夏休みがおしえてくれる  |  davinci

 
      ほんとのこと知りたいだけなのに
         夏休みはもう終わり

 その歌詞が終わると同時にサイケデリックな感じのイントロが流れだし、二曲目の「グルーヴ・チューブ」がはじまった。もう十五年くらい前の曲だ。しかしなんでまたきょうはフリッパーズギターなんか流してるんやろう? てか、ぼくが知らなかっただけで、実はいままでも店では定期的にかけられておったのかな? んなことを耕太は思いながら、例の女の子のほうをちらっと盗み見る。
 先週、先々週と同様、彼女は文庫本を読んでいた。臙脂色のブックカバーを両手でもち、ときおり注文した飲み物を口にもっていく姿がいかにも優雅というか、こなれた感じで、普段であればなにを格好つけておるのだとむかつきのひとつも覚えているかもしれないところを彼女の場合はいかにも自然な感じで、むしろ見とれてしまうような

で、先週は半分オムライスが目当てで、もう半分はべつの目的があって来店。そしてきょう、耕太は一〇〇パーセントそのべつの目的のために「耳鳴り」にやってきたのであった。
 扉を開けると「いらっしゃい」と本田さんが声をかけてきた。耕太は入ってすぐ、手前のカウンター席に腰かけたのであるが、坐るのより一瞬早く、L字に囲まれたカウンターのいちばん奥に目をやる。いた! とそのいちばん奥の席に坐っていた女の子を確認し、すぐに目を切ると、カウンター越しにオーダーを取りにきた本田さんにオムライスを注文した。
 店内にはめずらしく、というか耕太のこれまでの経験上はじめてのことだったんだけどフリッパーズギターがかかっていて、耕太が席に着いたときはちょうどラストアルバムの『ヘッド博士の世界塔』の一曲目の「ドルフィンソング」が終わるところだった。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みがおしえてくれる

 
 

これが閉じられた空間でなく、たとえば外を歩いているときに、まわりに誰も人がいないような状況であったとしても声をかけるのは難しいように思われるが、ましてやいまはそれほど広くもないお店のなかで、そのオーナーも知りあいときている。どうすることもできんわけだ。が、このまま彼女と二度と会えなくなるのは非常に寂しいことで──そう思わされるくらいに彼女は魅力的であった──偶然に出会えたその日が今生の別れの日でもあるなんて、悲しすぎる。だからといって声もかけられへんし、うわー、どうしよう、と耕太はあたふたしてしまったのであった。けっきょくその日はオムライスを食べたあと、アイスコーヒーをちまちまと飲みながら、どうしよう、どうしよう、とどうしようもないということを重々心得ながら耕太がひとりで煩悶しているうちに彼女は席を立ち、追いかけるんだったらいましかない……そう思うと同時に、彼女が帰るのを待ってたかのようにこのタイミングで立ちあがるのもどうよ、めっちゃわかりやすいですやん。

奥床しさを耕太に感じさせた。
 なんにしても、再会できてよかった。二度あることは三度あるとは、昔の人はうまいこといわはるなあ。と、さも偶然に導かれて彼女との再会を果たしたようにいま思った耕太であったが、思いっきり狙いを定め、あえてこの時間帯に来店したのであった。
 しかしながら、二度目まではたしかに偶然であり、二週間前にはじめて彼女と会ったとき、耕太はどうしようかと一人であわてふためいてしまった。その女の子があまりにもかわいらしく、自分の好みに適合していたからだ。
 どうしようもないのは百も承知していたのであるが、ぼくの人生において彼女と会えるのはいまが最初で最後かもしれず、いまなにかしらのアクションを起こさないと一生後悔してしまうかもしれんぞ。しかしながら、見も知らぬ、しかもめちゃくちゃきれいな女の子に、なにをどうしゃべりかければいいというのだ。

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

一度来たお店にふたたび顔を出すなんてことは十分に考えられる。仮にそんなことがあるとして、その可能性がいちばん高いと推察されるのがおなじ曜日のおなじ時間帯、というわけで一週間後のおんなじ時間帯に耕太はのこのことやってきたわけだが、その目論見どおりまんまと彼女はおったのであった。
 喜び勇んでカウンターの席に着いたわけであるが、いざ彼女がいたらいたで耕太は困った。どうすればいいのかわからんのだ。前回もそうであったが、店内で声をかけるなんてことは考えられないわけで、ひとつの面識もない、うら若き女性にたいしてそんな直接的な行動はとでもじゃないがとれたもんではない。だがしかし、彼女とはお友だちになりたい。この矛盾する命題を抱えこみ、耕太はひとり知りあいの店でランチを食べながら悶々としていたのであった。
 もっともスムーズななりゆきと思われるのは、

