山本くんには友達がいない  |  davinci

13

山本くんには友達がいない

 
 
 
Yukihisa Yamamoto

 
 
 

 
 
 
山本幸久

 

第13回

 
山本くんには友達がいない

 
 
 
 

 
 
 
 
 
Yukihisa Yamamoto

前回までのあらすじ

中学受験生の山本くんは、毎週日曜日、塾に通う。唯一の楽しみはマンガを読むこと、そしてマンガのストーリーを考えること。学校にも塾にも、友達がいなかった山本くんだが、いつも「合格祈願」のハチマキをしている南斗と、黒須というマイペースな少年と知り合い、いじめっこ萩原とも会話するようになり、マンガ好きという黒須のお姉さん・福子の働く店へみんなで訪ねたりと、少しずつ山本くんの日々が変わりだす。
ある日、学校帰りの山本くんの前に、突然黒須が現れる。しかも、「家出してきた」と言い出して……!?

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

第1回から読む

 
 
 
 
 
山本幸久

山本くんには友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

 
 
 
 
 
 
 
 
        第13回

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには友達がいない

 

「い、家出?」
「声がでかいよ、おまえ」
 黒須に諭すように言われ、山本くんは自分の口を右手でふさいだ。
「言っちまったあとにそんなことしたってしょうがねぇだろ」
 たしかにそうだが、せずにはいられなかったのである。山本くんは口から手を外し、「なんでそんなことを」と小声で訊ねた。
「それを説明したら、おまえん家、いっていいか?」
「あ、うん、いや」
「どっちなんだよ」
 どっちなんだろう。自分でもよくわからない。
「はっきりしないやつだなぁ」黒須はあきれ顔だ。「姉貴と漫画や小説の話をしているときは、もっとハキハキしゃべるくせに」

 黒須の姉、福子と話をするときは、彼女に見くびられないよう張り切るからに他ならない。そしてまた、好きな漫画や小説の話をするときはなめらかな口調になることができた。漫画家や小説家の名前、作品のタイトル、粗筋や台詞など、すらすらでてきた。これだけの記憶力が中学受験の勉強に発揮されないのか、自分でも不思議に思う。きっと脳みその使う部分がちがうのだろう。
「しょうがないか。いきなりやってきて、家出してきたなんて言われたら、山本じゃなくたって面くらうよな」ふぅとため息をつき、首を左右に振る黒須は、なんだか妙に芝居がかっていた。しかもそのうえ、肩をすくめている。こんな仕草をする人間はテレビの中以外、お目にかかったことがないよ。「だけどさ、いまのおれにはおまえしか頼る人間がいないんだ。な?」
「あ、う、うん」
 ぼくを頼るなんて正気の沙汰じゃないと思う反面、山本

山本くんには友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

ように思えた。だったらむしろ好都合だ。
 待てよ。友達? 黒須が友達? ぼくに友達?
「おい、山本。どっちいけばいいんだ? 右? 左?」
「まっすぐだよ。この道渡って、八幡様を抜けていくんだ」と言って山本くんはさきに歩きだした。

「なに、すげえここ。境内ん中に映画館があんじゃん」
 黒須が興奮気味で言った。八幡様は広い。社も大きいし、社務所も一軒家くらいはある。亀や鯉がいる池もあるし、夏祭りにつかう山車が入っている倉庫もある。そこを抜けていくと、一階が東映、二階が松竹の映画館が姿をあらわす。黒須が言うように境内ん中というのはややちがうのだが、そう思ってもおかしくないし、山本くんは訂正せずにいた。
 出入り口のすぐ左横の壁には、いまかかっている映画のポスターや場面写真が貼ってあり、手が触れられないよ

 

くんはちょっとうれしくもあった。
 黒須の交遊関係はよく知らない。
 山本くんの知る限りでは、とはつまり、代々木上原進学教室では山本くん以外は南斗だけだ。いまここに黒須がいるということは、少なくとも南斗よりは頼られているわけだ。始終、鉢巻きをしている男と比べて、優位だからといってうれしがるのもどうかと思うが、まあいい。
「と、とにかく、その」いつまでも校門の前にいてもしようがない。電信柱の影にいるというのが、かえって目立つ気もした。「どっかべつんとこ、いこうか」
「おまえん家?」
「い、いいよ」
 山本くんはぎこちなくうなずいた。配送されてくる日曜模試の結果を見せてくれなんてことを黒須はたぶん言わないだろう。それに友達が家をたずねてきたとなれば、母親も模試がどんな結果であれ、とやかく言われることもない

ベルマン刑事というのはあっているようであってないと思う。『こちら葛飾区亀有公園前派出所』も去年、映画になった。せんだみつおの両さんもどうなんだか。いずれもここでポスターや場面写真を見て、首をかしげたものだ。
「姉貴もおんなじこと言ってたよ。今度、『火の鳥』が映画になるけど、それも期待できないって」
 たしかにそうだなぁ、と山本くんも思う。
「なあ、山本」黒須はガラスのむこうのポスターを指差しこう訊ねてきた。「おまえ、大竹しのぶと松坂慶子、どっちが好き?」
「ど、どっちって」
 松竹の映画館ではいま、ふたりの女優が出演している映画を公開中だった。
 ピンクレディとキャンディーズとか百恵と淳子とかだったら質問されたことがある。しかしよもや大竹しのぶと松坂慶子とは。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには友達がいない

 

う、ガラス張りだ。黒須はその前で足をとめた。
「山本はこの映画館、きたりするの?」
「うん、まあ、ときどき。うち、こっから五分もかかんないし」
「うらやましいなぁ。だから山本は映画に詳しいのかぁ」
 自分が映画に詳しいかどうかわからない。福子に比べればたいしたことない。それにほんとうに観たい映画、いま公開中のであれば『スター・ウォーズ』だが、ここではかからない。東映と松竹の映画館なのだから洋画がかかるはずがない。かわりに『宇宙からのメッセージ』を観る羽目になる。人生ままならないものだ。
「山本、ジャンプ好きだったら、『サーキットの狼』や『ドーベルマン刑事』の映画は観た?」
「観てないよ。漫画とは全然、ちがうみたいだったし」
 漫画も映画も好きだが、漫画がアニメではなく、役者が実際に演じる映画は食指が動かなかった。千葉真一がドー

 黒須は腕を組み、しげしげとポスターを見つめている。
「へぇ」としか言いようがない。
「山本は大竹しのぶだろ?」
 そんな決めつけられても。
「な、なんでそう思うの?」
「姉貴が似てるからさ。おまえ、おれの姉貴、好きじゃん」
 探偵小説で探偵が容疑者を集めて、ひとりを指差し、あなたが犯人ですね、という場面がある。いまの山本くんはそのときの犯人とおなじ心境だ。どうしてそれがわかったんだ? だが山本くんは動揺を隠しつつ、これまた探偵小説の犯人とおなじ台詞を吐いた。
「莫迦なこと言うなよ」
「隠すことないさ、バレバレだぜ。姉貴と話すとき、おまえ、ノリノリじゃんか」
 ハキハキでノリノリだからバレバレか。「それは好きだ

 山本くんはふつうの小学生よりも映画を観ているほうだし、大人むけのテレビドラマもよく観ていた。テレビを観るには両親に申し出しなければならない。承諾されやすいのがNHKのドラマだった。
 いま黒須と見あげているポスターの映画とおなじ原作が、この春にNHKで『ドラマ人間模様』の枠でドラマ化されている。山本くんはそれを観ていた。なぜだかどっちにも大竹しのぶがでていた。しかもどうやらおなじ役らしい。だから大竹しのぶは知っている。松坂慶子はいつどこで知ったのかおぼえていない。いわゆる色っぽいひとだと認識はしている。
 いずれにしてもだ。大人むけのドラマにでる女優さんを好きとかどうかだなんて考えたこともなかった。異性として見ることを山本くんはできないのだ。そういうのは大人のすることだと思っているからである。
「おれは断然、松坂慶子だねぇ」

