夏休みが教えてくれる  |  davinci

 

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第9回

 
Mitsuru Nakagawa

 
中川 充

 
 

 
夏休みがおしえてくれる

 
 
 
 

第1回から読む

ネット上の読者投票を経てデビューした作家・ナカガワのもとに、一通のファンレター(?)が届いて……

 
 
 
 
 
Mitsuru Nakagawa

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
 
 
 
 
中川 充

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みが教えてくれる

 
 
 
 
 
 
 
 
        第9回

 

夏休みが教えてくれる

 

現在連載中の小説のなかに彼女のことを元ネタにした話題を挿入するといったとき柴田は大いに興味を示してくれたわけであるが、その内容を実際に読んでみて、そのとき以上にそのぼくの企みをおもしろがってくれたのだった。
「まだ届いてない。いつものパターンでいうと、もうそろそろ来るんとちゃうかなあと思うねんけど。あくまで彼女がぼくにまた手紙を送ってくれると仮定したうえでのことやから、実際に来るかどうかはわからへんけどね」
「そら来るでしょ。いままでのパターンからして、ここで急に来なくなるのはおかしいもん。しかも今回の掲載分で登場人物の、えっと……長谷川だっけ? 小説家の男性がその手紙の女性のことをあれこれと妄想した場面あったでしょ。いま近くにいるめっちゃタイプの女の子が手紙の送り主だったらどうしようみたいな感じでさ。そのフジタさんが実際にどんな容姿してるのかはわからないけど、あれ読んだら、なんとなくうれしい気分になるんじゃない?」

            §

「この前更新されてたいちばん新しい回のやつ読んだけど、完全にネタにしてたね」
 柴田から電話があったのは雨の降りしきる五月下旬のある夜のことで、蒸し暑いとまではいわないまでもそろそろ梅雨入りが近いことを感じさせるじっとりした感じはあって、そろそろ梅雨かなあ、嫌やなあ、美味しいオムライスが食べたいなあ、なんてことをぼくがぼんやりと思っていたときのことだった。
「ネタにしてるって、手紙の女の子のこと?」
「そうそう。あそこまでやったら、その女の子も喜ぶんじゃない? てか、まだ彼女からはつぎの手紙来てないの?」
 フジタエリコさんからぼくに手紙が届いて以来、月に一度の柴田との電話の話題の中心は彼女で、

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

「そうかな。どう思われようと覚悟のうえで書いてるけど、腹立てられるよりかは、喜んでもらえたほうが、どういうかたちにしろうれしいわ。でも、あの内容で手放しで喜んでたりするのも、やっぱちょっとおかしいというか、どうなんやろなとは思ったりするけどさ」
「もし実際にめっちゃかわいらしい娘やったら、つぎの手紙といっしょに、本人の写真も送ってきたりしてな」いったあと、おもしろそうに柴田は笑った。
「まあ、それはないと思うけど、ほんまにめっちゃかわいかったら焦るよな」
「どうしてよ?」
「なんか、うわって思うやん。相手の娘が、もしほんまにめっちゃかわいい女の子やったりしたら。まあ、こんな仮定の話でうわっとか思っててもしゃあないけどさ」
「もしさ、その女の子が今度の手紙といっしょに写真送ってきてくれたとして、それがめちゃくちゃかわいらしかったとするでしょ。

ただし、その写真は実はその女の子じゃないべつの誰かの写真で、ほんとはそれほどかわいくなかったりしたらどうする?」
「仮定の話が多すぎて、なんともいわれへん」
「いや、もちろんそれはわかったうえでいってるんだけど、もしそうだったとしたらってことで……。そういう仮定の話が、もしかしたらつぎの連載とかにもつながっていくかもしれないじゃん」
「どうするといわれてもどうすることもできへんけど、多少人間不信にはなるかもしれへんな。もしくは、ここまでやるか! ってことで、相手の性質(たち)の悪さっぷりにちょっと感心して、おもろいやっちゃなあって思うかもしれへん。どっちにしても、かわいいかかわいくないかは実際にその女の子と会ってみないとわからへんし、実際に会うことはまずないからたしかめようもないけどね」
 そこでいったん会話が途切れる。受話器越しにライターをこする音が聞え、すぐあとに煙草に火がつく音がした。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みが教えてくれる