てゆーか、めっちゃ怪しいやつですやん。あきませんやん。と語尾に「やん」を三つも重ねているうちに、彼女は店の外に出ていってしまった。
 いますぐ会計をすませ、間髪入れずに追いかけたらまだ間にあうはず。未練がましくそんな考えが耕太の頭を過ぎったが、そんなことをしたとしたら、どう好意的に解釈しても怪しいやつだし、そもそもそんな勇気もない。うわー、あんなかわいい娘と二度と会えないなんて! と嘆いたのであったが、一週間後におなじ場所で再会できた。土曜日の昼下がり、飯でも食いにいこうかと耕太が本田さんの店に顔を出したら、彼女は一週間前とおんなじ場所に坐り、やはり臙脂色のブックカバーを両手でもち、ときおり飲み物を口に運んでいた。その前の週、たまには休日の昼間に本田さんとこに行って昼飯食べるのもええなと来店したら、例の彼女がおった。なんのアクションも起こせないまま、あの日は、うわー、もう二度と会われへんと嘆いたわけであったが、

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

おんなじような気持ち五〇パーセントと彼女に再会できへんかなという期待五〇パーセントで来店した先週、そして彼女との再会だけを望んで三週連続でやってきたきょう、みごとにその願いが成就され彼女は先週、先々週と同様いちばん奥の席にたたずみながら読書に勤しんでいたのであった。
 しかしながら、肝心なのはここからである。彼女と会うだけであればそれこそ先週も先々週も遭遇しているわけで、ただその様子をながめているだけはなく、そこから一歩を踏みこまねばならぬ。すなわち、お友だちになりたいわけで、そうなってくると、向こうからこちらに話しかけてきてくれるなんてことはありえないわけだから、こちらから声をかけねばならん。
 水を軽く口にふくみながら、耕太はそっと店内を見まわした。L字型のカウンターには全部で七席あり、手前に二席、なだらかな曲がり角のところに二席、そして奥に三席あって、入ってすぐのところに腰かける耕太と

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

彼女とお店で何度も顔を合わせているうちにそれとはなくお互いのことを認識しあうようになり、自然とお友だちになるというパターンであるが、その可能性がゼロではないとはいえ、彼女が毎週このお店に来てくれるかどうかはわからない。百歩ゆずって毎週来店してくれるとしても、その場合かなり長期的な展望が必要であり、さらにいうと時間をかけたところでこちらが思い描いたような展開になるかどうかもわからない……と考えれば考えただけ耕太の気持ちはネガティブなものになっていき、いっそのこと、いまから席立ち上がって声かけたろかしらん。突発的に無謀なことをしでかしそうになるが、もちろん思うだけで、一週間前と同様耕太はどうしよう、どうしようと思うばかりでけっきょく具体的なことはなにひとつできないまま、これまた先週とおなじように彼女はそのうちに店を出ていってしまったのであった。
 そして、迎えたきょう。たまには本田さんとこでランチ食うのもええかなとふらっと訪れた先々週、そのときと

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それ以降の展開が考えられなかったのだ。そしたら店の外でだったら大丈夫なのかというと、もちろん大丈夫ではなく、席を立ち店を出ていった彼女を追いかけ声をかけるなんてことはこれまた考えられんわけであって、そもそもそんな行動力があるのであれば、すでにやっているわけであって、それだったらまだ店内でこっそり話しかけるほうが可能性があるように思われる。そのためには味方はひとりでも多いに越したことはない……と耕太が顔を正面にもどしたところで、本田さんと目が合った。
「はい、どうぞ」カウンター越しにオムライスを出してきてくれた本田さんを手招きし、顔を近づけさせると、「ぼくがいい終わったあと、すぐに顔を向けちゃダメですよ」押し殺した声で耕太がいう。若干不審そうな表情になった本田さんであったが、ゆっくりとうなずくのを確認したあと、耕太はことばをつづけた。「いちばん奥のカウンターで文庫本読んでる女の子って、よく店に来るんですか」

いちばん奥の彼女とのあいだには、女の子ふたり連れとメガネをかけたおしゃれな感じの青年がひとり坐っている。カウンターの奥の三席の後ろにはテーブル席が二つあり、その一方にカップルと思しき男女がランチを食べていた。この状況で耕太が奥まで入っていき、本を読んでいる彼女に声をかけるなんてことは、どう考えても不可能なことのように思われたが、だからといってあきらめればこれまでといっしょなわけで、その不可能と思われることに果敢にチャレンジしなければならない、虎穴に入らずんば虎子を得られない、と無理やりのように耕太は自らを鼓舞してみた。
 声をかけるにはタイミングとその内容が大切なわけだが、事前になにか方策を考えてきたのかというと、そんな用意周到さは耕太にはなかった。ていうか、いちおう考えてはみたのであるが、店のなかで彼女に声かけられんのか? というところでいつも壁にぶちあたり、

