夏休みがおしえてくれる  |  davinci

 

夏休みがおしえてくれる

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

なんだかんだいいながらも曲がはじまるとけっこう心地よく聴いてしまうんだよね」と田辺がいった。
 曲は後半にさしかかっており、ブライアン・ウィルソンとマイク・ラヴのリード・ヴォーカルに何重にもコーラスがかぶさっていき、ほらほらという感じで田辺は美佐子を見てきた。美佐子はお茶をすすりながら、曖昧にうなずく。
 曲がフェイド・アウトして終わったと思った瞬間、「つぎの『神のみぞ知る』がまたすばらしいから」とふたたび田辺が口を切った。
 曲が変わり、印象的なフレンチ・ホルンのフレーズが流れてくるのを聴きながら、「神のみぞ知る」ってなんかいいタイトルやなあ、と美佐子がいった。
「そうでしょ。英語だと『ゴッド・オンリー・ノウズ』。サビのところで、〈きみなしのぼくがどうなっちゃうか、神さまだけがご存知さ〉って歌ってるんだけど」と田辺が解説をする。

「ただ、この『スループ・ジョン・B』って曲だけオリジナルじゃなくてカバーなんだけど、当然この曲は『ペット・サウンズ』のためにレコーディングされた楽曲じゃないんだ。だから、ちょっと違和感があったりするんだけど、この曲がビーチ・ボーイズの最新ヒット・シングルだったんで、当時の音楽業界の習慣としてアルバムに入れられたってのが真相で、実際にブライアン・ウィルソン自身も、『当然この曲を除こうという考えもあった』っていってるしね」
 で、けっきょくなにがいいたいんやろ? と美佐子が思ったちょうどそのとき、「んで、こんな説明をしてなにをいおうとしてるのかというと、そんなふうにこの『スループ・ジョン・B』って曲は本来アルバムに収録されなかったかもしれなかったわけで、ぼくもどっちかというとなかったほうがよりアルバムの統一感は出てたかなと思うんだけど、この曲の美しいコーラス・ワークが大好きで、

「なんか、そのいい方はずるくない?」
「え、なにが?」
「〈きみなしのぼくがどうなっちゃうか、神さまだけがご存知さ〉って、それくらいきみのことが好きってことをいってると思うねんけど、なんかまどろっこしいっていうか、歌詞やからまだええけど、こういうふうな遠まわしのいい方を実際にされたら面倒くさいと思うわ」
「そうかもしれないけど、実際にこんなこという人はたぶんいないでしょ」
「もちろん、まったくおんなじことばじゃなくて、内容的におんなじくらいまどろっこしい言い方をする人ってことやねんけど、いまの曲の歌詞でいった場合、神さまがどうのこうのいう前に、自分がどう思ってるのかはっきりいえよってつっこみたくならへん?」
 まあ、たしかに。とうなずいた田辺をながめながら、わたしはなんでこんなことをいってるんやろう? と美佐子は自分で自分に疑問を投げかけた。

また、どうでもいい話をしてしまっている。話すべきことがあるのにそのまわりをうろうろと駆けまわって、だらだらと時間だけが過ぎていく。
「とりあえず……」と田辺がいって、すぐにいいよどんだ。「とりあえずっていうのも変だけど」そこでまた田辺は一拍おいた。
 美佐子が、なに? って感じで田辺の顔を見た。
「ちゃんと別れよっか」ふたたび一拍の間。「てか、ちゃんと別れるとかいうのも、なんか変な感じだけど」
 突然だったので、一瞬美佐子はなんのことかわからなかったが、すぐに田辺がいわんとしてることを呑みこみ、なにかいわねばと思った。でも、すぐにはなにもいえなかった。でも、なにかいわなければいけない、と美佐子は思った。
「きみなしのぼくがどうなっちゃうか、神さまだけがご存知さ」

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みがおしえてくれる

 

夏休みがおしえてくれる

 

