夏休みがおしえてくれる  |  davinci

夏休みがおしえてくれる

情けないやらおもしろいやらといった視線で京ちゃんがながめつつ、その後も二人はお互いの近況を話したり、ひさしぶりに音楽について語りあったりした。
「ほら、行かんでいいの?」京ちゃんが耕太にそういったのは話しはじめて二、三十分たったころ、ちょうど奥の席で文庫本を読んでいた女の子が本を閉じ、カウンターの下から鞄をたぐりよせるのを目の端にとめたときだった。
「行くって、なにがよ?」
「なにがよって、なにがよ? あの娘、帰っちゃうで」
「また来週までに作戦考えてくるねん」
「そんなこというてる時点で絶対にいい案なんてうかんで来ぃひんって。んで、あの娘が来週も一〇〇パーセント店に来る保証なんかどこにもないやんか」
「一〇〇パーセントとはいわれへんかもしれへんけど、ここ一か月くらいは毎週土曜のこの時間は店に来てるみたいやから、来週もたぶん来ることは来るねん。

んで、その各パーツの組みあわせを総合するといかにも強面の兄ちゃん、もしくはおっさんができあがってしまうんだけど実際の本田さんはそんなことなくて、なんとも優しそうな笑顔が印象的な、すごく気のいいお兄さん、もしくはおっさんなんだけど、ここは便宜上お兄さんとしておく。
 そんなお兄さんなのかおっさんなのかよくわからない本田さんがミックスジュースをもってきてくれて、その足でいまさっき店に入ってきたカップルと思しき若い男女二人組の注文を取りに奥のテーブルへと向かっていった。京ちゃんはミックスジュースを一口飲み、おいしいなあとうれしい気分になった。
 店内にはあいかわらずフリッパーズギターの『ヘッド博士の世界塔』がかかっていて、あいかわらず耕太は奥の女の子をちらちら盗み見している。どもならんな、ほんまに。とうだつのあがらない耕太を

 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

もちろん絶対にという保証はないけど、そんなこといいだしたら世の中には一〇〇パーセント確実なことなんてなんにもないわけやからね」
「なにそんなとこだけ自信満々になってんのよ。頭であれやこれやと考える前に行動やって。考えるな、肌でつかめってブルース・リーもいうてたやん」
「あれ、京ちゃんってブルース・リーとか知ってんねや」
「知ってるもなにも大ファンやって。DVDも全部もってるし」
「うわ、めっちゃ本格的やんか」
「そやで。この前さ、高校のときの友だちの女の子四人と飲み会したときに映画の話になって、わたしはブルース・リーのすごさについて熱く語ってんけど、誰もついてきてくれへんねん。ほんでさ、いろいろモノマネもやってみたりしてんけど、誰もわかってくれへんかったし。『死亡遊戯』の階段上っていくとことか、めっちゃ自信あんのに」

 

夏休みがおしえてくれる

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

「それやられても、おれも似てんのかどうか判別つかへんわ」
 とかなんとかどうでもええようなことをふたりしていいあっているうちにカウンターのいちばん奥の席におった女の子が立ち上がり、ほらほらと京ちゃんが耕太の腕をつかんで軽くゆすってみたんだけど、なによ? 無理やって。とかなんとか言い訳くさいことをいうだけで、耕太は一向に椅子から立つそぶりを見せなかった。
 お会計をすませた女の子はそのまま店を出ていく。耕太に動く気配はない。ダメなやつや。あかんやっちゃ。そやけど、ここで颯爽と立ち上がって女の子のところまで駆けよっていき、なんていうのかは知らんけどとりあえず彼女をかき口説き、あっさりと仲良くなられても困るけどなあ。困るというか、おもしろくない。てゆーことは、いましかないでとさんざん耕太をはやし立てておきながら、けっきょくは失敗するところを楽しみにしてるんかなあ? 

計算になるんかな。そんなことを思いながら京ちゃんは「そういえば、このアルバムの一曲目のイントロってビーチ・ボーイズのサンプリングやったやんな?」と尋ねてみる。
「そうそう、『ゴッド・オンリー・ノウズ』」
「神のみぞ知る、やね」
 神のみぞ知る。って、ほんまに神様なんておるんやろか? そんなことを思って、京ちゃんは実際に口に出して耕太にも訊いてみた。どやろね? 興味なさそうに耕太はいって、すこしだけ残っていた二杯目のコーヒーを一気に飲みほした。
「なんとか夏休み中というか、八月いっぱいくらいまでにはなにかしらのアクションが起こせたらいいねんけどなあ」他人事みたいに耕太がいった。
「もうちょっとしか期間ないやん。長期戦とちゃうかったん?」