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
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いま問題にしているのはそんなことではなく、彼女と仲良くなることが最優先事項であって、そのためには越えんといかん壁がいくつもある。それを思うとうかれている場合ではないようにも思われるのであるが、オムライスがおいしいことと彼女と仲良くなることとはまた別の問題であって、オムライスがおいしいこと自体はなんら問題ないではないか、と耕太がもぐもぐやっていると本田さんが近づいてきて、「だいたい毎週土曜日に来てるわ、あの娘」と囁くようにいってきた。
「もう長いんですか?」本田さんに合わせるように、小さな声でいった。
「来るようになったのは、ここ一か月くらいのことやと思うけど」
「しゃべったりしました?」
「いや、いつも本読んでるからなかなか声かけにくい感じで……。気にいったん?」

 顔を離した本田さんは約束どおりすぐにカウンターの奥に目を向けたりはせず、シンクに置いてあった皿を手に取り、水道をひねる瞬間にそちらのほうをちらと見た。その様子を見届けた耕太は視線を下に落とし、オムライスを一口食べる。おいしい。相変わらずふんわかしてるわ。と感動しながらふたたび顔を上げると、耕太と目が合った本田さんがゆっくりとうなずいた。
 すなわち、彼女は何度もこの店に足を運んでいるということだ! すぐにでもその詳細を本田さんに問いただしたいところであったが、あわててはいかん。とりあえず耕太はオムライスをほおばる。おいしい。ちらと彼女のほうを見る。かわいい。と思うと同時にすぐに目線をもとにもどし、オムライスを口まで運ぶ。やっぱりおいしい。なんともいえん幸福感につつまれていた耕太であったわけだが、いや、たしかにオムライスがびっくりするくらいおいしいことは動かしようのない事実なんだけれど、

 そのことばに耕太は曖昧にうなずき、「しかしなんでまたフリッパーズギターなんですか?」これは普通の音量でいってみた。
「雑誌に載っててんけど、今月末にフリッパーズギターのファーストとセカンドが紙ジャケで再発されるみたいで、なんとなく懐かしいなあと思いながらCD物色してたら『ヘッド博士の世界塔』が出てきたから、なんとなくかけてみてん」本田さんも囁き声から普通のしゃべり方にもどり、フリッパーズギターをかけた理由を耕太に説明すると、仕事にもどっていった。
 本田さんをあいだに立てて仲良くなるという作戦はきょうはつかえないことが判明したが、彼女が定期的に来店していることも判明したわけであって、現実味のある希望的観測をすると今後も彼女はこの店にやってくることであろう。やがて常連さんとして本田さんとも仲良くなり、それに便乗してぼくも彼女と懇ろになる。他力本願であるうえに長期的な展望が必要であるが、

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

もっとも可能性のある作戦だと耕太はほくそ笑んだ。欲をいうと、もっと即効性のある方法があればいいのであるが、自分から直接的に動けないとなると、どうしようもない。仮にあの女の子がぼくの知りあいの誰かと友だちであったとして、その友だちがたまたまぼくと彼女が「耳鳴り」にいてるときにお店にやってくるなんていうおいしい展開があれば、ぼくはそれに便乗して彼女と友だちになれるなんて展開も十分に考えられ、スムーズであるうえに即効性もある理想的な方法であるが、世の中そんなご都合主義にいかんやろなあと耕太が思ったところで店の扉が開いた。
 反射的にふりかえると、京ちゃんが立っていて、耕太と目が合うとひさしぶりやなあといって小さく笑った。

                    (続)

 

第3回を読む

中川 充

なかがわ・みつる●1977年、奈良県生まれ。2006年、ネット上に掲載された短編『POKKA POKKA』への読者投票を経て、第1回ダ・ヴィンチ文学賞編集長特別賞を受賞。07年に初の単行本『青空チルアウト』を、08年には文庫『POKKA POKKA』を刊行した。

Mitsuru Nakagawa

夏休みがおしえてくれる
  • 著者:中川 充
作 成 日:2008 年 12月 11日
発   行:中川 充
BSBN 1-01-00021559
ブックフォーマット:#429
 

 
 
 
Mitsuru Nakagawa

 
 
 
中川 充