「いや、それはちょっとちがうと思う」
「ちょっと、ちゃうかな」小さく笑いながら、つづけて美佐子は「まあ、そんなんどうでもいいんねんけど……って、わたしが自分でいうたことやけど。けど、なんにしても、やっぱちゃんといったほうがいいよね」
「なにが? きみなしのぼくがどうなっちゃうか、神さまだけがご存知さ、ってことを?」
「ちゃう、ちゃう。もうそれええって」とやっぱり笑いながら美佐子がいって、「別れよう、って。なんか、こんなふうにあらたまった感じでいうのも変な感じやけど」
「たしかに、ちょっと変な感じだけどね」
 なんで二人してこんなにうれしそうに別れ話をしてるんやろ? と美佐子は不思議に思った。べつにそんなふうにしていることが嫌とかではないけど、だからといって心底うれしいわけでもないし、田辺と別れるのが嫌で心情的に辛いとかでも当然ない。

 すこしの間を置いたあと、ようやっとことばを口にしたと思ったら、出てきたのは先ほど話題にしてた「ゴッド・オンリー・ノウズ」のサビのフレーズだった。田辺に話しかけるというよりかは、独り言をつぶやくといった感じにことばが出てきた。当然のように田辺は、なに? って顔をしている。
「えっと、なんかいわんとあかんと思ってんけど」いいながら、美佐子は照れたような愛想笑いをうかべてみた。「きみなしのぼくがどうなっちゃうか、神さまだけがご存知さって、そんなんいうやつ実際にはおらへんとかいうてたけど、さっそく実際にいってしまった」
「いきなりなにかなと思ったけど、なんなの、それ?」
「特に意味はないねんけど、なんかいわんとあかんと思って咄嗟(とっさ)に出てきたのがこれやってん」
「きみなしのぼくがどうなっちゃうか、神さまだけがご存知さって?」
「うん。サブリミナル効果いうやつかな?」

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

夏休みがおしえてくれる

邦題はたしか『終わりなき夏』」
「それって、なんかさっきの夏休みの話とつながってる感じやね。まあ、どんだけ長い夏休みも最後には終わってしまうし、常夏じゃないかぎり夏はやがて秋になってしまうけど」
「なんにでも終わりはあるからね。解散しないバンドはないし。ローリング・ストーンズみたいな例外はあるけど」
 んで、わたしたちも別れるわけやなあと美佐子は思ったが、べつに感傷的な気分になったわけではなかった。流れていた「キャロライン・ノー」は終わりに近づき、いったん曲がフェイドアウトしたあと、電車がやってくる音と踏み切りのカンカンいう音、それに犬の鳴き声のSEが聞えてきた。鳴き声は「吠える」って表現したほうがしっくりくる感じで、それを聞きながら、最後に犬鳴いてるし、そんで『ペット・サウンズ』っていうのかな? と美佐子はぼんやりとそんなことを思った。
                   (続)

むしろ、いまこうしてなんでもない話をしているような感じで別れることについて話せてるのは喜ばしいというか、うれしい感じなんだけど……あ、だからいまうれしそうにしゃべってるのかな? でも、なんかそれもちょっとちがう気がするな。ま、なんでもいっか。
「ビーチ・ボーイズってさ」また田辺が話題を変えた。曲はアルバム最後の「キャロライン・ノー」になっている。「特に初期のころとかそうだけど、夏と海とサーフィンみたいなイメージがあるでしょ」
「よう知らんけど、ビーチ・ボーイズいうてるくらいやから、そんな感じなんかなってのはなんとなく想像できる」
「そういう軽快な感じなのもいいけど、やっぱぼくは『ペット・サウンズ』がいちばん好きかな」
「初期のころは、夏と海とサーフィンみたいなイメージが強いんや?」
「うん。ベスト・アルバムに『エンドレス・サマー』ってタイトルのやつもあったし。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

Mitsuru Nakagawa

中川 充

 
夏休みがおしえてくれる
  • 著者:中川 充
作 成 日:2009 年 01月 08日
発   行:中川 充
BSBN 1-01-00021898
ブックフォーマット:#429

なかがわ・みつる●1977年、奈良県生まれ。2006年、ネット上に掲載された短編『POKKA POKKA』への読者投票を経て、第1回ダ・ヴィンチ文学賞編集長特別賞を受賞。07年に初の単行本『青空チルアウト』を、08年には文庫『POKKA POKKA』を刊行した。

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中川 充