山本くんには友達がいない  |  davinci

 
 
 
 

山本くんには友達がいない

15

 
 
 
Yukihisa Yamamoto

第15回

 
 
 
山本幸久

 

 
 
 
 
 
Yukihisa Yamamoto

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

第1回から読む

 
山本くんには友達がいない

 
 
 
 
 
山本幸久

 
 
 

前回までのあらすじ

中学受験生の山本くんは、毎週日曜日、塾に通う。唯一の楽しみはマンガを読むこと、そしてマンガのストーリーを考えること。学校にも塾にも、友達がいなかった山本くんだが、いつも「合格祈願」のハチマキをしている南斗と、黒須というマイペースな少年と知り合い、いじめっこ萩原とも会話するようになり、マンガ好きという黒須のお姉さん・福子の働く店へみんなで訪ねたりと、少しずつ山本くんの日々が変わりだす。
ある日、学校帰りの山本くんの前に、突然家出してきたと黒須が現れる。しかも、ともに家に帰ればなぜかクラスメートの堤が待っていて……。

山本くんには友達がいない

 
 
 
 
 
 
 
 
        第15回

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには友達がいない

 

「山本ん家のカルピスって濃いな」
 母さんが持ってきたそれを半分ほど飲んでおいて、黒須が不満をもらした。
「そうかな。うちではいつもこんなもんだよ」
 そう答えながら、心の隅っこで、知ったことかよ、と毒づいている自分に気づき、山本くんはぞっとした。
 よく考えれば、いや、よく考えなくとも、黒須も堤とおなじく、山本くんのピンチを救ってくれた人物である。萩原とその取り巻きに追われたときに助けてくれたのは黒須と南斗だ。そうした相手に不満をもつのは、ひととしてまずいのではないか、と山本くんは自省する。
 それでもやはり、いまの黒須の態度は好きになれない。傲岸不遜という四文字熟語が浮かぶ。塾で習ったり、日曜模試で出題されたりしたわけではない。読んだ小説の中にでてきた言葉だ。読めても書けはしないけども。
 だいたいひとの部屋にきて、いきなり寝っ転がったのが

気に入らなかった。ジャンプだって読んでもいいが、もうちょっと丁寧に扱ってほしい。いまさっき、そんな彼を見て、萩原にそっくりと思ったが、言葉遣いもそうだ。日曜模試の会場や、福子のバイトする店でしゃべるときより、黒須はぞんざいなしゃべりかたになっている。
 それとみんなでいるときには気づかなかったが、一対一で話をしていると、黒須は声質も萩原によく似ていた。同い年で従兄弟同士だから当然かもしれない。
 血は水よりも濃し、とはまさにこういうことを言うんだろうな。
 最近、読んだ漫画の中にでてきた台詞だ。それにしてもぼくの頭の中に詰まっている言葉や物事はほとんどすべて、漫画か小説、映画やテレビドラマから得たものばかりなのはどういうことやら。
 学校や塾の勉強はこれっぽちも役に立たない。役に立つのかもしれないが、学校や塾で得た知識はそれぞれの教室

いるのだ。それから少し間があってから、「一軒家だし、おまえ、自分の部屋あるしさ。庭があって車庫まである。カルピスも濃いもん」と言った。
 カルピスの濃さでひとの家の経済状況がわかるなのか。IQが高いとわかるのかも。関係ないか。
「縁側に積んであった箱、あれってお中元だろ」
「ああ、うん」よく気づいたものである。いま飲んでいるカルピスもお中元のうちのひとつだ。山本くん家にとって、カルピスは買うものではなく、もらうものだった。バームクーヘンや水ようかん、ゼリーなどもそうだ。
「それに山本の父さん、社長なんだしさ」
 山本くんの部屋へくる前に、廊下にある電話が鳴り、母さんがでて、「社長はいま、仕事にでています」と言ったのを黒須は耳にしたにちがいない。これまたIQの高さとは無縁かもしれないが、油断がならないヤツだと山本くんは思う。