まあ、それは否定でけへんわけで、やっぱ人の不幸ごとっていうのは楽しいし……って、本当にヘビーな話だったりすると笑いも半減どころか、こちらも親身になって相談にのったりなぐさめたりするのだけど、店で見かけた女の子を気に入って声かけて失敗するって、それはむしろ笑い話にせんとどうにもならへんでしょ。なんてことを京ちゃんはとりとめもなく思い、一人で小さく笑った。
「もうそろそろ終わりやんな」
「終わりって、まだはじまってないやん。いまやったらまだ追いかけたら間にあうんとちゃう。いけるって。大丈夫やって」
「女の子のこととちゃうって。これやん、フリッパーズギター」といいながら、耕太は天井の隅にあるスピーカーを指さした。
「ほんまや。最後の曲やね」店に入ったときはまだ最初のほうの曲だったから、ちょうど三十分くらいたった

 

夏休みがおしえてくれる

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みがおしえてくれる

 

「結果的には長期戦になるかもしれへんけど、気持ち的にはそれくらいの勢いでなんとかしたいってことで」
 京ちゃんは曖昧にうなずいて、本田さんがつくってくれた特製のミックスジュースに口をつけると、すっごくおいしいな、なんてことを思いながら、ちょっとした幸福感に包まれた。

 
   
            §

 
 
 先月号が発売された直後に、編集部から封筒が届いた。開けると来月号分のゲラとともに一枚の絵ハガキが入っており、なんなんでしょう、これは? と手にとってみると、表面には女の子の手によるものと思われる字が躍っており、うわ、これって女の子からのファンレターとちゃうん、絶対にそうやわあ! と喜び勇んだのであったが、なんで喜び勇んだのかというと、そらファンレターなんてもらったら誰しもうれしいにきまってるわけで、ぼくもその例にもれることなく喜んでみたというか喜ばずにいられなかったわけなんだけど、さらに詳しく見てみると、

いちばん下の方に「フジタエリコ」の名前があった。——フジタエリコ。どこかで聞いたことのある名前だと思ったときには半年以上前に届けられた手紙のことを思いだし、あのときの人からまたハガキが来たわあ、とまんまのことを思った。すっごくうれしかったわけでも、別に迷惑に思ったわけでもない。裏面を見てみると、チューリップ畑と風車の写真があって、たぶんこれはオランダの風景であろう。色取りどりに咲いているチューリップと青々とした空がきれいやなあと思いながらふたたびハガキをひっくりかえし、表面の下半分にびっしりと書かれてある文章を読んでみた。

 こんにちは。おひさしぶりです……って、おぼえてらっしゃいますか? 以前、お手紙を差しあげたフジタです。この前から始まった中川さんの新連載を読んで、またお便りしたくなって、いまこうして手紙を書いております。一作目のときもそうでしたけど、中川さんの小説って、大きな事件が起こったりしなくて、ストーリーが大きく展開することがありませんよね(それがダメとかではもちろんなくて、逆にすごいなあと関心しています。なんにも大きな事件とか、感動的なストーリーとかがなくっても小説は成り立つんだってことを知って、わたしは驚きました。ただ、今回の作品はまだ始まったばかりですので、もしかしたら、これからいろいろと事件が起こるのかもしれないですけど……)。そのなんにも起こらない感じが、すごく好きです。それで、作中にフリッパーズギターの曲が出てきて「ほんとのこと知りたいだけなのに/夏休みはもう終わり」って引用されてるじゃないですか。あれはどういう意味をもって引用されたのかな? 

 

夏休みがおしえてくれる

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

なんて考えてしまいました(もしかしたら意味なんてないのかもしれませんけど……)。楽しい夏休みは、気がつくとすぐに終わっちゃう。そんなはかない感じが小説全体に漂っていることのメタファーであるのかな、なんてことを勝手に思ったりしました(タイトルが『夏休みがおしえてくれる』なので、それともなにかしら関係があるのかな? なんてことも思いました)。
 すいません、なんだかくだらないことをいってしまって。スペースがなくなったので、今回はこれくらいにしておきます。それでは、また。次回以降の連載も楽しみにしております。
 追伸 先月号の最後に「京ちゃん」の名前がちょこっと出てきましたが、その「京ちゃん」っていうのは、前作の『POKKA POKKA』に出てきた「京ちゃん」と同一人物なんですか??
 
