夏休みがおしえてくれる  |  davinci

 
 
 

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第1回

 
Mitsuru Nakagawa

 
中川 充

 
 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

ネット上の読者投票を経てデビューした作家・ナカガワのもとに、一通のファンレター(?)が届いて……

 
 
 
 
 
Mitsuru Nakagawa

 
 
 
 
 
中川 充

 
夏休みがおしえてくれる

 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
        第1回

夏休みがおしえてくれる

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
 

夏休みがおしえてくれる

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 長い長い夏休みがはじまった。って、学生のときみたいにいつからいつまでときめられた期間があるわけではなく、はじまらせるのも終わらせるのも自分の勝手、「長い長い」というその期間もぼくの匙加減ひとつなわけで、ぼくが「長い長い」というてるんだから当然それは長く長くつづくわけで、なんでかというと会社勤めではなくフリーで仕事をやっているからで、その仕事が夏場はどえらくヒマだからだ。かかわっているジャンルによってまちまちだとは思うんだけど、ぼくがやってるコピーライティングの仕事にかんしては冬場忙しく夏場ヒマで、その上下の波がたいがい激しく、それがどれくらいのものであるのかというと全盛期の大魔神・佐々木のフォークボール級で、すなわちびっくりするくらいの落差があるというわけである。だもんで、冬のあいだにがつんと稼いで(正確に調べたことはないけど、年収の七割方はこの時期のものだ)そこで貯めこんだお金で夏場はなんとかしのいでいくという、

まさにアリさんと逆のような感じの生活を送っているわけで、このような一年のサイクルだから必然的に夏休みも長くなっちゃうというわけなのだ。だからといって、夏休みの期間中まったくなにもしないのかというとそんなことはなくて、たまに入る単発の仕事をこなしたり、たまりにたまった未読の本をつぎからつぎへと読みあさったり、小説の執筆に取り組んだり、やることはそれなりにいろいろとあるわけである。

 そんなわけで毎日毎日ヒマでしょうがねぇ、って感じでもなく、自発的にあれこれとすべきことをこなし、それはそれでけっこう充実していたりもするんだけど、今年はひとつ夏休み中に思いきって旅にでも出かけたろかしらん、と思ってみたりした。なんでまたそんなことを思いたったのかというと、これがとくに理由はなく、南の島に行ってのんびりするのもええのんではないかしらなんて

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

ベタなことが頭を過ぎり、過ぎったら過ぎったで、これはすごくいいアイデアではないかと色めきたち、ようし旅に出よう、旅に! とひとりで意気ごんだというわけである。

 と、そんなところへ、七月の上旬に担当編集者のSさんから連絡が入った。なんでも来週京都に出張に行くことになり、仕事は昼過ぎには終わるので、ご都合がつけば大阪でいっしょにメシでもどうですか? とのことで、ご都合がつくもなにもぼくは現在長い長い夏休みの真っ最中というわけで、ぜんぜん問題ありませんのでとふたつ返事で了承したのであった。

 当日はいかにも真夏って感じの暑い日で、一時にSさんと梅田で待ちあわせ、駅から十五分ほどのところにあるスカイビルまでだらだらと歩き、ビルの地下にあるお好み焼き屋さんで遅めの昼食をとることにした。昼間やし、

ビールは一杯だけにしときましょうといいつつ二人して二杯か三杯飲んだのはまあええとして、なんの話をしたのかというと大したことは話してなかったりするんだけど、具体的な仕事の話としては小説の次回作についての話題が出て、来年一月発売号から誌面の文芸コーナーを拡充する予定で、そのタイミングで新連載をお願いしようかと思っているんですけど、新作とかはもう書きはじめてたりするんですか? ええ、まあ、ぼちぼちですかね。いつくらいに初稿が出来あがりそうですか? わかんないですけど、秋くらいだと思うんですけどねえ。と、まあだいたいこんな感じの会話があって、とりあえず十月くらいをメドに初稿を完成させ、その後何度かやりとりをし年内中にいったん原稿を仕上げ、それを連載形式に小出しにしていき、毎月掲載する分の原稿を最終チェックしていくということで、今後のだいたいの話がまとまった。

 そのあとはお好み焼き食ってビール飲みつつ雑談してたわけなんだけど、「あ、そうだ」と突然Sさんがなにかを思いだしたように隣の椅子に置いていた鞄をたぐりよせ、なかから封筒を取りだすと、ぼくに渡してきた。

「これナカガワさん宛に編集部に届いたんですけど、お渡ししておこうと思って、もってきました」

 雑貨屋さんなんかで、小洒落た感じのレターセットが売ってるのを見かけることがあるが、手渡された封筒はまさしくそんな感じで、見るからに紙質もよさそうな感じだった。手に取ると数枚の便箋がなかに入っているらしい厚みを感じる。東京都渋谷区からはじまる編集部の住所が書かれてあり、Sさんがいうようにその横に「中川充様宛」とあって、裏面を見てみると、フジタエリコとカタカナで名前だけが書かれてあった。

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
「女の子ですね……って、年齢書いてないから、もしかしたらご年配の女性の方かもしれませんけど。ファンレターなんかな」

「まあ、そんな感じじゃないでしょうかね」

 その重みをたしかめるように手のなかで封筒をぽんぽんやりながら、当然のようにぼくは中身が気になった。普通に考えたら、小説おもしろかったです。次回作が早く読みたいです、それではがんばってください。みたいなことが書かれてあると思われるんだけど、封筒の厚さが気になる。なにをそんなに書くことがあるのであろうか?

