山本くんには 友達がいない  |  davinci

第9回

 
 
 
山本幸久

 
 
 
 

 
 
 
Yukihisa Yamamoto

山本くんには 友達がいない

9

 
 
 
 
 
Yukihisa Yamamoto

 
 
 
 

 
 
 
 
 
山本幸久

 
山本くんには友達がいない

第1回から読む

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

前回までのあらすじ

小学6年生の山本くんは、中学受験生。毎週日曜日、いやいやながらも塾に通っている。学校にも塾にも、友達がいない山本くんだったが、いつも「合格祈願」のハチマキをしている南斗と、黒須というちょっとかっこつけた少年と知り合う。ある日、黒須につれられ、彼の姉・福子がバイトする喫茶店へと訪れた山本くん。ひとりきりだった日常が、少しずつ変わりだして…。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 

 
 
 
 
 
 
 
 
        第9回

山本くんには 友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 山本くんは一見、まじめに見える。実際、素行はいい。代々木上原進学教室の順位は七月になってもあいかわらずさっぱりだったが、学校の成績は抜群にいい。運動はできないが勉強はできる。それが学校での山本くんに対する評価だった。あとひとつ加えるとすれば、学校の中で、絵がうまいひとのベストテンに入る、といたところか。つまりはそれだけの、面白味のない少年だった。人前でおちゃらけることもない。けんかも滅多にしない。友達と騒いで先生に怒られることもなかった。
 まじめと思われて当然だ。
 だが山本くんは、自分をふざけた人間だと思っていた。湯船に浸かり、頭の中で巡らす物語は始終、ふざっけっぱなしだ。007・5やジェットマンこそが自分である。
 最近、本を読んでいておぼえた難しい言葉をつかえば、投影しているといったところか。もうひとりの自分というヤツだ。

 友達がいない山本くんも四年生のときに、自宅で誕生日会を開いたことがある。たぶん、その頃はそういうのがクラスの常識になっていたのかもしれない。誕生日会をやらないヤツは仲間はずれにされる風潮すらあったように思う。二年前だが十二歳の山本くんには遠い昔だ。なにしろ人生の六分の一である。
 友達がいないのは苦痛ではないが、仲間はずれは辛い。山本くんは母親に頼んで、誕生日会を準備してもらった。
 クラスメイトは男女あわせて十人くらいはきた。女の子が三人きたのは我ながら驚きだった。となりの席の子が、自分の友達をふたり引き連れてきたのである。
 そのときのプレゼントはぜんぶ、本だった。山本くんが本を好きなのは、なぜかみんなに知れ渡っていた。だからありがたく思うべきなのだが、悲しいかな、ほとんどすべてが山本くんの好みのものではなかった。
 児童文学大全集の第何巻のなになにだったり、小学生で

 

ていた。よくもまあ、そんな心の余裕があるものだと、山本くんは感心した。そしてまた怪人二十面相が変装して(ひとにだけではなく、ときには豹にも化けた)、宝石やらなにやらを盗む以上に、絵空事に思えた。
 そうやって善行を働いているうちに、主人公はお金持ちに救ってもらっていた。お金持ちの親戚や、死んだと思っていた両親がお金持ちになっていて、再会したりするのだ。
 ずいぶん虫のいい話だ。いよいよもって絵空事だ。
 山本くんはさらにこうも思った。
 それまでがんばってきたんだ。金持ちなんかに救ってもらわずに、がんばりつづければいいのに。他人に救ってもらって幸せに暮らしました、と言われてもこまるよ。
 そしてまたどの本も、ひとが死なないのが不満だった。いや、死ぬことは死ぬが、たいがい病死だ。死んだひとのまわりに家族をはじめ、知人や友人が集まり、めそめそ泣

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 

も読める世界の名作第何巻のなになに、子供のための日本作家の短編小説集第何巻のなになにだったりした。
 誕生日会がおわったあと、ぱらぱらとめくり、拾い読みをしたものの、食指をさそわなかった。
 当時、山本くんが夢中になって読んでいた本は江戸川乱歩だった。ポプラ社の黄色い背表紙のヤツだ。怪盗も探偵もでてこない話のどこに面白味を感じればいいか、皆目見当がつかなかった。
 それでも読んだ。我慢して読んだ。せっかくもらった本だ、読まないと申し訳ないし、もったいないと思って読んだ。好きでもない本を義務感だけで読むという行為はたいへんつらかったが読んだ。山本くんは飛ばし読みができないので、一ページずつきちんと読んでいった。
 なぜか主人公が孤児の話が多かった。みんなたいへんな苦労を重ねていた。でもくじけない純粋な気持ちの持ち主だった。自分がたいへんなのに、他のひとを励ましたりし

 探偵もでてこない。かわりに警官がでてきて、こそ泥を執拗に追いつづける。
 読んでいて不思議だったのは、こそ泥とはいえ、罪を犯した人間がいいひとで、それを追う警官が悪人に思えてくるところだった。この逆転劇に山本くんは興奮を覚えた。
 その本をくれたのは三人の女の子のうちのひとりだった。そのあとすぐ転校してしまい、いまは連絡のとりようがない。もしかしたら、となりの席だった子に聞けばわかるだろうが、わかったところでどうしようもない。いまさら『ああ、無情』をありがとう、と手紙をだすつもりもない。
 だが、その本のおかげで、山本くんの中のなにかがかわったことだけはたしかだ。
 なにかがなんなのかは、言葉では表現しづらい。
 あえていえば、ものの見方だろうか。
 表面だけで他人を判断してはならない。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

