夏休みが教えてくれる  |  davinci

「あ、べつにいいで。自分のぶんは自分で払うし」
「いいよ、いいよ。せっかく前から約束してたのに、なんか中途半端な感じで先に帰ってしまうし、そのお詫びってことで。まあ、それほど大した金額でもないけど」
 ほんまにいいで、と遠慮する清美を制して長谷川が二人ぶんの代金を払い、「名残惜しいけど、そしたら行くわ。また今度ね」と清美にあいさつをする。
「名残惜しいって、それはわたしに? あの女の子たちに?」後ろのテーブルに軽く視線を送り、冗談めかした感じで清美がいった。
 ちらっとそちらのほうに目をやり、「ほんまに名残惜しいなあ」とつぶやきながら、あらためて清美にさよならをいって、長谷川は店を出ていった。
 ひとりになると清美は文庫本を開いた。手にしているのは、数日前から読みはじめたジョン・アーヴィングの『ガープの世界』で、いつもならまわりのことなど気にせずに小説を読みふけるのであったが——というか、

 

夏休みが教えてくれる

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

この日も最初のほうは集中して読書に励んだのであるが、途中からそれが乱された。時折顔を上げ、ある方向に目を向け、その先にあるものを盗み見る。その目線の先はカウンター席のちょうど真ん中、先ほど中年の男性が坐っていた席のひとつ隣で、そこには男性がひとり坐っていた。見たところまだ若く、せいぜい二十代前半くらいと思われたのであるが、その男性がおそろしくイケメンで清美のタイプであったから何度もチラ見をしたのかというとそうではなくて、じゃあなんやねん? というと、その男性の髪型がモヒカンだったのだ。ソフトモヒカンとかそういうのではなくて、本物のモヒカン。両サイドがきれいに剃り落とされ、真ん中に残された髪の毛がつんと上を向いている。
 そのモヒカンの男性がやってきたのは、奥のテーブルに坐っていたカップルがちょうど店を出ていくときで、その姿というか頭を目に入れたとき、カップルのうちの女性の動きが一瞬とまった。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

先ほどの女の子二人組も男性の髪型をみとめて、一瞬会話を止め、その後こそこそとなにやら話していた。読書に耽りながらも、そんな店内の雰囲気をなんとはなしに感知したのか、ふと清美が文庫本から顔を上げたときに目に入ったのが、「みごと」と評してもさしつかえのない、その男性のモヒカンだったのである。
 色はついていない。正確にいえば染められてはいないということで、まっ黒だ。モヒカンそのものはいかついが、だからといってその男性自体がいかついオーラを出しているのかというとそんなことはなくて、表情はむしろ優しいくらいの感じがする。服装も普通というか、モヒカンとくれば皮パンとか、なんかパンクっぽい格好をしてるような先入観があるのであるが、その男性はチェック柄の半袖シャツに下はジーンズで、そのアンバランスな感じがなんかかわいらしい雰囲気すらかもしだしていた。
 見たらダメ、と自分にいい聞かす清美であったが、ついつい気になって間歇的に顔を上げてしまう。

彼はいまオムライスを食べている。後ろからは女の子たちの話し声が聞えてくる。なにが気になるのかわからないけど、なんか気になる。そんなことを思いながら清美が四回目か五回目のチラ見を敢行したときにちょうど店の扉が開いて、モヒカンの男の子を見た流れでそちらに目をやると、見おぼえのある男性が立っていた。目が合ってしまい、清美はすぐに視線を本にもどす。
 先週も見たな。そういえば先々週も見たし、そのまた前の週もいたような気がする……。あの男の人もこの近くに住んでるのかもしれへん。まあ、そんなことはどうでもいいねんけど、きょうはあのモヒカンの男の子のせいでうまく本に集中できへんな。なんてことを思いながら清美は『ガープの世界』のつづきを読みはじめ、もうなくなっちゃったし、コーヒーのおかわり頼もっかな、とぼんやりとそんなことを思ったりした。
                  (続)

 

夏休みが教えてくれる

夏休みが教えてくれる
  • 著者:中川 充
作 成 日:2009 年 02月 19日
発   行:中川 充
BSBN 1-01-00022593
ブックフォーマット:#429

中川 充

 

なかがわ・みつる●1977年、奈良県生まれ。2006年、ネット上に掲載された短編『POKKA POKKA』への読者投票を経て、第1回ダ・ヴィンチ文学賞編集長特別賞を受賞。07年に初の単行本『青空チルアウト』を、08年には文庫『POKKA POKKA』を刊行した。

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