へ置いてきてしまうんだ、きっと。
 勉強はきらいだ。勉強をさせられるのはもっときらいだ。
「山本さぁ」
 黒須はカルピスを飲みおわり、氷を口に頬張っていた。
「おまへん家って、もひかひて金持ち?」
「まさか」と思わず否定する。「なんでそう思うの?」
 山本くんが思い描く金持ちは、ぎんぎらのスーツを着て、両手の指ぜんぶに指輪をつけ、葉巻をくわえ、分厚いステーキを食べ、ぐっはっはっはっはぁ、と下品な笑い声をあげるサングラスをかけたおじさんだ。
 ドラマや漫画で観たり読んだりする限り、世の中の金持ちは、貧乏人から搾取して、私腹を肥やす悪いひとばかりだった。そういう性格のひとが金持ちになるのか、それとも金持ちになるとそういう性格になるのか、山本くんにはわからなかった。
 黒須の口の中で、ばりばりと音がする。氷を噛み砕いて

 

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「社長っていっても、社員はいないよ。うちは自営業でね、父さんがぜんぶひとりでやっているんだ」
「母さんは? ずっとうちにいるんだろ。それともべつの曜日は働きにでていたりするの?」
「うちにいるよ」
「おれの母さんは、近所のデパートでパートやってるんだぜ」
 なぜだか黒須は自慢げだ。そして山本くんはこれまたなぜだか悔しく思っていた。
 だけどちょっと待てよ。黒須の家は伊豆に別荘があるはずじゃないか。すぐ裏が海で、うちの家族、毎年、いくとも言っていたはずだ。
 山本もこいよ。姉貴がおまえも誘ったらどうだって言うんだ。
「それもおれを代々木上原進学教室へ通わせるためなんだ。これでおれが私立の中学へ入ってみろよ。どうなると

思う? さらに働きつづけなきゃなんないんだ」
 黒須の口調は訴えているかのようだった。時折、駅前でワゴン車の上に乗っかって、演説をしているひとを見かけることがある。それとよく似ていた。どうぞ黒須に清き一票を、と言ってもおかしくないくらいの勢いだ。
「た、たいへんだね」
 すっかり気圧された山本くんは、伊豆の別荘について問い質すこともできず、そう言うのがやっとだった。
「ほんと、たいへんさ」
 黒須は、ふん、と鼻を鳴らす。いまさら気づいたのかとでも言いたげな顔なのが、おもしろくない。
「だから姉貴も自分の小遣いは自分で稼ぐっていって、あんなところでアルバイトをしてるんだ。姉貴は苦学生なんだよ、苦学生」
 黒須の姉、福子は喫茶店でアルバイトをしている。正確には昼間は喫茶店で、夜はバーだ。山本くん達がいくとき

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んなあ。
 前はどう思っていたっけ。そうだ、「ぱらいそ」だ。
 ぱらいそさ、いくだぁ。
「父さんも煙草をやめた。節約のためさ」
 黒須の話はつづいていた。いけないいけない。謹聴、謹聴。この単語も漫画か小説でおぼえた。それはこうつづいていた。謹聴、謹聴、キンチョーの夏。
 あぁ、くだらない。くだらないけど、記憶してしまっている。どうしてぼくはこうくだらないことばかりだけ脳みそに刻まれていく?
「おれひとりのせいで、家族に迷惑かけっぱなしだ。中学受験なんかやめちまいたいよ。少なくとも私立の中学にはいきたくない」
 そこまで聞いて、山本くんは、おや? と思った。
 黒須は映画館の前で、親が決めた道をいくだけのことが耐えきれないとまで言っていた。山本くんにむかって、親