 

 フジタエリコというのは、手紙のなかで本人がいっているように偽名だ。当然、彼女の住所もわからない。メールアドレスは教えられているが、それもフリーメールのもので、これらの事実から彼女がかわいいかどうかを確認しようがないどころか本当に女性なのかどうか、その性別すらこちらは判別しようがない。すなわち、その実態はなにひとつわかっておらんというわけだ。って、あらためていまそのことを復唱してみたわけだが、そんなことは前々から重々承知していることであって、いまさらそんなことに驚くことはない。というわけで、可能性という観点からは、ぼく以外のあらゆる人がフジタエリコである可能性があることになり、それがとってもかわいらしい女の子であってもおかしくはないし、いま電話をしている柴田である可能性も完全に否定することはできない。
 なんとも嫌な汗が流れる。
「え、まじで?」数秒間の沈黙ののち、ようやくそれだけいった。

 依然、外では雨が降りつづいている。もうそろそろ梅雨入りちゃうん? とさっき思ったこととおんなじことが頭を過ぎったときに、「もしさ」と柴田が話しかけてきた。ちょっと間があり、煙草の煙を吐きだす音が聞えてくる。
「もしおれがそのフジタさんだったら、どうする?」
 フジタってのが一瞬、誰のことかわからなかった。というか、柴田のいっていることの意味自体が瞬間的にわからなかった。
「え、どういうこと?」
「だから、おれがフジタエリコっていう偽名を名のって、おまえに手紙を送ってたとしたらどうする、って」
 受話器からは柴田が煙を吐きだすその音がふたたび聞えてきた。外からはけっこう激しい感じの雨音が聞えてくる。なんだかちょっと蒸し暑いなあと思った。
「えっと、フジタエリコの正体が柴田やったら、どうするってことやんな?」
「そう、そう」

 

夏休みが教えてくれる

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 煙草を吸う音が聞え、そのあとすこし間があり、柴田が煙草を消す雰囲気が受話器から伝わってきた。
「ごめん、ごめん。ほんまに冗談だからさ。もしそうだったらおもしろいなあと思って、ちょっといってみただけだから」
「そやけど、フジタエリコさんがかわいらしい女の子の写真を送ってきたとしても、実はそれがべつの誰かの写真である可能性を否定できへんのといっしょで、いまおまえがさっきのは冗談やからっていっても、その可能性を一〇〇パーセント否定することはなかなか難しいな」
「いわんとすることはわからんではないけど、さすがにおれもそこまで手の込んだことはしないからさ」
「そこまで手の込んだことしそうやんか」
 べつに怒っているわけではなかったし、その後の柴田の発言からどうやら冗談であることも感じとれたが、フジタエリコ=柴田という可能性をいったん頭に思い描いてしまうと、その可能性を完全に否定するのはなかなか難しく、

「焦った?」
「そら焦るよ。急にそんなこといわれたら」
 柴田の性格を一〇〇パーセント把握していると自負するわけではないが、こういう手の込んだ悪戯をやりかねん存在であることは否定しきれない。もしほんとにフジタエリコ=柴田であるとしたら、なかなかのジョークであるといえないこともないが、ジョークにしてはちょっと性質が悪すぎる感じで、それこそ人間不信になりかねんよ、ぼかあ。……なんてことを思ったけど、さっきもいったように相手の性質の悪さっぷりにちょっと感心して、おもろいやっちゃなあと思うところもすこしはあって、そう思うとなんだかおかしくなってきたりもして、実際にぼくはちょっと笑ってみたりした。
「いちおういっておくけど、冗談だから」その笑いをかき消すように柴田が口を挟んだ。
「いちおういうとくけど、一瞬本気にしたで。んで、その疑惑はまだ完全に晴れてないからね」