いて葬儀をとりおこなった。
 主人公が、このひとは病死ではない、毒殺されたのだ、そして犯人はこの中にいる、と言いだしたりしなかった。あるいは死んだひとが甦って、集まってきたひとたちを端から襲ったりはしなかった。
 シートン動物記や、ファーブル昆虫記、かわのさかな図鑑なんていうのをくれる子もいた。山本くんは動物も昆虫も魚も興味がなかった。おおかみがどこで暮らそうと、フンコロガシがフンを転がそうと、川にどんな魚がいようと、知ったことではなかった。
 孤児や人間以外の話ばかりの中、一冊だけ、おもしろいと思った本があった。
『ああ、無情』である。
 外国のひとが書いた小説だった。
 怪盗はでてこない。でてくるのはこそ泥である。生活に困ってやむなく銀の燭台を盗む程度だ。

 

った。
「そこってどのくらいかかるんだよ」
 溝口は怒ったような口調で言う。こんな粗暴なヤツではなかった。いつからこうなってしまったのだろう。
「か、かかるってなにが?」
「お金に決まってるだろ。いくら払えばいけるんだよ」
 知らなかった。もちろん親が払っているのだが、金額について、聞いたことがなかった。
「わ、わかんない」
「なんでだよ」
「なんでって言われても」
「おれもいこうと思ってんだ」
 溝口の学校の成績は中の上くらいだ。夏休み前のいまから通って、どこか私立に合格するとはとても思えない。
「母ちゃんに、どのくらい払えばいいのか、おまえに聞いてこいって言われたんだよ」

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 
 学校の昼休みはすることがない。
 山本くんには友達がいないので、だれと遊ぶこともない。遊ぶとなると、校庭でドッヂボールや野球だ。球技ができない山本くんは誘われることもなかった。
 教室にいるのは苦痛だ。そこで図書室へ逃げこむ。
 階段を登っていく途中、「山本」とうしろから声をかけられた。踊り場で足をとめ、ふりむいた。
 溝口だ。
 昔はなかよく遊んだが、最近は別のクラスになったこともあって、すっかり疎遠になっていた。
「な、なに?」
「おまえって、代々木上原進学教室に通ってるんだろ」
「あ、ああ。うん」
 べつに隠してはいないが、言いふらしてもいない。にも関わらず、その事実を同学年のみんなは知っているようだ

 

いだ。
 家の近くに古本屋があって、山本くんはよくそこへいった。単行本でも店の外の棚にあるのは一冊百円だった。文庫でカバーが外れていると三冊百円で買えた。横溝正史の文庫もそうだが、日本のSF作家の本もそこで買って読んでいた。
 ほんとうはそんな暇はなかった。
 日曜模試のために平日でも勉強をする必要があった。
 だがてんでやる気は起きないのである。
 土曜の午後、いくらなんでもそろそろ勉強しようかと参考書を開く。それまでも近くの塾でやってはいる。だが改めて絶望的な気持ちに襲われるのが常だった。
 国語にしろ算数にしろ、そこになにが書いてあるか、理解できないのだ。
 もちろんごく平易な言葉で書かれてはいる。どれも「しなさい」とか「答えなさい」とか丁寧ではあるものの、有

「ごめん」
「今日の夜、おまえん家に電話していいか? そんときまで調べておいてくれよ」
「あ、うん」
 うなずいてから、今日は塾の日だと気づいた。しかしもう溝口は階段を二段飛ばしで、くだっていた。

 学校の図書室にある本は、ほとんどすべて山本くんには物足りなかった。
 まじめな本が多いからだ。国語の教科書に載っているようなものばかりだった。そういうものに山本くんは興味がない。江戸川乱歩もあるが、五年生の一学期までに、ほとんど読んでしまっている。あらためて読もうという気持ちにはならなかった。
 日本のSF作家の本もあるにはあるがわずかだった。これだったら山本くん自身のほうがたくさん持っていたくら

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 
 

無を言わせぬ威圧的で命令調な語尾の文章だった。それがまた、いやでたまらなかった。
 相手がだれであれ、強制的になにかやらされることぐらい、山本くんは我慢がならないものはなかった。まあ、それは勉強をしたくない言い訳のひとつでしかないのだが。
 これにくらべ、小説や漫画にどれだけむずかしいことが書かれていても、すいすい頭に入ってきた。あるいは淀川長治がラジオで映画についてしゃべっていることもだ。見たこともない映画の話を山本くんはたくさん知っていた。
 ヨーロッパの王様だかなんだかが、国の予算をつかいきるほど豪華絢爛なお城をつくった話や、つぎにつくる映画について悩んで、帽子をかぶってお風呂に入る映画監督の話や、ある女生徒が自分の学校の先生だか経営者の女性ふたりがつきあっていると嘘を言いふらす話などだ。
 よく考えれば、そんな話、これっぽっちも興味がないのだが、淀川長治の声を聞いているとひきずりこまれ、最後

まで聞き入ってしまう。
 こんなこと、知っていたってなんの役にもたたなかった。だれかに話すこともできやしない。
 福子さんに話してみようか。
 山本くんはふと思った。

 このところ、日曜模試の帰りはかならず福子のバイト先に寄っている。先週の日曜もいった。それで六回目だった。
 山本くんは自分からいきたいということはなかった。かならず黒須からの誘いだ。
「今日、姉貴んとこ、いく?」
 断るはずがない。うんうんとうなずく。南斗もかならずついてきた。黒須のいとこの萩原もだ。
 四人、カウンターに並んで、福子がつくってくれたスパゲティやサンドイッチを食べた。南斗のカルボナーラはあ

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない