山本くんには 友達がいない  |  davinci

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Yukihisa Yamamoto

 
 
 
 

 
 
 
山本幸久

第11回

山本くんには 友達がいない

 

第1回から読む

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
 
 
 
 
Yukihisa Yamamoto

前回までのあらすじ

中学受験生の山本くんは、毎週日曜日、塾に通う。唯一の楽しみはマンガを読むこと、そしてマンガのストーリーを考えること。学校にも塾にも、友達がいなかった山本くんだが、いつも「合格祈願」のハチマキをしている南斗と、黒須というマイペースな少年と知り合い、マンガ好きという黒須のお姉さん・福子の働く店へみんなで訪ねたりと、少しずつ山本くんの日々が変わりだす。
一方で、中学受験の雰囲気がせまってきて、学校でも、塾の話を聞かれることが増えてきて……。

 

 
 
 
 
 
山本幸久

 
 

 
山本くんには友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 
 
 
 
 
 
 
 
        第11回

 

山本くんには 友達がいない

 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

「山本くんって、漫画描くんだって?」
 堤は笑ったまま、山本くんのとなりに腰をおろした。その席の男子は、べつの机へいき、スーパーカーの消しゴムで、みんなと遊んでいる。
「まあ、一応は」
「それもプロのを真似たのじゃなくて、自分で考えたのを描くんでしょう」
「あ、うん」
「すごいなぁ。ぼく、そういうこと、できないんだよなぁ。尊敬しちゃうよ」 
 堤の目はきらきらと輝いていた。ほんとうに尊敬しているかどうかはわからないが、うらやましそうであることはまちがいなかった。山本くんはどぎまぎした。できればこの場をすぐにでも逃げだしたい気分にすらなっている。
「どんな漫画描くの?」
「どんなって」

 堤は自分のスケッチブックを山本くんにさしだしてきた。「描いてみてよ」
「で、でも、いまは授業中だし」
「だいじょうぶだよ。先生、見てないもん」
 山本くんは教壇に目をむけた。美術の先生は小さく折った新聞らしきものに、赤鉛筆で印をつけている。あたりも見回す。みんな好き勝手なことをして、とても授業中とは思えないくらいの大騒ぎだ。
「ねえ、描いてくれよ」
 断りきれないムードになってきた。
 適当にちゃちゃっと描いちゃえばいいか。
山本くんは覚悟を決めた。溝口と共作したときの主人公達をスケッチブックの端っこに描きだした。
 アイパッチをしている角の生えた侍と、からだじゅう包帯を巻いた男と、背中に羽を生やした茶碗だ。適当にちゃちゃっと、のつもりがけっこう真剣に、時間をかけて描い

 

山本くんには 友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 真顔で史上最強の武器などと口にしている自分がずいぶんと幼く思えた。スーパーカーの消しゴムで遊ぶクラスメイトを笑うことはできやしない。
「すっごいおもしろそうだね。その漫画、読ませてくれない?」
 堤は身を乗りだしてきた。どうやら本気のようだ。
「いや、それは」
「駄目? 学校にもってくれないなら、ぼく、山本くんの家、いくよ」
「ちがうんだ。結局、完成しなかったんだよ」
 溝口と合作をしていたその漫画は、二ページ半で終わってしまっている。
「あぁ。そうなんだ」
 堤はがっかりした表情になった。しばらく山本くんの描いたふたりと一匹をじっと見つめていたかと思うと、顔をあげ、「やっぱり、あれなの。中学受験のために描くのや

てしまった。何度か、スーパーカーではない消しゴムで消して描き直しもした。
 できあがったものを見て、堤が目を瞬かせている。
「これが山本くんの考えたヤツ?」
「そうだけど」
「名前あるの?」
「うん、あるよ」
「教えて」
 山本くんはそれぞれの足下に、横書きで名前を書いていった。
「野牛十兵衛、不透明紳士、茶碗虫」
「声だして読まないでよ」と山本くんはたしなめるように言った。
「どんな話なの?」
「このふたりと一匹が、死んでしまった有名な発明家がつくった史上最強の武器をさがし求めて旅をする話」

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

めちゃったの?」と言った。
 なんでこいつまで、ぼくが中学受験をするのを知っているんだ? ぼく自身、だれにも言っていないというのに。
「うん、まあ」
「じゃあさ、中学になったら、また描きだすの?」
 中学になったら。そんなさきのこと、想像がつかない。
「どうかな」
「描きなよ。ぜったい」堤は真顔だ。「ぜったい描いたほうがいいよ。読みたいよ、ぼく。山本くんの漫画」

「福子さんは漫画を描かないんですか」
 口の中で咀嚼したサンドイッチを、ごくりと喉を鳴らせて飲み込むと、南斗が訊ねた。
「なによ、急に」
 カウンターの中で福子が顔をしかめた。たしかに急ではあったが、不意打ちをくらわすというのではなく、素朴な

疑問をぶつけた、といったほうが正しいだろう。
 福子は現在の漫画を憂いていたところだった。とくにギャグ漫画についてだ。
 思いつきのくすぐりをつなげたのみの、ストーリーがなきに等しいものばかり。スピーディーでテンポがいい、と評するひともいるけれど、つまりはじっくり腰を据えて読めないだけである。
 いろいろと言葉を募っていたが、要はそうしたことを彼女は言いたいようだった。
 山本くんの好きな漫画もいくつか槍玉に挙がった。それはちがう、とあやうく言いかけたことは幾度もあったものの、そのあとにつづく言葉が見つからなかった。
 おもしろければいいじゃんか、では駄目にちがいないし、それを言ったら言ったで、福子に軽蔑される恐れもあった。福子の言うことはまったく的外れでもなかった、というのもある。

山本くんには 友達がいない

 

 日曜模試のあと、新宿のこの店にくるのはあいかわらずの楽しみではあった(みんなぱらいそさいくだ! おらといっしょにぱらいそさいくだ!)。
 好きな漫画を批難されるのはおもしろくない。それでも福子と漫画や小説の話をするのは至上の喜びだった。
 できれば山本くんは今日も手塚治虫の話をしたかった。先週はそれでおおいに盛り上がったのである。
 手塚の作品で好きな作品を三つ挙げて、と福子が言いだしたのがきっかけだった。漫画家や小説家の名を呼び捨てにするのが、山本くんには納得できなかったが、正す勇気はなかった。
『火の鳥』の鳳凰編。
『きりひと讃歌』。
『アラバスター』。
 これが山本くんの挙げた三つだ。それを聞いた福子はややあきれ顔になりながら、きみは歪んでいるわね、と言っ

た。山本くんはそれを褒め言葉として受け取った。
 福子は、ならばと『鳥人大系』、『奇子』や、『上を下へのジレッタ』、『人間ども集まれ!』、『MW』、『人間昆虫記』、『日本発狂』などのタイトルを並べ、読んだことがあるかと挑むように訊ねてきた。
 ある、と答えると福子は疑いのまなざしになった。
 小六のガキンチョが読んでるはずないでしょ。
 そう言いたげなのはじゅうぶんわかった。そしてそれぞれどんな話か、重ねて訊ねてきた。刑事が尋問をするようにだ。山本くんはたどたどしくも、どうにか答えることができた。
 地元の本屋で立ち読みをして、実際に持っているのは『鳥人大系』だけである。できればぜんぶ買いたいが、そんなお金はない。
 ふぅん。たしかに読んではいるのね。でも、わかるの?
 粗筋まで言わせておいて、わかるの? もないだろう、

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 

山本くんには 友達がいない

 

「福子さんは高校で漫画研究部に所属なさっているんですよね」
「そうよ」
「でも漫画を描かない。どうしてです?」
 南斗はほんとに不思議な顔をしている。正直、莫迦っぽい。こんなヤツより自分は勉強ができないのだと思うと、山本くんはとても悲しい気持ちになった。
「映画評論家は映画を撮らないのといっしょよ」
「映画評論家から映画監督になった人だっているじゃん」
 黒須がからかうように言う。福子にむかって、こういうした軽口を叩ける黒須を山本くんはちょっとうらやましかった。
 いや、うんとうらやましい。
 きょうだいだから嫉妬することもないのだが、それに近い感情が胸にわきおこる。
「『未知との遭遇』にでてきたUFOの研究者役のひとっ

とは山本くんは思わなかった。福子が言う「わかる」が粗筋や展開といったことではない、ちがうなにかであることだけはわかったからだ。
 テーマとか、作者の言いたいこととかのことだろう。べつのときに福子は漫画にかぎらずに小説や映画でも、そうしたことをわからなければ、観たり読んだりしたことにはならないと断言し、なおかつ受け取る側の怠慢だとも言っていた。
 わからないこともないですけども。
 そう答える山本くんに、それ以上、福子は問いつめたりはしなかった。
 さて、そうした話をしているあいだ、カウンターに並ぶほかの三人はどうしているかといえば、黒須はにやにや笑っていて、萩原はつまんなそうにそっぽをむき、南斗は余計な口をはさんでくる。
 いまなどその典型だ。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

「描いてたときもあったけど」
 福子は言葉を濁した。
「姉さんはね、絵が下手なんだよ」
「そんなことはない」そういきり立ったのは萩原だった。「市のコンクールで金賞獲ったじゃないか」
「よくもまあ、そんな昔のこと、おぼえてるなぁ。それって姉さんがいまのおれらより小さいときだろ。まあ、たしかに姉さんは美術の授業の絵だったらどうにかこなせる。でも漫画の絵は駄目なの。いちばんの問題は男女の描き分けができない。男がみんな女みたいになっちゃう。だから漫画を描くのはあきらめた。そうだよね、姉さん」
 福子はむっとしながらも「そうよ」と認めた。「おもしろい話はいくらでも思いつくんだけどね。絵が追っつかないのよ」
 ぼくも、と言う言葉を山本くんは飲み込んだ。 
 山本くんも男女の描き分けができなかった。福子と真逆

て、じつはフランスの映画監督で、あのひとなんかそうなんだろ。姉さん、教えてくれたじゃないか」
「そりゃそうだけど、ごく少ない例よ」
「ぼくは」南斗はハチマキを縛り直した。「いい中学へいき、いい高校へいき、いい大学へいき、一流企業か官僚になるために、受験勉強をしています」
「だからなんだよ」黒須が苦笑いをする。
「つまり目的意識を持って、日々、努力を積み重ねているのです」
「その割には成果が挙がってないけどな」とまた黒須が混ぜっ返す。
「機は熟していない。それだけのことです」南斗は平然と受け流し、「福子さんもそうなのだと思ってました」
「それってどういうこと?」
「漫画について研究なさっているのは、やがては漫画家になるためかと」

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

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