ」
 まわりのみんなが自分のことをわかってくれていないとはよく思う。しかし敵とまでは考えたことはない。
「きみはいつもそういう気持ちで勉強したり、模試を受けたりしているのかい?」
「もちろん」
 力強くうなずき、南斗はまたハチマキをきゅきゅっと絞める。
 はじめて口をきいたときから比べ、ハチマキはだいぶ汚れてきていた。風呂に入って頭を洗うときも、眠っているときも、ずっとつけているのだから当然である。それはいいのだが、南斗の顔つきがこわくなってきているように思う。まわりのみんなが敵だと考えていれば、こうならざる

 

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を得ないかもしれない。
 そしてまたこのところ、ハチマキは南斗の専売特許ではなくなってきた。週を重ねるごとに絞めているひとが増えてきているのだ。
 先週、南斗からきいてはじめて知ったのだが、代々木上原進学教室の本部で売っているらしい。
 今年の受験者でいちばんに買ったのはぼくなんだよ。
 誇らしげにそう語った南斗を見て、山本くんは背筋が寒くなった。狂気の沙汰だ。これが山本くんの正直な感想である。しかし受験が近づくにつれ、ハチマキの数は増えていくにちがいない。やがてはみんなすることになるだろう。そのときの光景を想像するだけでげんなりしてした。他人事ではすまないかもしれない。自分もしている可能性はじゅうぶん高い。
 山本くんは『アストロ球団』にでてきた特攻隊の生き残りである投手を思いだした。ハチマキをした彼は昭和三年

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「そうなんだぁ」
 南斗はひと際、うれしそうにしている。ここまで露骨だとかえって清々しい。
 もしかしたらこの男は、見えない檻の中にいることを楽しんでいるのだろうか。だとしたら信じ難い存在だ。
「おぉい、南斗ぉ」
 教室の出入り口に萩原が立っていた。
「いつまで山本とくっちゃべってんだよ。おれ、もうさきいくぞ」
「ああ。ねえ、山本くん。きみ、いく?」
「いくってどこに?」
「やだな。黒須くんのお姉さんのところだよ」
 先週はいかなかった。黒須の邪魔をするのは、なんとなく憚れたのである。その日、山本くんはお茶の水でジャンプを買った。
「え、でも」

生まれにもかかわらず、異様に若々しいのだが、勝負に破れた途端、よぼよぼの老人になってしまうのである。
「どうかした? 山本くん。顔が真っ青だよ」
「うん、あ、ああ。なんでもない」
 受験に失敗してよぼよぼの老人になった自分を想像していたんだ、とは言えない。
「風邪?」心配してくれているのかと思ったが、ちがっていた。南斗は口を手でふさいでいた。「うつさないでおくれよ」
 平気だよ。きみは風邪なんかひくタマじゃない。風邪のウィルスのほうで、きみを避けてとおる。
「風邪じゃない。ちょっと」
「わかった。今日のテスト、できなかったんだ」
 できないのは今日にかぎったわけではない。「うん、ああ。いまいち調子がでなくて」
 調子がでたことなどこれまで一度もない。

 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

てもらいたかった。

 三人揃って教室をでたところで、沢田にでくわした。
「さようならっ」と声をあげ、南斗が大仰にお辞儀をする。
「ああ」沢田は試験の最中と同様、ふてくされていた。山本くん達を見ようともせず、顔面倒くさそうに返事をし、さっさといこうとした。
「沢野つるセンセー」萩原がそう呼ぶと、沢田はぴたりと足をとめた。「ですよね?」
 からかい半分、冷やかし半分の萩原の口調に、沢田は気を悪くした様子はなかった。それどころか、ちょっとうれしそうだ。
「読んだのか、おれの漫画」と近寄ってきた。
「あ、ああ、はい」
 萩原は沢田の好意的といっていい反応に、戸惑ってい

「黒須くんがいないと、いっちゃいけないという法はない」法とは大げさな。「って萩原くんが言うんだよ。まあ、たしかにぼくもそう思って。それに日曜の夜、あそこいかないと勉強がいまいち捗らないんだよねぇ。やっぱり戦士には休息が必要なんだよね」

 黒須の姉、福子には訊ねたいことがあった。黒須が家出をして、そのいきさきが山本くんの家だとなぜわかったのか。そう憶測することはできるだろう。しかし彼女は黒須を迎えに山本くんの家を訪れたのだ。
 どうやってウチの場所がわかったのだろう。黒須だって、ウチがどこだかわからず、小学校の前で待ち伏せていたというのにだ。
 探偵小説の犯人は捕まる前、探偵からなぜ犯行がばれたか、種明かしをしてもらう。
 山本くんもどうしてウチがわかったか、福子から説明し

 

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