夏休みがおしえてくれる  |  davinci

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Mitsuru Nakagawa

 
 
 

 
中川 充

第4回

 
 
 
 
 
Mitsuru Nakagawa

 
 
 
 

 
夏休みがおしえてくれる

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

ネット上の読者投票を経てデビューした作家・ナカガワのもとに、一通のファンレター(?)が届いて……

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中川 充

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

 
 
 
 
 
 
 
 
        第4回

夏休みがおしえてくれる

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

夏休みがおしえてくれる

「そんな感じっていうか、ただただ道を歩いたり、何度も何度もくりかえしおんなじことをする、その無意味な感じのおもしろさっていうか」
「そういうのわからなくもないけど、そういうことを大々的に書くと、なんにも起こらないじゃんとか、そういうふうなことをいう人も出てくるんじゃない?」
「まあなあ。行動を行動として描くというか、そこに付加的な意味を持たせずに『存在すること』の骨組だけを提示するっていうか、ただそこにある、もしくはそこに誰かがいるっていう時間の経過を書きたいっていうか、書ければと思ってるねんけどね」
「ふーん。もちろん、すごく肯定的に捉えてくれる人もいると思うけど。てか話変わるけど、いま連載してるやつに女の子出てきてたけど、あれは恋愛とかに発展していかないの?」

「最後のところの〈彼はなにごとの原因でもないし、どんな結果もつくりださない〉って、なんか猫を猫として描くっていってた保坂和志みたいな感じだね」
「ここで書かれてることはすごく本質的なことやと思うねんけど、二人の会話のなかに出てくる〈退屈〉ってことばは、字義どおり退屈——つまらないって意味でつかわれてるわけやけど、その〈退屈〉ってことを単につまらないっていう意味じゃなくて、『退屈を楽しむ』みたいなニュアンスっていうか、なんかそういう視点を小説のなかで表現できへんかなあと思ってたりするねんけどね」なんてことをいいながら、『不滅』をもとあった場所にもどす。
「『退屈を楽しむ』って、具体的にはどういう感じ?」
「具体的にはうまいこといわれへんけど、ぜんぜん生産的ではない、ぼうっとした時間がすごく落ちつくっていうか、好ましく思うようなときもあるやんか?」
「まあ、ないこともないな」

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

「それって、さっきもちょっといってたけど、粗筋が書けない=ストーリーがないってこと?」
「うん、まあそんな感じかな。そういう意味では、さっきのクンデラの〈話して聞かせることなどできないようなやりかたで、書かなければならないのさ〉って小説のなかのことばは、興味深かったりするねんけどね」
「そうはいっても、どんなになにも起こらない小説を書いたとしても、なにかしらの粗筋は書けてしまいそうな気もするよな。まあ、なんにしても、つぎの連載三回目楽しみにしてるよ」
「ありがとう」といったあと、それじゃまた、とことばをかけ、電話を切った。
 いま柴田と話していて、アヴェナリウス教授ではないが、きちんとしたストーリーがあって、最後にすっきりとした話のオチがあるような小説のほうが、

「いかへんのちゃうかなあ……。いちおう大まかなプロットはあって、そのプロットのもと登場人物たちが動いていくなかで話がそれていったり、いろいろと自分でも予測できない感じの方向に小説が動いていくとは思うというか、そうなってくれるとうれしいねんけど、世間一般でいうところの恋愛小説みたいにはならへんと思うよ。てか、またなにも起こってへんやんとかいわれたりして」といってぼくは笑った。
「そうなんだ」といって柴田も笑った。
「うん。てか、なにも起こらへんというか、これはさっきもいうたようにぼくのなかでは日常のなかでの出来事がいろいろと起こってるやんって感じやねんけど、それとはまたべつの意味でっていうか、もしかしたらいまいったことと矛盾しているように聞こえるかもしれへんねけど、粗筋の書けない小説を書きたいなあと思ってるねん」

夏休みがおしえてくれる

売れる売れへんでいったらやっぱりそっちのほうが売れるだろうなと思った。売れる売れないの、どっちがいいのかというと当然のように本がたくさん売れるほうがいいにきまっているわけで、一人でも多くの人に作品を読んでもらえることに越したことはない。越したことはないけど、小説を書いている最中に売れるかどうかなんてことを気にしているわけがなく、それはあくまで結果であって、「売れる、売れない」を中心に考えたりなんかしてしまうと本質的なことからズレていってしまうというか、そもそもそんなことを中心に据えて小説を書こうと思っても、書いてる自分自身が絶対につまらなくなると思うし、つづけられないと思う。と、なんだかえらそうな感じでいってしまったが、こんなことはあらためていうまでもないことで、あたりまえのことである。ただ、あたりまえのことというのはなかなか誰もいわないように思うし、見向きもされない感じなので、いまここであらためていってみたというわけです。

って、誰に向かっていうてるねん。と、自分で自分につっこんでみたが、こんなことはベストセラーとまでいわないまでも、コンスタントにヒット作を出している(それでいて作品のなかになにかしらの「新しさ」をもちこんでいる)実績をもつ人がいってはじめて説得力があるわけで、駆けだしの、実際に売れてもいない新人が「売れる、売れない」を中心に据えてもしゃあないやんなんてことをいったところで、なんら影響力はないというか、下手をするとひがんでるように取られたりする可能性もあるであろう。しかしながら、影響力があるとかないとか、ひがんでると取られるとか取られへんとかに関係なく、先ほどもいったようにこれは本質的な問題であるからして、「本質的である」というその一点においてのみでも、動かしようのないことなのである。そういうことなんです。わかりましたか? って、そやから誰に向かっていうてるねん。

