夏休みがおしえてくれる  |  davinci

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みがおしえてくれる

 

「そうですけど、やっぱ夏はビールが特においしいですもん」と田辺は笑い、実際にあと二、三杯はぜんぜんいけそうな感じだった。
「そしたら、いまからどっか二軒目行く?」
 腕時計に目をやると、時間はまだ八時をすこしまわったところだった。
「このあとなにか用事あるんやったら、べつに無理せんでええで。わたしはちょっとほろ酔いな感じやし」
「すいません、めっちゃいきたいんですけど、じつは九時ごろに美佐子が来るんですよ」
「なんや、仲いいねやんか」
「そういうわけでもないんですけど、ちょっと話しあいをすることになってまして……」
「そんな日に夕方からわたしと飲みにいってたらあかんのとちゃうの」

「べつにダメなことはないと思うんですけど、ほんとはぼくもほかの日がよかったんですけど、なかなか二人のタイミングが合わなくって。きょうが無理だとまた一週間くらい伸びる感じだったんで、若干強引に予定を入れたんです」
「なんか大切そうな話しあいみたいやし、ますますわたしと飲んでる場合ではなかったような気がするねんけど」
「それはほんとに大丈夫ですから。ビール二、三杯くらいだったら全然素面ですし、及川さんと飲みにいくってことは美佐子にもいってありますし」
 ふーんといった京ちゃんはなんだか田辺のことを心配そうに見ていたが、それ以上田辺と美佐子とのことについてはなにも訊いてはこず、二人は地下鉄の心斎橋駅をめざして歩きだした。

「あ、そっか。ぼくは御堂筋線なんですけど、じゃ途中までいっしょに行きましょっか」
 御堂筋に行き当たるひとつ手前の降り口から地下へと下りていき、心斎橋駅の改札のところで、また近々飲みにいきましょう、そうやね、とことばを交わし、二人は別れた。
                  (続)

 店の前の相合橋筋を北に向かい、長堀通りに出たところで左に曲がる。片側三車線の通りは混んでいるというほどではなかったけどそれなりの交通量があり、流れていくヘッドライトの光を田辺は歩きながらぼんやりとながめた。どんよりとした暑さにつつまれ、ゆっくりと足を進めていた二人の後ろから自転車のベルの音が聞こえ、田辺と京ちゃんは立ちどまってふりかえり、身体を右側によせた。通りと並行して等間隔に設置されてある植え込みの前には自転車が大量に違法駐車してあり、いまそのなかのひとつに寄りかかるようにして身をよけた田辺は、サドルに手を置きながら「及川さん、きょうは自転車じゃないんですか?」と尋ねた。
「うん。飲んだあとで自転車こいで帰んのもしんどいかなと思って。だいたいいつも飲みにいくときは電車やねん」
「御堂筋線でしたっけ?」
「四ツ橋やねん」

 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みがおしえてくれる

 

Mitsuru Nakagawa

中川 充

夏休みがおしえてくれる
  • 著者:中川 充
作 成 日:2008 年 12月 25日
発   行:中川 充
BSBN 1-01-00021689
ブックフォーマット:#429

第5回を読む

なかがわ・みつる●1977年、奈良県生まれ。2006年、ネット上に掲載された短編『POKKA POKKA』への読者投票を経て、第1回ダ・ヴィンチ文学賞編集長特別賞を受賞。07年に初の単行本『青空チルアウト』を、08年には文庫『POKKA POKKA』を刊行した。

 
 
 
中川 充

 
 
 
Mitsuru Nakagawa