山本くんには 友達がいない  |  davinci

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山本幸久

第7回

 
 
 
Yukihisa Yamamoto

山本くんには 友達がいない

 
 
 
 

 
 
 
 
 
山本幸久

 
山本くんには友達がいない

第1回から読む

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
 
 
 
 
Yukihisa Yamamoto

前回までのあらすじ

小学6年生の山本くんは、中学受験生。毎週日曜日、いやいやながらも塾に通っている。学校にも塾にも、友達がいない山本くんだったが、いつも「合格祈願」のハチマキをしている南斗と、黒須というちょっとかっこつけた少年と知り合う。ある日、黒須につれられ、彼の姉・福子がバイトする喫茶店へと訪れた山本くん。それ以来、漫画好きの福子のことが忘れられなくて…。

 
 
 
 
 
 
 
 
        第7回

 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 

 そのあいだ、四人共、ずっと無言だった。
 黒須と萩原が言葉を交わさないままに、お互いを牽制していたのである。
 一騎打ちがまさにはじまらんとしているライバル同士の心情を視覚化するため、それぞれの背後に龍と虎があらわれ、にらみあう漫画の技法がある。
 無言のふたりを見ていると、山本くんはそれを思いだした。
 萩原は池袋駅の構内にある売店で、スポーツ新聞を買った。左手でスポーツ新聞を抜き取り、右手で売店のオバチャンにお金を渡す、その一連の動きは、初心者ではないと見て取れた。けっこう上級クラスと言っていい。電車に乗り、それを広げて読む姿も堂に入っていた。
 そういえば、と山本くんは思いだした。
 萩原は萩尾望都の『11人いる!』について教えてくれと言っていた。スポーツ新聞を読む彼が突然、少女漫画に興

日曜模試が終わり、そのあとの答え合わせの授業も済んでから、南斗は黒須に、きみのお姉さんにまた会いたいんだ、このあいだの喫茶店へ連れていってくれないか、と申しでた。
 黒須はこれを快諾した。南斗は山本くんに顔をむけ「いっしょにいくよね」と言った。
「あ、うん」
 山本くんは曖昧な返事をして、うなずくのがやっとだった。
「おれもいくからな」と言ったのは萩原だ。
「家庭教師がくるんじゃないのか?」
 いとこのその発言に、黒須は冷やかすように言った。
「土曜日に変えてもらった」
 表情を変えず、萩原は答えた。
 それから四人連なって、護国寺駅へむかい、有楽町線で池袋へ、そして山手線に乗り換えた。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 

川端散歩が好きだった。それと酒乱童子こと因念大佐。主人公達のラブロマンスよりも、脇役達に心惹かれることはよくあることだった。また、同じ作者のであれば『紀元2600年のプレイボール』も読んでいる。
「『ベルばら』は?」
「読んだ」
 じつは読んでいない。しかし内容は知っていた。オスカルとアンドレの名雨もでてはくる。いったいどこでその知識を仕入れたかは自分でも不思議だった。
「『エースをねらえ!』は?」
「うん、まあ」
 これもまたほんとうは読んでいない。でもお蝶夫人やコーチの顔は浮かんでくる。主人公の名前が思いだせないというのにだ。どうしてかはわからない。
 それから黒須はつづけざまに少女漫画のタイトルを並べていった。

味を持ったとは思えない。
 たぶん、黒須の姉さんと話をあわせるためにちがいない。これからまさに彼女の働く店へいくというのにいいのだろうか、と余計な心配をした。
 電車が目白駅をでたときである。
「山本はさ」と黒須が口を開いた。「ハギオモトって読んでる?」
「あ、うん」
 山本くんは萩原を横目で見た。しかし新聞のむこう側なので表情は読めない。
「少女漫画も読むんだ」
「そうたくさんじゃないけど」
「あとはどんなの読んでる? 『はいからさんが通る』とかは?」
「うん。大和和紀のね」
 山本くんは『はいからさんが通る』の中にでてくる江戸

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 

 歴史上の人物が時空を越え、とんだ莫迦騒ぎを繰り広げるこの漫画は、山本くんにすれば、ジャンプで連載中の『すすめ!パイレーツ』や『1、2のアッホ!』と同じカテゴリーに属するものだった。
「おまえ、ほんとなんでも読んでいるだなぁ」
 黒須が感心するというよりも、あきれた口調で言った。
 漫画を読むことはとてもうしろめたいことである。どれだけ漫画が好きだと思っていても、知っているひとのだれかに、読まれる姿を見られるのはたまらなく恥ずかしかった。一度、本屋で立ち読みをしてて、同じクラスの子に声をかけられたときほど、うろたえたことはない。ましてやいまは受験生だ。漫画を読んでいる暇などない身分である。
 にもかかわらず、黒須の言葉は山本くんをおおいに満足させた。気分が高揚してさえいる。
 改札はもうでている。『王様のアイデア』が見えてき

