夏休みがおしえてくれる  |  davinci

 
Mitsuru Nakagawa

 
 
 

 
中川 充

第6回

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中川 充

 

ネット上の読者投票を経てデビューした作家・ナカガワのもとに、一通のファンレター(?)が届いて……

第1回から読む

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
 
 
 
 
Mitsuru Nakagawa

 
 

 
夏休みがおしえてくれる

 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みがおしえてくれる

 
 
 
 
 
 
 
 
        第6回

  
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 なんだかんだで昨年は行けなかったので今年こそはと思っていたんだけれど、今年は今年でまたなんだかんだがいろいろとあって花見をする機会がなかなかなく、そうこういっているうちに花も散ってしまうやんか、ということで多少強引な感じで今週の金曜に花見の予定をぶちこんだのであるが、その日は東京に行かなければならなくなってしまった。なんてことをいうと、なんだか無理やり東京まで出向かされてしまったかのような感じだが、実際のところはそうじゃなくて、ぼくが自らそちらへおうかがいしますと申し立てたのだった。
 二週間ほど前に担当のSさんから、連載中の作品のことはもとより、次回作をはじめとする今後のことについて話しあいができればと思うんですけど、お時間はありますかと連絡があった。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みがおしえてくれる

 

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Sさんとの打ちあわせはこれまでに何度かあったが、いずれのときも大阪まで足を運んでもらっていたわけで、別段そのことを申し訳なく思っていたわけではないけど、前回にお会いしたときにこんど打ちあわせをするときはぼくがそっちへおうかがいしますよ、いつも来てもらってばかりですし、なんてことをいって、その約束が今回実現する運びとなったというわけである。
 それで指定されたのが今週の金曜日なんだけど、どうしてもいますぐにやらなければって内容のものではないので、日程的に難しいのであればまた別の日でもけっこうですのでとのことだったので、どうしても花見に行きたいのであれば翌週にずらしてもらうことも可能だと思うんだけど、つぎに設定した日時が仕事のためにまた変更とかになって、どんどん予定が先送りされていくのもなんだか嫌なだけにとどまらず実際のところそういうのは面倒だったし、ぼくは花見を諦め、指定されたとおり今週の金曜に東京に行くことにした。

 夕方くらいに東京に着く予定だったので、当日は一時半くらいに新大阪を出る新幹線に乗った。乗車券を確認しつつ席へと向かい、二列シートの窓側の座席だったぼくは、通路側の席に坐っていたおじさんにすいませんと頭を下げ、奥まで通してもらう。と、ここまではよくある光景だったのであるが、このあとぼくはちょっとしたトラブル(?)にまきこまれることになる。
 その原因というか発端となったのがこの横に坐っていた歳のころ五十前後の童顔のおっさんで、飽食日本を象徴するかのような小太りの体形のこのおっさんが、とんでもなくやっかいなやつだったのだ。
 席に着き、ぼくはさっそくちくま文庫の内田百閒集成9『ノラや』を出して読書に励みだしたのであるが、横のおっさんはあらかじめ買いこんでいたのか、鞄の中から缶ビールを取りだした。新幹線でビールを飲むなんてことはよくあることで、そんなことくらいでぼくはああだこうだいうつもりはないし、

現になにもいわなかったのであるが、若干警戒心を高めるぼくを尻目におっさんはビールとともにご持参のタッパーも取りだした。なかには煮豆のようなものが詰めこまれていて、おっさんが蓋を開けるなり、ぷーんと香りが漂ってきたんだけど、マイ扇子で扇いだりしよるから余計に匂いがこっちにやってくる。ぼくもええ大人だし、それくらいのことで激昂(げっこう)したりすることはないんだけど、匂いだけにとどまらず豆を食べるときのクチャクチャという不快な音がこちらのことをすこしばかり逆なでしそうになってくる。
 どえらいやつの横になってしまったんとちがいますか? とてつもなくかわいらしい女の子の横とはいわんまでも、せめてお隣さんは普通の人であってくれよ。と早くも文庫本を読む集中力の何パーセントかが削がれてしまったりしたんだけど、こういうのはいちいち目くじら立ててたら切りがないし、気にすれば気にするほど苛立ちもどんどん蓄積していってしまう。