 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

ふたたび自分で自分につっこみながら、こんなことをいつまでもくりかえしていたら情緒不安定な人と思われるではないか。心を無にしよう、無に。無に、無に……。がんばりますっ、鈴木大拙先生! と唐突に心のなかで叫んでみたのであったが、心のなかで唐突に「がんばりますっ、鈴木大拙先生!」なんて叫んでいるようでは情緒不安定な人と思われてしまうかもしれへんぞ。そんなことではいけない、心を無にしよう、無に。無に、無に……。と「むにむに、むにむに」いうてたんだけど、これってさっきとおんなじことをくりかえしてしまっているではないか! ループだ、ループ。UP & DOWN UP & DOWN SLOW  FAST SLOW FAST SAY TOGETHERと、これまた突発的にフィッシュマンズの「ナイトクルージング」の一節を歌いはじめてしまったぼくは、本当に情緒不安定なのかもしれない。

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 これは心配だぞ。柴田に電話して相談してみようかなと思ったりしたけど、ついさっき柴田と電話で話したところで、受話器を置いてからまだ十分もたっていない。それこそ情緒不安定なやつのふるまいではないか。こんなことではいけない。
 きょうはもうビールでも飲んで寝ようかと思ったぼくは、キッチンに足を向けると、冷蔵庫に向かって歩みを進めた。

それよりも驚いたのがタワーレコード心斎橋店が今月いっぱいで閉店するということで、店中のいろんなところにその旨を知らせるポップが貼られたり立てられたりしている。閉店につき「サンクス・セールス!」と称して輸入盤やDVDが一〇パーセントオフになっていたほか、「クリアランスセール」と称してワゴンのなかに並べられた大量のCDが低価格で売られていた。
 なにか掘りだし物があるかも。そう思って田辺は数台並べられたワゴンのひとつに近づき、まわりの人たちがやってるのとおんなじようにすばやい手つきで一枚一枚CDを物色しながら、なんか寂しいなあと思った。もちろんタワーレコード心斎橋店が閉店するということにたいして感慨深くなっているわけなんだけど、オープン時より足しげくかよっていた店とかではべつにない。

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

●連載第三回
 待ちあわせの場所が心斎橋だったので、ついでにタワーレコードに行っておこうと約束の時間より一時間ほど早く着くように田辺は家を出た。なにか目当てのCDがあったわけじゃないけど、八月いっぱいはWポイントセールをやっていると聞いたので、どうせならいまのうちになにか買っておこうと思ったのだった。
 店に入ってすぐのところにディスプレイが立てられ、大々的に売り出されていたフリッパーズギターの再発・紙ジャケCDがまず目に飛びこんできて、すっごく山積みされてるけどこんなのいまさら何人もの人が買うのかあと思って遠巻きに見ていると、そのわずかな時間だけでも二人の人がCDを手にとってレジに向かっていって、けっこう売れているんだなあなんてことを田辺はぼんやりと思った。その人気ぶりにちょっとびっくりしたんだけど、

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みがおしえてくれる

 

ただこっちに引っ越してきてからのここ数年、最もよく足を運んだお店のひとつではあったことはたしかで、店にかよった年月の長い短いにかかわらず、自分の生活範囲内にあるCD屋さんがなくなるのは寂しいことだなあと田辺は思った。
 ワゴンから顔を上げた田辺は、とりあえず上から順番に見ていこうと思ってエスカレーターで四階まで上がり、洋楽コーナー(ここでパンクのCDを二枚、メタルのCDを一枚購入)、三階の現代音楽コーナー、二階のレゲエ、ジャズ、ヒップ・ホップ、テクノの各コーナーと書籍コーナー、そして一階にもどってあらためて邦楽コーナーと見てまわった。洋楽コーナーと最後の邦楽コーナー以外は、目的もなく気休めていどに見て歩いたわけだが、各階にはクリアランスセールのワゴンが何台か出ており、せっかくだしもう一度のぞいていこうかなと思ったりしたけど、大量のCDのなかから自分の好みにあったものを探す気力が

なかったのとそろそろ待ちあわせ場所に向かわないと遅刻してしまいそうということで、掘りだし物を探ることを諦め、店を出ることにした。
 約束していた心斎橋ロフトの一階にあるスターバックスの前に行くと京ちゃんはすでに来ていて、「あれ、きょうは帽子なんやあ」と田辺を見つけると笑顔をつくって近づいてきた。
「最近は帽子のほうが多いんですよ」
「暑くないの?」
「ちょっと暑いですけど、夏用の薄手のニット帽なんで、まあなんとか大丈夫です」
「この前飲みにいったときモヒカンで来たでしょ。あのときはまわりの人がなに気にこっち見てきたから、やっぱ目立つなあと思ったわ」
「やっぱモヒカンにしてると目立ちますからねえ。恥ずかしかったでしょ、じろじろ見られて。って、じろじろ見られてるのはぼくのほうだと思いますけど」