夏休みがおしえてくれる  |  davinci

 
Mitsuru Nakagawa

 
 
 

第3回

 
中川 充

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ネット上の読者投票を経てデビューした作家・ナカガワのもとに、一通のファンレター(?)が届いて……

 
 

 
 
 
 
 
中川 充

 
夏休みがおしえてくれる

第1回から読む

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
 
 
 
 
Mitsuru Nakagawa

 
 
 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みがおしえてくれる

 
 
 
 
 
 
 
 
        第3回

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

夏休みがおしえてくれる

といってきてくれたんだけど、べつにこのままでもよかったので、べつにこのままでいいですよといい、つづけてドライカレーを頼んだ。
「しかし、きょうも暑いなあ」いいながら京ちゃんは鞄からハンカチを取りだすと、それを上下にふって顔の前でぱたぱたと扇いだ。
「こんな暑いときにカレーなんか頼まんとオムライスにしたらええのに。まあ、べつにオムライスが冷たいわけじゃないけど」
「そやからドライカレーにしてるやん。ドライやで。てか、食べるもんと天候は関係ないやろ? だってきょうの夜はモツ鍋食べるねんで」
「誰と行くの?」
「耕太の知らん子やねんけど、一年くらい前にライブで知りあった子やねん。頭がすごくて、モヒカンにしてるねんで」

●連載第二回
 待ちあわせの時間は夕方の六時で、それまでのあいだひさしぶりに買い物にでも行こうと昼前には家を出る予定だったんだけど寝坊してしまって、けっきょく家を出たのは一時くらいのことで、とりあえずぶらぶらと南堀江までやってきたのはいいけどなにも食べずに家を飛びだしてきたからお腹がすいて、先にご飯を食べようと本田さんの店に入ったら耕太がいたので、ひさしぶりやなあと京ちゃんはいってみた。
 隣の席に坐り、「これって、フリッパーズギターとちゃうん?」と耕太に訊いてみる。
「そやで。なんかもうすぐ昔のCDが再発されるみたいで、それをたまたま雑誌の記事で本田さんが知って、なんとなくかけたみたい」
 ふーんと興味なさそうにいった京ちゃんに注文を取りにきた本田さんが、なにかほかのに変えようか? 

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

その先を見てみると、かわいらしい感じの女の子が本を読んでいる。
「なに、あの娘知りあいなん?」
 普通に訊いたつもりだったのに耕太はわかりやすい感じに動揺して、いや、まあ、そうではないねんけど……とか曖昧なことをいって、べつに興味がなかったので京ちゃんは詮索はしなかったんだけど、なにを思ったのか耕太が「逆に京ちゃんはあの娘のこと知らんよな?」とわけのわからんことを訊いてきた。
「わたしが最初にあの娘知りあいなん? って耕太に訊いたのに、わたしが知ってるわけないやんか」
「そらまあ、そうやわな。なんとなく訊いてみただけやから、気にせんといて」
 いわれるまでもなく気にはせえへんかって、すぐにその関心は運ばれてきたばかりのドライカレーに移った。上にのっている半熟の目玉焼きをスプーンでつぶし、

「モヒカンって、いつも髪立ててるの?」
「ピンって立ててるで。でも、くしゃくしゃってなってるときもあって、そういうときはニット帽かぶって隠してやるねん」
「そうなんや。きょうはピンって立ててくるんかな? くしゃくしゃってなってるんかな?」
「どっちかわからんけど、帽子かぶるんも暑いし、立ててくるんとちゃうかな」
「そやけどモツ鍋屋でモヒカンって、なんかおもろいな」
 そうやなあ、そういって田辺のモヒカン頭を思いうかべ、それがモツ鍋突っついてる姿をイメージしてみると、たしかにユーモラスであるわな。てゆーか、確実にまわりの客の視線を集めることは請けあいで、好奇の目にさらされることになるんやろうなあ、なんてことを京ちゃんが思って耕太のほうを見ると、耕太はちらっとカウンターの奥のほうに目をやっていた。

 

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だからといって必要以上に耕太と親しいのかというとそんなこともなくて、たしかにアキちゃんと耕太が別れてからもたまに二人で飲みにいったりライブを観にいったりはしたけど、それはアキちゃんと耕太の関係においてもいえることで(二人は別れたあとも友だちとしてつながっている)、なんやったら二人がつきあってたときとおんなじように三人で遊びにでかけたりしたことも何度かあった。アキちゃんと耕太がケンカ別れして、お互いに反目しあっていたりするのであればあかんと思うけどそうではないし、人間的に悪いやつでもないし音楽の趣味も合ってたし、そんなこんなで二人が別れて以降も耕太とは定期的に会ってたりはしていたんだけど、そうはいうてもやっぱりアキちゃんと耕太の二人がつきあってるときほどには頻繁ではなくて、徐々にその回数も減っていき、きょう会うのも何か月ぶりくらいのことやろうなあ、なんてことを京ちゃんはいまぼんやりと思った。

ご飯といっしょにその一片を口に放りこむ。横を見ると耕太のオムライスはすでになくなっていて、このあとなんか用事あるん?と訊いてみたら、特にこれといってないとの返事だったので、そしたらまあちょっとゆっくりしていきや。と京ちゃんは店の人のような口ぶりで耕太に提案してみると、耕太は曖昧にうなずいてコーヒーを注文した。
 耕太と知りあったのは、もう三、四年も前の話で、アキちゃんから彼氏として紹介されたのが最初だった。紹介されてから一年後くらいに二人は別れたんだけど、その別れるまでのあいだに三人で飲みにいったりライブを観にいったり定期的にみんなで遊ぶ機会が何度もあって(そこに耕太の友だちの男の子がやってくることも間々あった)、はじめのうちは京ちゃんも耕太のことを「耕太くん」とくん付けで呼んでいたんだけど、いつの間にやらアキちゃんとおんなじように「耕太、耕太」と呼ぶようになっていて、それが定着してしまった。

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

最後はあっという間に終わってしまうもんな。そういえば田辺くん……ってそのモヒカンの子やねんけど、田辺くんもきょうの件で電話してきたときに、専門学校の夏休みって意外と多いんですけど、それでももう半分以上は過ぎてしまいましたからねえって、ちょっと寂しそうにいってたわ」
「モヒカンの子って学生なんや。そんな頭してなんの仕事してんのかなとは思っててんけど」
「そやねん、学生やねん。でも歳はわたしとそんなに変わらんくらいで、いったん就職したあと、今年の春からまた専門学校に通いだしたみたい」
 へえー、とうなずきながら耕太はアイスコーヒーを一口ストローで飲み、顔を上げた瞬間、先ほどとおなじようにカウンターの奥にちらっと目をやった。
「なんなん? 気に入ってんの?」顔を耕太のほうに寄せ、なぜだか押し殺した声になって、京ちゃんが訊いた。

「お盆休みはどっか行ってたん?」
「べつにどこも行かへんかった。てゆーか、いうほど休みなかったし。耕太はどっか行ったん?」「ちょこっと実家に帰って、高校のときの友だちと会ったくらいかな。まあ大阪から京都へ帰るだけやから、べつに大変でもなんでもないねんけどね。沖縄にでも行ってみよかなってちょっと思ったりもしてんけど、人多そうやし、休みもそれほど長いわけでもないし、なんか気忙しいなあと思って」
「そやんなあ。お盆休みっていってもあっという間やもんなあ。そう思ったら学生はやっぱ幸せやな。小学校のときなんか、ずーっとこのままつづいていくんとちゃうかなっていうくらい夏休みは長いように感じてたもん」
「そうそう。夏休みに入ったばっかりのころなんか、えらい長いなあとか思ってるねんけど、あと一週間くらいになったら急に早く感じるねんな」
「終わりそうでなかなか終わらへんねけど、

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

なんもせえへんかったらゼロの可能性が、ちょっと行動を起こすだけで五〇パーセントになるねんで」
「理屈でいうたらそうかもしれんけど、そんな理屈どおり動かれへんのわかってるやろ。みんな思い描いているとおり行動できたらなんの苦労もないけど、それがなかなかうまいこといかへんのが人間いうもんやんか」
 えらい話が大きなったなと思いながら、そしたらなんか作戦考えてるん? と京ちゃんが尋ねてみると、耕太は返答に窮したように口をつぐんだ。つぐんで一瞬間があったあと、長期戦や、とつぶやいた。
「長期戦って、あの娘が店に来んようになったらどうするんよ?」「そんときは、そんときや。そやけどあの娘がある程度この店にやってくるって目算は立ってるねん」「それって半分以上がたいした根拠のない希望的観測やろ? そんなん当てにしてたらあかんよ。なにごともすばやい行動が大切やねんから」

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「え、なにが?」あきらかに動揺した感じで耕太が聞きかえしてきた。
「なにがって、さっきからカウンターの奥の女の子のほうちらちら見てるやんか」
「うわ、ばれてた?」
「余裕でばれてるって。ちら見しすぎやし」
 えー、とかなんとかいいながら、あきらかに動揺している耕太をよそに、他人事である京ちゃんは、思い切って声かけてみたら? いってみたらなんとかなるかもしれへんで。と焚きつけてみたんだけど、そんなん無理やってと耕太は頑なに拒んだ。
「無理かもしれへんけど、このままなにもせえへんかっても可能性はゼロやねんから、声かけてあかんかってもなんにも失うもんなんかないやんか。しかも、声かけた結果はOKかダメかのふたつにひとつで、可能性でいったら五〇パーセントもあるねんで。

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「そんなことは百も承知してるけど、わかっててもなかなか思うように動かれへんのが人間やってさっきからいうてるやんか」
 二人して押し殺した声でやいやいいいあっていると本田さんがカウンター越しに傍までやってきて、「どうしたの?」。すかさず耕太が「たいしたことではないです」とぎこちなく答えて、本田さんはそれを笑顔で軽く受け流し、京ちゃんの顔を見ると「なにか飲む?」といって、京ちゃんは特製ミックスジュースを頼んだ。ドライカレーは大半食べ終わっている。
 はじめてこの店で本田さんと顔を合わせたときに、この人、年齢不詳やなと思ったわけだが、直接本人に訊いてないのはもちろん、ほかの誰かから伝え聞いたりもしていなかったのでいまだに京ちゃんは本田さんの正確な年齢を知らない。べつにどうしても知りたいわけでもないんだけど、見ようによっては四十を優に超えているようにも

見えるし、だからといってその説が最有力なのかというと三十代ってのがいちばん無難なような気もするし、こう見えて実は二十代やったといわれてもそれはそれで納得してしまうような顔立ちで、店に来たら必ず一度は本田さんの年齢のことが頭にうかんできて一回訊いてみよかな? と思ってみたりするんだけど、ほかの話をしているうちにそのことを忘れてしまったり、おぼえていてもあえて訊いてまで知りたいほどのことでもないわなとか思ってそのままにしてしまうことが毎度のことで、いまもまったくそんな感じの気分だったので、本田さんの年齢のことがちょこっと頭を過ぎったけど、京ちゃんはそのままなんにも訊かずにおいた。たぶん、あの濃い髭がいけないんだ。いや、べつにダメってわけではないんだけど、あの濃い髭が実年齢をわからなくさせている大きな要因となっていることはまちがいなくて、そこへもってきて坊主頭と細い目という組みあわせがより一層本田さんの年齢を不詳にさせている。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