 

山本くんには友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

し、目だってきりっとしている。ちがう。福子さんは大竹しのぶに似ていない。断じてちがう。
「ちがう」山本くんはつい言ってしまった。
「なにがだよ」
 黒須が心配顔でのぞきこんできた。
「き、きみのお姉さんは大竹しのぶになんか似ていないよ。ぜんぜんちがう」
 口にだすとなんだかとてもすっきりした。息も整い、動悸やめまいも治まっていく。ガラスのむこうの写真を試しに見てみる。大竹しのぶは大竹しのぶでしかなかった。
「そっかぁ? まあ、そういうのはひとそれぞれだからな」
「それより」山本くんは咳払いをひとつしてから、「きみが家出をしてきた理由をきかせてくれないかね」
 くれないかね、なんて大人みたいな口ぶりになったのは、ついさっき頭の中で『ドラマ人間模様』のことがかす

からとか、そういうんじゃなくて、趣味がいっしょで話があ
うだけのことで」
「姉貴もおまえのこと、憎からず思ってるようだし」
 思いも寄らぬ黒須の一言に、山本くんは対応しきれなかった。
「う、で、あ、え、へ」言葉を紡ぎだそうにもできなかった。あっと言う間に呼吸が困難になり、鼓動が早鐘を打ち、めまいまでしてきた。
「だいじょうぶか」と黒須が声をかけてきても、返事をしようにもできなかった。うんうんとうなずいて、黒須から顔をそむける。すると大竹しのぶが目に入った。場面写真の一枚だ。どのへんが福子に似ているというのだろう、と考えているうちに、大竹しのぶが福子に見えてきてしまった。
 ちがう。福子さんはこんな顔じゃない。もっと面長だ

 

山本くんには友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

かけるたびに、山本くんは居心地が悪くなった。切りだすのはいつも南斗だ。すると必ず福子が、そんなつまんない話はここでは御法度よ、と口を挟み中断させた。そのときこそ山本くんはほんとうに心の底から福子に感謝した。
「あんとき、おれ、嘘ついたんだ。順位を二千五百から八百位って言ったろ、おれ。あれ、嘘。大嘘」
 山本くんはほっとした。嘘をついたのであれば、もっと悪い順位にちがいない。
 どのくらいだろう。三千位とかかな。もっと下だったらぼくとおなじだ。よし。ぼくも正直に言おう。
 そう思い、じつは、と山本くんが言いかけると黒須はこうつづけた。
「ほんとはもっと上でね。二千位より下になったことないんだよ」
「なっ」山本くんは言葉を失った。
「今日きた結果は一気に九百位台にまで上がっちゃったん

めたからに他ならない。肩をすくめる黒須を芝居がかっていると思ったが、いまの山本くんはそれ以上だった。
 黒須はガラスに背をむけ、そこにもたれかかると腕組みをした。けっこう様になっている。中村雅俊が教師役の青春ドラマの一場面のようだ。
「こないだの日曜模試の結果が原因さ」
「悪かったの?」
 すかさず訊ねてしまう。うつむき加減だった黒須は顔をあげ、山本くんを見た。
「おまえとはじめて話をしたときに順位のことになったの、おぼえてるか」
 順位とはもちろん日曜模試のだ。黒須は二千五百から八百位のあいだをうろうろで、南斗は三千位前後と言っていた。山本くんは南斗よりも低かったが、黒須と同じくらいと言ってしまった。いまもそれを訂正していないし、順位
は悪くなる一方だった。新宿の喫茶店で、順位の話になり

 

山本くんには友達がいない