『ガラスの仮面』(タイトルと主人公の名前だけは知っていた)、『王家の紋章』(タイトルだけしか知らない)、『いらかの波』(これは読んでいた。好きな漫画だ)、『生徒諸君!』(これも読んでいた。男勝りの女の子は現実には苦手だが、漫画の中では好きだった)などだ。
 新宿に着いて電車を降りてからも、黒須はまだ少女漫画のタイトルを並べつづけた。残りのふたり、萩原と南斗は口を挟むことなく、挟みようがなかったのだろうが、黙ってうしろをついてきていた。
「『イブの息子たち』は?」
「好きだよ」
 山本くんは思わずそう答えてしまっていた。
 さすがの山本くんも少女漫画の雑誌は買わないし、立ち読みもしない。読んだことがあるのは単行本になったのを、本屋で立ち読みしていただけである。『イブの息子たち』だけは単行本で買いそろえていた。

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山本くんには 友達がいない

 

た。
「萩原くんは知恵の輪とか得意?」
 南斗が話すのが聞こえてきた。あまりに長い沈黙に耐えられなくなったのかもしれない。また『王様のアイデア』の見本の知恵の輪を解いて見せようとしているのかもしれない。
「おれ、ああいうチマチマしたの嫌いなんだ。やるやつの気が知れん。しかもそれを外して自慢げな顔をするヤツはぶん殴ってやりたくなる」
「あ、ああ。そうなんだ」
 それからさき、話はつづかなかった。まあ、当然だが。
「山本は、あれ、読んでる?」
 黒須はその必要があるのかどうかわからないが、なぜか声をひそめていた。少なくともうしろのふたりには聞こえないようにしている。
「『エリート狂走曲』」

 あれも少女漫画だったな。
「読んでるよ」
 山本くんも声のボリュームを落として答えた。
 これもまた『イブの息子たち』と同様、単行本を買っている漫画だ。
 本屋で一巻目を立ち読みしたとき、矢も盾もたまらず、一端、家に帰り、なけなしのお金を持って、もう一度買いにいったほどである。
 進学塾へ通う男の子が主人公なのだが、彼は田舎から都会にでてきて、受験戦争に巻き込まれる。
 山本くんにすれば、とても他人事には思えなかった。
 ただし、漫画の主人公には女の子の、それも美人の友達がいる。ほとんど恋人といっていい存在だ。
 山本くんはふりむき、あいかわらず鉢巻をしたままでいる南斗や、スポーツ新聞を小脇にはさみ、鼻をほじっている萩原を見て、小さくため息をついた。となりにいる黒須

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山本くんには 友達がいない

 

はまだマシにしても男である。
 漫画と現実は大きな隔たりがあるものだ。
「ああいうのも読むんだ」黒須はにやりと笑う。「山本はあの手のことに興味がないと思っていたよ」
『エリート狂走曲』は少女漫画とは思えぬ、というより、少年漫画だってあり得ない、性に関するきわどい会話や描写がけっこう多かった。
 山本くんはこの漫画で『夢精』なるものを知った。少女漫画で性教育を受けるとは思ってもなかった。
 黒須が言う「あの手」とはこのことだろう。興味がないがはずがない。
 しかし山本くんは「弓月光のは他の漫画も読んでいるよ。『変人クラブ』とか」と力んで言ってしまった。
 そればかりが目的ではないことを強調するためにだ。
「そうそう。作者は弓月光って言うんだよな」
 黒須はにやついたままでいる。山本くんはなんだか自分

の胸の内を読まれている気がして落ち着きを失いかけていた。
「あのひとの描く女の子ってさ、服を着ていてもいやらしいと思わないか」
 言われてみればたしかにそうだ。
 たとえば『すすめ! パイレーツ』にでてくる女の子はかわいい。見ているだけで心が和む。
『いらかの波』や『生徒諸君!』にでてくる女の子たちは愉快で楽しい。『エリート狂走曲』のヒロインも同じタイプではある。しかし圧倒的にいやらしかった。
 どこがどういやらしいか、わからない。ただ見ているだけで、心をかき乱されるのだ。漫画を読んでいて、あるいはまた日常暮らしていて、そんな体験を、山本くんは味わったことがなかった。
「なあ、どう思うよ、山本」
 黒須に念を押すように言われ、山本くんは「あ、ああ。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

山本くんには 友達がいない

られて読んだり見たりすること、多いし」
「へえ」
 山本くんはそういうものをだれかに勧められて、読んだり見たりしたことがなかった。いつも自分で探しだしている。
 それにしてもうらやましい。あのお姉さんと日々、好きなものについて、語り合うだなんて、とても現実には思えない。まさに漫画の中の話のようだ。
「うちの姉貴、高校で漫研入っててさ」
「え? そうなの?」
「あれ? 話していなかったっけ?」
「はじめて聞いた」
 高校生だということすら、いま、はじめてである。山本くんは勝手に大学生だと思っていた。
「福子の話か」
 うしろから黒須が割り込んできた。

うん」とうなずいていた。
「おまえもやっぱそこに引かれるんだろ」
「い、いや、それだけじゃ」
 山本くんの言葉は尻つぼみになった。黒須の指摘どおりだからである。
 正しくはこうだ。
 どうして自分があの漫画が好きか、黒須の言ったことで気づかされた。
「うちの姉貴が言うにはさ。弓月光の描く女の子ってからだももちろん、いやらしいんだけど、なにより唇の描き方が絶妙なんだって」
 なるほど。
 座っていれば膝を打っているところだ。
 だけどだ。
「きみ、お姉さんとそういう話、するの?」
「よくするよ。漫画とか小説とか映画とかは、姉貴に勧め

ブンゲイ ダ・ヴィンチ