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ
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泰然とやりすごすことが大事だ。そんなことを思いながら、心の揺れをしずめるために静かな顔をしていたら、そんなぼくを挑発するかのようにおっさんはノートパソコンを取りだし、イヤフォンをつけてDVDを観だした。それだけだったらまだしもなんだけど、このおっさんに限ってやっぱりそんなことはなく、要所要所で声を出して笑いやがったりしたので、そのつどぼくは本から顔を上げることになる。画面をちらっと見てみると戦闘機モノの映画が流れており(『トップ・ガン』ではなかった)、見たところ爆笑するほどのシーンはそんなにないように思われるのだが、おっさんは間歇的にそのこちらの不快感を増長させるような笑い声を発した。
 この時点でたいがい読書には集中できなくなっていたのであるが、しばらくするとおっさんの笑い声が聞えなくなってきたので、おやおや? と思っているとそのうちに鼾(いびき)が聞えてきて、顔を向けてみるとシートに深くもたれかかり、満足そうな顔をして眠っておった。

ビール飲んで映画観て、眠たくなってきたらそのまま寝ちゃうって、まったく幸せなやつである。それほど大きくはないとはいえ、やっぱ鼾の音はやっかいだけど、さっきのこちらの神経を逆なでにするような笑い声と比べたらまだましかな、なんてことを思っていると、いきなりおっさんがこっちにもたれかかってきた。ええ加減にしてくださいねと肩を押しかえし、とんでもないやつの横に坐っちゃったよ、と悲嘆にくれそうになったんだけど、いうても東京まで二時間ちょっと。これが一生つづくのであればさすがに暴れるところであるが二時間ほどだ……って、けっこう長いやんけ。普通に自分につっこんでしまったが、だからといってなにか有効な手立てがあるわけでもなく、ここはひとつ耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、なんとか東京までがんばろうと自分にいい聞かせたんだけど、おっさんの理不尽な行動はこれだけにとどまらなかった。

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

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 ちょうど静岡を過ぎたあたり、眠りから目ざめたおっさんがDVDを止め、「やっと観るのやめよった」と胸をなでおろしていると、こんどはおなじ機材で音楽を聴きだした。 そしたら、どえらく音が漏れてきて(曲調から察するに、ジャンルはフラメンコ)、それだけでも教育的指導やろと思ってたら、おっさんの傍若無人さはここから加速度的に勢いをましていった。
 突然、両腕を動かして、ギターを弾くマネをしだしたのだ(エアギター)。それを見た瞬間は思わず笑ってしまったが、すぐに笑いは消え、怒りへと転調されていった。 おっさん、エアギターすんのはええねんけど、弦を押さえる動きをしている左手が、動かすごとにぼくの肩に当たってくるのだ(小太りで、ただでさえ圧迫感あったのに、めちゃ当ててくる)。んで、当たったら「あ、すいません」「いえいえ」となって、まともな人間であればそこでギター弾くマネとかはやめると思われるのであるが、おっさんは最初の段階の「あ、すいません」もなく、

延々とエアギターかましてやがる。とかなんとかいうてるあいだにも、ぼくの肩におっさんの左腕が当たり、いやいや、あからさまに当たってますやん。気づいてないわけないでしょ? と、かなりの不条理さにわなわなと震え、ぼくがムルソーだったら太陽のせいにしておっさんの頭をピストルでぶち抜き、脈略なく「きょう、ママンが死んだ」と嘯(うそぶ)いてみるのであるが、ムルソーではないしそもそもピストルも所持してないしお母さんも死んでないのでそんなことはしなかったんだけど、睨みつけるくらいのことはやってもいいよね、そう思って「ええ加減にせぇよ」と心の中で唱えつつおっさんの顔を見た瞬間、これはあかんと思った。
 ジミヘンばりに苦しそうな顔して、完全に自分の世界に入っておったのだ。 てか、やればやるほど感興がわいてくるみたいで、ギターの動きは速なるわ、足でドンドンとリズム取りだすわ、ふんふん言いながら首は振りだすわ、挙句の果てにはギターやめたと思ったら、

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

急に静かになった。 おや? と思って見てみると案の定、爆睡をかましていやがった。んで、これも案の定、しばらくすると鼾をかきだした。さらに、予定調和のようにこっちにもたれかかってきて、やりたい放題にもほどがあるやろ! 事ここにいたって、心根の優しいことで有名なぼくもさすがにがまんの限界を超えてしまい、腹いせにおっさんのぽっかりしたお腹を「お腹の中の赤ちゃんは、きっとかわいい女の子さ」と心中で叫びながら、ちょこっと突いてやったら、おっさんは、びくっとなって体勢を戻しやがった。
 けっきょく、ぼくが品川で降りるまでおっさんは横におったわけであるが、その間ずうっと寝て鼾かいたり、たまに起きたと思ったらエアギターやったりで、ぼくが横山やすしだったら確実に殴りかかっていたと思われるんだけど横山やすしではないからそんなことはしなくて、最後に捨てゼリフのひとつもいってやりたいのをぐっと堪えながら、ぼくは新幹線を後にした。

マイ扇子をスティックに見立てて、パソコンを置いている前の台をカツカツいわしはじめやがった。
 そこからまたギター(ぼくの肩に当たる)、足ドンドン、「マイ扇子でドラム」を循環させ、並行しておっさんのイヤフォンからはガンガンにフラメンコの音が漏れてきて、おっさんとぼくが並んで坐っていたD席・E席は、この時点で『北斗の拳』の世界ばりに無法地帯となってしまっていた。
 わかった。おっさんが音楽大好きで、情熱的なんはわかったから、ちょっとじっとして!「頼むから静かにしてくれ」とレイモンド・カーヴァーばりに思ってみたりしたんだけど、そんな願いは届きそうもなかった(もちろん、途中、ぼくは立ち上がって出ていったりもしたんだけど、その瞬間だけおっさんは素にもどり、ぼくが帰ってきたらまた「ふんふん」いいながら首振っていた)。
 もうええわ、と本を読むのを諦め、目をつむり、おっさんが落ちついてくれるのを待っていたら、数分後、

 

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 おっさんから開放され、せいせいした気分で山手線に乗り、渋谷へ向かう。東口を出て明治通り沿いに南へ進み、渋谷ウィンズの傍にある編集部のあるビルをめざした。
 編集部に到着すると、まずはみなさんと簡単なあいさつを交わし、そのあと担当のSさんに衝立で仕切られた隅っこのスペースに案内され、いちばん奥にあるテーブルに着く。すぐに戻ってきますんで、ここですこしお待ちいただけますかとSさんが立ち上がり、いったん席を外されたと思ったらすぐに戻ってきて、これ忘れないうちに渡しておきますと一枚の封筒を手渡され、Sさんはまた自分の席へともどっていった。
 封筒に目をやる。どこかで見おぼえのあるような上質の封筒で、そこに書かれてある文字に目をやって合点がいった。裏を見てみると、案の定「フジタエリコ」の名前がある。ひとりの時間が手持ち無沙汰だったので、さっそく封を開けると、ぼくは手紙を読みだした。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

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 こんにちは、おひさしぶりです。以前にお手紙をさしあげたフジタです。おぼえておられますか? 現在連載中の小説、楽しく拝読させていただいています。前回の手紙で、「京ちゃん」という登場人物は『POKKA POKKA』に出てきた「京ちゃん」と同一人物ではないですか? と尋ねたと思いますが(お返事がないのでその真相はわかりませんが……。といいますか、その前に、そもそもわたしが自分の連絡先をお教えしていないので、もし仮に中川さんが連絡してくださろうと思ったとしても、どうすることもできないということに、いまさらのように気づきました。すいません。って、なんだかよくわからないんですけど、とりあえず謝っておきます)、これという具体的な証拠を挙げて立証することはできないんですけど、今回出てきた「京ちゃん」は前作の「京ちゃん」と同一人物だとわたしは勝手に確信しました(作者である中川さんにたいしてこんなことをいうのは、