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

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本人もいってるようにさすがにそこまで手の込んだことはしないであろうし、もしやったとしても最初の手紙の時点で「ごめん、ごめん」と正体を明かすであろう(それでも若干性質は悪いが、その時点で真相を明かせば、まだぎりぎり冗談として通じる)。なんといっても最初の手紙が来てからもうかれこれ一年近くたっているわけで、もし仮に真犯人が柴田だったとすれば、これは悪戯というにはあまりにもやりすぎだ、度が過ぎている、と頭では理解しているんだけど、ふと「もしかしたら」なんてことを思ってしまうと、その懐疑的な気持ちを完全に払拭するのはなかなかに困難なことであった。
「もう一回あらためていっておくけど、ほんとにいまちょっと冗談でいってみただけだからね」
「うん、九〇パーセントは信用してきた」
「まだ一〇パーセント疑われてるんだ」冗談めかした感じで柴田はいうと、つづけて、「今度飯でも奢るしさ。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

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とかいったら、なんかほんとにフジタさんの真犯人がおれみたいな感じに思われるかもしれないけど、もちろんそうじゃないからね」といって笑った。
 フジタエリコさんからの手紙の話はいったんそこで打ち切りとなり、そのあとぼくたちは世界平和と核問題について話した、というのは嘘で、地球温暖化と北極とそこに住むシロクマの生態について憂いをふくんだ会話を展開した、というのもやっぱり嘘で、じゃあなにがほんとやねんというと、今年の阪神はペナントを奪回できるのかどうかや、富士山はつぎいつ噴火するのかな? てか、そもそも噴火とかするん? などといったどうでもいい話題に打ち興じたのであった。
 電話の最後に、「もしフジタさんから手紙来たら、またその話聞かせてよ」とってつけたかのように柴田がいったのであるが、そのフジタさんの手紙は柴田と電話で話した日の二日後に、いつものように編集部からの転送というかたちでぼくの手元に届いた。

 

蛇足ついでにいっておきますと、今回登場したモヒカンの男の子は「田辺」ですよね??
 以前にお送りしたわたしからの手紙のなかで、今回の小説は「ひとつの回のなかにメインとなる登場人物が出てきて、おなじ回の話のなかに出てくるその友だちや恋人が次の回の主人公になっていくっていう構造じゃないですか」ということを書いたことがありましたが、今回の最後にふたたび「耕太」が出てきたことによって、ひとつの連鎖が終わったというか、一巡りした感じで、次回で最終回なのかなと思ったりしたのですが、どうでしょうか?(もしほんとにそうだとしたら、作品が完結するということで喜ばしいことでもあると思うんですけど、やっぱりちょっと寂しいような気もします)
 それで、前置きが長くなりましたが、今回の連載第六回目の感想ですが、すごく楽しかったです。それと、いろんな意味で、いつも以上に興味深く読むことができました。

 こんにちは。先月末にアップされていたのを読ませていただきました。「清ちゃん」はやっぱり名字じゃなく、下の名前でしたね! ただ「清美」の名字が「ヨシダ」かどうかは小説のなかに出てこなかったので断定はできませんが、でも、なんだか雰囲気的にはちがう感じでしたよね(ちょっと残念な気がしました。でも、今回の掲載分のなかに「清美」=「ヨシダさん」ではないと断定できる要素もなかったので、もしかしたら、とひそかに期待はしてるんですけど……)。といいますか、「清ちゃん」というのは、連載の第一回目に出てきた、カフェで文庫本を読んでいる女の子のことだったんですね。それで、今回の最後に店に入ってくる男の子と目が合って「清美」が「先週も見たな。そういえば先々週も見たし、そのまた前の週もいたような気がする」っていっていることから推察して、この男性は第一回目(と第二回目)に出てきた「耕太」ですよね。いつものことですが、なんか作者の中川さんに向かって講釈をしているみたいで気が引けるのですが、

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

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