夏休みがおしえてくれる  |  davinci

「あーあ、夏休みも終わったし」
「さっきの四人組もべつべつに別れていったし、夏休みも終わったし、ものごとにはなんでも終わりがあるってことやね。田辺くんと美佐子も別れたし……」といったあと、長谷川はうかがうように美佐子を見た。「……って、これはいわんほうがよかったかな」
「べつにいいで。ブレスも買ったし」そういって美佐子は左腕をテーブルの上に出し、手首についているブレスを右手で軽くふれた。「でも、夏休みが終わったのは寂しいなあ。もうすぐ九月やし。大変やとは思うけど、やっぱ長谷川くんがうらやましいわあ」
「くりかえしになるけど、休み=収益がないってことやから、なかなか手放しでは喜ばれへんねんから。まあ、誰にいわれてやってるわけでもないから、必要以上に大変やとかいうつもりはないけど」
「でもさ、今度小説の連載もはじまるねんやろ。それだけで生活していったりできへんの?」

「いきなりは無理やで。それこそデビュー作が綿矢りさ級に売れたりしたら話はちがってくるやろうけど。くそう。ぼくもデビュー時が高校生で、それもかわいらしい感じの女の子やったら、もっと注目されてたのに」
「年齢だけじゃなく性別まで変わってるやん。なんぼ仮定の話でもやりすぎでしょ。んで、話は変わるけど、連載っていつからスタートするん?」
「来年の一月から」
「もうなに書くか、きまってるん?」
 いちおうね、考えてはいるねん。てか、もうちょっと書きはじめてたりするねんけど。といって長谷川は次回作の構想を語りだした。
 主人公は小説家の男性で、小説の冒頭はその小説家と担当編集者さんとの打ちあわせの場面で、そのときにファンレターを手渡される。一応それは女の子からのファンレターやねんけど、その内容がすこしおかしな感じで、

 

夏休みがおしえてくれる

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

「その小説家の主人公って、やっぱり長谷川くんがモデルなん?」
「モデルといえばモデルといえんこともないと思うねんけど、基本的には実際のぼくとは関係ないと思ってくれていいよ。なんかさ、この前の一作目がネットで掲載されたときに、読んでくれた友だちとかが感想とかくれて、そのこと自体はすっごくうれしいし、ありがたい話やねんけど、いちばん多かったんが『めっちゃリアリティあってんけど、あれって実話?』とか『主人公と長谷川くんがかぶってしまいます』みたいなやつで、いちおうぼくとしては小説が小説として内に閉じてしまわずに、現実の世界とリンクするような感じの広がりのある小説を書こうと思ってるから、当然リアリティが出るように書いてはいるんやけど、基本的に小説って九九パーセント嘘っていうか、実話とは関係のないところでやってるからさ。

主人公の小説家のデビュー作に出てくる人物が自分をモデルにしてるんじゃないか? っていってくるねん。んで、小説の構造としてはその女の子からの手紙ってのがひとつの軸になるねんけど、もうひとつの軸が劇中劇というか、小説のなかで展開される小説で、つまりそれはなんなのかというと、冒頭で主人公の小説家と担当編集者さんが打ちあわせをするってさっきいったけど、それはその主人公が書く小説の次回作の打ちあわせで、その小説家が書く小説というかたちで小説のなかでその小説が連載形式で発表されていくねん。って、ちょっとややこしかったけど、わかった? んで、その連載された小説にたいして、また女の子から手紙が来たりするねんけど、とりあえずいまはそこまで考えてて、最終的には小説のなかの現実の世界と、小説のなかの小説の世界がうまく交わっていくような感じになっていったらいいかなあと漠然と考えてるねんけどね。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みがおしえてくれる

 

実話だけやったら小説なんて成り立たへんってことは冷静になって考えたらわかることやとは思うねんけど、担当の編集者さんからも一人称で作品を書いてると、どうしてもまわりの人からは実話ですか? っていわれたりしますよっていわれて、それはよくあることみたいやし、まあしょうがないかなあとは思ってるねんけど、今度の作品ではそういったことを逆手に取って、主人公がいかにもぼく自身であると思わせるような感じで書いていったろかなと企んでるねん。ただ、女の子からの手紙が来たっていうのはほんまのことやねんけどね」
「うわ、すごいやん。ファンレターとか来るんやあ」
「うん、ありがたい話やねんけど、これがほんとにぼくが前に書いた作品の登場人物のうちのひとりが、わたしがモデルじゃないでしょうか? っていってきてるような感じでさ」

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みがおしえてくれる

「でもそんなん、長谷川くんは書いてる本人やねんから、相手の名前見たらそれが事実かどうかなんてすぐにわかるやん」
「そうやねんけど、その人は偽名で手紙送ってきてるねやんか。まあ、その小説を書いてるときに登場事物に関しては誰ひとりモデルとかは想定してなかったから、どっちにしてもその人の思いこみやと思うねんけどさ。っていうか、仮定の話じゃなくて、作者のぼくがいってるねんから、確実に思いこみやねんけどね」
「うわ。やっぱり、そんなの送ってくる人とかおるねんなあ」そういうと美佐子は残りすくなくなっていたアイスミルクティを飲みほし、右手でまたブレスをさわった。
「うれしいねんけど、なんともいわれへん感じかな。まあ、なんかいおうと思っても相手の連絡先知らんし、仮にわかったとしてもなんもいうつもりはないけどね」

「まあ、なんにしても連載がんばってな。はじまったら絶対読むし」
 うん、ありがとう。といいながら、そういえば今週末、清(きよ)ちゃんとこの近くの喫茶店にいっしょに行く約束してたんやった。なんでもオムライスがすっごくおいしいお店っていってたな。楽しみやな。なんてことを長谷川は思ったりして、「この近くに、すっごくおいしいオムライスのお店あるらしいで」と唐突にそんなことをいって、そうなんやあ、と興味があるのかないのかよくわかんない感じで美佐子が曖昧にうなずいた。
 目を通りのほうにやると、相変わらず外は暑そうな感じで、白のTシャツにジーンズというラフな格好のお姉さんが姿勢よく歩いているのが目に映り、その後ろから小走りでやってきた男の子二人が暑そうな表情をうかべながら(それでいて楽しそうでもある)お姉さんを追いぬかしていった。

 

夏休みがおしえてくれる

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 これ一本吸ったら、行こっか? そういって美佐子が煙草に火をつける。煙草を挟んだ左手にあるシルバーブレスが陽に当たってひかり、長谷川はまぶしげにすこし目を細めた。
                 (続)

第7回を読む

なかがわ・みつる●1977年、奈良県生まれ。2006年、ネット上に掲載された短編『POKKA POKKA』への読者投票を経て、第1回ダ・ヴィンチ文学賞編集長特別賞を受賞。07年に初の単行本『青空チルアウト』を、08年には文庫『POKKA POKKA』を刊行した。

Mitsuru Nakagawa

夏休みがおしえてくれる
  • 著者:中川 充
作 成 日:2009 年 01月 22日
発   行:中川 充
BSBN 1-01-00021899
ブックフォーマット:#429

中川 充

 
 
 
 

 
 
 
中川 充

 
 
 
Mitsuru Nakagawa