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は、その狭間の時間だ。福子はそこで金土日と夜の十時まで働いている。夏休みに入ったら、水木も入るつもりと言っていたっけ。まさに苦学生である。
 山本くん達がいくと、あたしのおごりね、とただで飲み食いさせてくれる。それってほんとはまずいことなのかも。
 とは思ったものの、山本くんは黙っておいた。そうだ、山本の言う通りだ、たしかにまずい、次の日曜日からやめよう、などと黒須が言いだしたら事である。いまの山本くんにとって、ジャンプと同様、日曜模試のあと、あの店にいくことが(というよりも福子に会うことが)なによりの楽しみだった。一服の清涼剤、とはまさにこのことだ。
 ただし山本くんは清涼剤なるものがなんであるかは具体的には知らない。口に入れて、すぅぅぅっとするものらしきことはなんとなくわかる。
 身近なもので思い浮かぶのはロッテのペンギンマークのガムなのだが、あれってお菓子だもんなぁ。薬じゃないも

の思い通りになってていいのかよ、と同意まで求めてきた。おれとしてはいまここで反抗しておかなきゃ、このさきずっと親にいいなりになっちまいそうで怖いんだよ。そこまで言っていたではないか。
 その意見と、いま黒須が訴えていたことは相反している。少なくとも山本くんにはそう思えた。だってそうではないか。親に反抗的で家族思いなんておかしい。ただし私立中学にいきたくないという結論はいっしょだ。となれば本人の中ではなんら矛盾がないことなのかも。
 ともかく黒須がいろいろ、将来について悩んでいることだけは揺るぎない事実だ。苦悶していると言っていい。目の前にいる黒須は口を閉ざし、首をかしげ、顎に右手をあてていた。昔の文豪がとるようなポーズだ。
 生きる意味とはなんぞや? 
 なんてことを思い悩んでいるようだ。ほんとに悩んでいる可能性だってある。

 生きる意味とはなんぞや?
 山本くんは自らに問うてみる。
 いまのところはジャンプ。
 これではまったく悩んでいるとは言えない。ぼくは悩むのが苦手なのだ、と山本くんは思い、同時に落ち込みもする。
 日曜模試の成績で、差がつくのはしようがない。なにしろ黒須はIQが高い。頭のできがちがいすぎる。それはそれでいい。でももっとべつの部分でも、えらく差をつけられている気がしてならない。
 黒須が残っていた氷をひとつ、口にふくんだ。大き過ぎたようで、噛み砕くこともできず、ふたたびグラスへもどしている。なにかの景品だったもので、来客にはかならずこのグラスがだされた。細長い形のそのまわりには金色で音符が描かれている。なんの曲かは音楽の素養のない山本くんにはわからない。たぶん、家族のだれもわかっていな

 

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い特技があると自負していた。しかし図書室で、堤が『三丁目は戦争です』の挿絵を模写しているところに遭遇し、その気持ちは揺らぎだした。
 さらにはほんの二十分前のこと、堤が山本くんの描いた漫画の主人公達をそっくり真似た絵を持参した。それは山本くん本人のよりもずっと上手だった。ひとに並べて見せたならば、山本くんのほうを堤の模写だと思うにちがいない。
 ショックから、からだが震えた。オイルショックならぬツツミショック。
「見せてよ。山本の描いた漫画」
「ど、どうして」
「どうしてって、べつに意味はないさ。見たいだけ。見せてよ」
「でも」
「いいじゃんか。頼むよ」

い。
「山本はいいよな」
 黒須がぼそりと言うのが聞こえた。あいかわらずの文豪ポーズである。
「え、な、なにが?」
 また金持ちの話を持ちだすのかと思ったがそうではなかった。
「得意なこと、あるじゃん」
「ぼく、特技があって」
 くだらないことでいっぱいの頭ん中。
「漫画、描けるんだろ」
「あ、うん」
 それが特技だというのか。このあいだまで山本くん自身、そう思っていた。それが唯一の心の支えだった。たとえ日曜模試の成績が悪くても、体育の時間にプールで溺れかけても、ぼくには漫画が描けるという、だれにも負けな

 

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