 ぼくがその文芸情報誌が新たに立ちあげた文学賞で編集長特別賞をいただいたのは今年の春のことで、

と不思議がるところはあったりしたんだけど、なんだかんだいうてやっぱりうれしいもんで、早く読んでみたいなあと人並みにうきうきしてみたりもした。

 一時間半ほどでお好み焼き屋さんを出て、そのまま編集部にもどるというSさんを大阪駅まで見送ったあと、環状線に乗ってぼくは自分の部屋に向かった。

 フジタエリコさんからのファンレター(?)をSさんから渡された直後はそわそわしてしまったが、受けとった封筒を鞄のなかにしまったあとはその存在をとくに気にかけることもなかったんだけど、ひとりになって電車にゆられていると手紙のことが不意に思いだされてきて、思いだしたら思いだしたで、すぐにでも読んでみたいなあって気持ちがまた湧いてきた。しかしながら電車に乗るのは十分ちょっと、

同雑誌のウェブ・サイトに期間限定で六月から受賞作が掲載されていた。というわけで、サイトにアップされてからいまで一か月半ほどの期間がたっているわけだが、世間にたいして大々的に宣伝されているわけでもなし、ネットで小説なんか読む人がはたしてどれくらいおるのかしらん? しかもまだ名も知られていない新人のものを……なんて懐疑的な気持ちになっていたのであるが、こうして手紙を届けてくれる人がいるということはちゃんと読んでくれている人もいるということで──じゃないと、見も知らない女性から編集部にぼく宛の手紙が届くわけがない──ぼくの書いたものをすくなからず読んでくれている人がいるということを実感できるのはやっぱりうれしいことなんだけど、世間的にもほとんど露出していないぼくのところにいきなりファンレターなんて届くんかな? しかもハガキにちょこっとって感じではなく、便箋にみっしり書いてきてる感じやし。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みがおしえてくれる

 
 

 はじめまして。ネット上に掲載されていた中川さんの作品を読みました。最初に一言で感想を申し上げますと、すごくおもしろかったです。そう思ったからこそ、こうして手紙をお送りさせてもらったわけですが……。

 作品に出てきたアビシニアンズやボブ・マーリー、イエス、バンコ、渋澤龍彦、山田風太郎、セリーヌ、ドストエフスキーなど、全部が全部はわかりませんでしたが、わたしの好きな作家やアーティストもけっこういて、その意味でもにやにやしながら読むことができました。やっぱり、作品上に挙げられたこれらの固有名詞は中川さん自身も好きだったりするんですか?

 それで、やっぱり気になったのが、主人公の「ぼく」とヨシダさんとの関係なんですけど、どうして最後ヨシダさんとの連絡が途絶えたのかすっごく気になって、

そのわずかな時間に電車のなかで手紙を読むのは気ぜわしいし、なんだか気恥ずかしい気もする。
 そんなわけで部屋にもどってから読むことにしたんだけれども、帰ってくるとさっそく取りだして封を切った。なかには二つ折りにされたA5サイズの便箋が三枚入っており、一枚目を開けてみると便箋の上部にはワンポイントの上品なイラストが描いてあって(一枚目のそれには枝にとまっている鳥が描かれていた。なんて名前の鳥なのかは知らない)、そのイラストの下にある万年筆で書かれたと思しき丸みのある文字は、どことなく女性らしい温かみを感じさせつつも、達筆といっていいほどのきれいさだった。そのきれいな文字が右肩上がりになることもなく、文字と文字のあいだ、さらには行間と均整のとれた感じに配列され、みっしりと書きこまれてある。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

夏休みがおしえてくれる

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

てことに気づきましたので、もしかしたらそんなことに興味がおありにならないかもしれませんけど、いちおう書いておきますね。名前は封筒の裏にも書きましたが、フジタエリコです。だけど、これは仮名です。誰に指図されたわけでもなく、自らの意思で中川さんに手紙を書いているわけですし、この手紙がなにかしらの媒体に公にされるものでもないのにどうして仮名にする必要があるのか? とお思いになられることでしょうし、わたし自身もそこまでする必要があるかなとも思いますが、とりあえずといいますか、申し訳ありませんが仮名をつかわせていただきます(もしかしたら、なぜわたしが仮名にしているのか、その理由が最後までこの手紙をお読みになるとおわかりになるかもしれません)。なんだか言い訳がましいことを長々と書いてしまいましたが、自己紹介のつづきにもどります。年齢は二十七歳で、独身、仕事もしています(仮名からもおわかりになられると思いますが、

わたしなりにいろいろ考えました。考えましたけど、だからといってその考えたことをここで中川さんに向かって述べたてようとも思いませんし、もっというと、そんなことをしたってしょうがないとも思います(そのわたしの考えた答えがあっているとかまちがってるとかに関係なく、小説のことについて実作者にあれこれと問いただすことは意味のないことだと思いますので……)。だけど、どうしてヨシダさんからの連絡が途絶えたのかってことはやっぱり気になりますし、それとともに、これって中川さんが実際に体験されたことと、どれくらいまでリンクしてるのかなってことにも興味の目が行きました(こういう質問がいちばん作者をがっかりさせるんじゃないかなってことも十分に心得ているつもりですが)。

 ここまで書いていまさらのようにいうのもなんなんですが、わたし自身のことを先に書いておいたほうがいいなっ