フジタ エリコ

 

夏休みがおしえてくれる

 これまた返信のしようのないような感じの手紙だ。って、もともと返信する気もないけど、そもそも住所がないからお返事を出そうと思ったところで出しようがない。しかしながら、根本的な問題として、このフジタエリコさんはなにを望んでこんなものを送ってきているのであろうか? 普通のファンレターであれば、それがどんなものであれ受けとったほうは素直にうれしいものなのであるが、フジタさんからのお手紙はどうやら「普通のファンレター」ではない。今回送られてきたものはさておき、前回の手紙ではぼくが書いた小説のなかの登場人物のモデルが自分である可能性があるという意味のことを書いてよこしてきた。その時点でぜんぜん普通ではないのであるが、住所がわからないどころか仮名もつかってるし、これらの事実からぼくが胡乱なものを感じとったとしても無理のないところであろう。んで、今回のハガキの最後に「京ちゃん」のことについて疑問を呈しておるが、仮にぼくがその疑問に答えようと思ったところで住所がわかんないわけで

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

(くりかえしになるが、そもそも名前も仮名でもある)、そんなことは手紙を書いているご本人も当然のことながらご存知のはずだし、こちらにどないせいというか、こちらになにを望んでいるのか皆目見当がつかないわけで、要はただ単に思ったことを書いてきているだけかもしれん。いずれにしても、こちらから返事を出すことはないと思われるわけであるが、そもそもぼくが自分の書いた小説について、あの登場人物のモデルは誰であるとか、小説のあの部分のあの文章はこれこれこういう意味があってとか、そんなことを読者の方と手紙のやりとりをしても意味はない(作品に書いてあることがすべてです)。まあ、いずれにしても前回同様こちらとしてはどうすることもできないわけで、またフジタさんから手紙が来るかもしれへんし、来ないかもしれへんし、それはどっちでもええわというか、ぼくにはどうしょうもないことであるわな、なんてことを思いながら、そのきれいな風景が印刷された絵ハガキをコンポのスピーカーの上に置いた。

 その夜、柴田に電話をした。東京に住む柴田と実際に会うのは年に一、二回だが、三、四週間ほどごとにどちらからともなく電話をするのがいつの間にか習慣のようになってしまい、この日はぼくのほうから電話をかけ、最初にフジタエリコさんのことについて話してみた。
「それって、やっぱり熱狂的なファンの妄想みたいなもんなんかな。心当たりはないんでしょ?」
「ないない。そもそもモデルとか設定してなかったし。高橋源一郎が『官能小説家』って小説のなかで、小説を書くと必ず『あれはわたしのことでしょう』というやつが出てくるのはなぜだ? って書いてたけど、ほんまにそういうやつが出てくるもんなんやなあって感心したよ」
「実際にモデルにしたとかしないとか関係なく、まわりの人でそんなことをいってきそうな人というか、そういうことをいってこられてもおかしくない出来事があっとかはないの?」
「どうやろ……。たぶん、ないと思うねんけどなあ」

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みがおしえてくれる

いま柴田がいった「殺人事件とかすれちがいのラブストーリー」みたいなことを指しているわけで、そういった目に見えて動きのある出来事じゃなくても——って、いますぐにいい例が思いつかへんけど、抽象的ないい方やけど毎日の普通の生活のなかにもいろんな出来事は起こっているわけで、たとえば毎日の通勤電車にゆられながら週五回会社に通う平凡なサラリーマンの男がいたとして、その男が一週間をふりかったときに「今週も変わりばえのしない一週間やった」って思ったとしても、その「変わりばえのしない一週間」の毎日がまったくいっしょってことはまずないわけで、週のうち一回くらいは誰かと飲みにいったかもしれへんし、行き帰りの電車のなかの顔ぶれも当然ちがうやろうし、天気も晴れの日あれば曇りの日もあるやろうし……。こういったことは、大きな視点から見たら「なにも起こってない」ことになるのかもしれへんけど、たいがいの人間は晴れの日と雨の日とではテンションもちがうわけで、

「そういうのがないとしたら、小説読んで気にいった人が妄想ふくらませて、それがどんどん広がっていって、現実の作者に手紙を出すまでになってしまったって感じなんじゃないの」
「その説がいちばん説得力があるように思うねんけど、どっちにしてもこっちとしては仮定の話しかできへんわけやし、真相も解明しようないねんけどね」
「ちなみに、新しくはじまった連載については、なにもいってなかった?」
「なんかいろいろ書いてくれてたよ。ナカガワさんの小説はなにも起こりませんね、とか。これは批判的な感じじゃなくて、好意的にいってくれてた感じやったけど」
「まあ、たしかになにも起きてないもんね。殺人事件とかすれちがいのラブストーリーとか」
「いちおう、ぼくんなかではいろいろ起こってるねんけどね、よくなにも起こらないっていわれるわ。でも、「なにも起こらない」っていっている人の「なにも」は、

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みがおしえてくれる