山本くんには 友達がいない  |  davinci

 
 
 
 

 
 
 
山本幸久

第5回

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山本くんには 友達がいない

 
 
 
Yukihisa Yamamoto

 
 
 
 
 
Yukihisa Yamamoto

 
 
 
 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
山本くんには友達がいない

 
 
 
 
 
山本幸久

前回までのあらすじ

小学6年生の山本くんは、中学受験生。毎週日曜日、いやいやながらも塾に通っている。学校にも塾にも、友達がいない山本くんだったが、いつも「合格祈願」のハチマキをしている南斗と、黒須というちょっとかっこつけた少年と知り合う。ある日、いじめっこのハギワラに追いかけられているところを助けてくれた黒須につれられ、彼の姉がバイトする喫茶店へと訪れた山本くん。ところがそこに現れたのは、当のハギワラで……。

 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 
 
 
 
 
 
 
 
        第5回

「どうしてもあるもんか」
 黒須の口調は突然現れたハギワラジュンジに対して、挑発的だった。山本くんがビクビクするほどである。
「ジュンジがつまんねえ真似するから、山本に明日発売のジャンプがあるとこ紹介してやろうと思ったんだ。そのついでに姉貴のいるここへ寄っただけのことさ」
「山本?」
 そう言うハギワラが自分を見るので、山本くんはビビった。視線をそらしたくてもうまいこといかない。顔がひきつり、からだが動かなくなっていた。
「シンタロー、なにをそんなに喧嘩腰になってるの?」
 カウンターの中にいる黒須の姉、福子がいぶかしい表情になった。
「ジュンジくんも入るの、入らないの? いつまでもドアを開けっ放しにされちゃこまるわよ」
 そう言われたハギワラはそれでもまだ躊躇している。

 このまま店をでていってくれないだろうか。山本くんはそう願った。しかし願いは叶わなかった。彼は後ろ手でドアをしめると、山本くんのほうへ歩いてきた。
 ゼッタイゼツメイの危機だ。
 あっ。
 山本くんの胸の内でまるでべつの不安がふくれあがる。
 今日の試験で『絶体絶命』の『体』を『対』と書いてしまったかもしれないぞ。
 算数はお手上げだから国語でどうにか点を稼がねばならないというのに、こうしたつまらないミスをよく犯した。先週のテストは『北』の扁を『土』と書いてしまい、×をもらってしまった。『未遂』の『遂』が書けておきながら、『未』を『末』と書いたこともある。テストの解答が家に送られてくるたびに、こうした不正解について、母親にたしなめられた。
 などと考えていたら、ハギワラがコケていた。

 

山本くんには 友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 ジャンプを読ませろと言った男がどうしてこんなものを?
「だいじょうぶ、ジュンジくん?」
 福子が心配して、というよりなかばあきれて言う。いつの間にかカウンターをでてきて、ハギワラが倒したテーブルを起こしていた。
「どうしていつもそこで転ぶの、きみは? 運動神経いいくせに」
「ご、ごめん」
 ハギワラはよろよろ立ち上がりながら、あやまっている。この男もあやまるのかと山本くんは驚いた。
「かっこわりいでやんの」と黒須が笑う。
 ハギワラが彼を上目遣いでにらんだから、はっとなにか気づいた顔つきになり、あたりを見まわした。なにをさがしているか、山本くんはすぐにわかった。どう考えてもいま自分が手にしている少女漫画誌にちがいない。

 

山本くんには 友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 どうやら山本くん同様、段差があるところでつまずいたようだ。山本くんは福子に支えてもらったが、彼は前へつんのめり、目の前にあった二人掛けの丸テーブルに突っ込み、がらがらがらがらとがっしゃんと派手な音をたて、転んでいた。
 NHKで年末年始、あるいは夏休みに昔のサイレント映画の短編を放映するときがある。チャップリンやロイドのだ。もちろん無声のままでなく、フランキー堺のナレーションがつく。ハギワラの転び方はその一シーンを見ているようだった。
 と同時に山本くんの右足の踝のちょっとだけ上のとこに痛みが走った。ハギワラジュンジが手に持っていたものが飛んできてあたったのである。
 床に落ちたそれを山本くんは腰をかがめて手にとった。女の子むけの漫画雑誌であることは表紙を見ただけでじゅうぶんわかる。

ない。その横顔を盗み見ていると、「しようがねえだろ」とハギワラの声がした。日曜模試の会場でからんできたときと同じ口調だ。自分が言われたのではないとわかっていても、山本くんは慌てて彼のほうに顔をむけた。
「昔っから福子は福子って呼んでんだからよぉ。いまさら、さん付けなんかできるかよ」
言い争いになりかけたふたりのあいだに、南斗が立ちはだかった。なにをするのかと思って見ていたら、「やあ、さきほどはどうも」とおとなみたいなあいさつをハギワ
ラにした。それから『合格祈願』のハチマキを絞めなお
し、「ぼく、南斗満天です。南に北斗七星の斗で南斗。満天の星の満天」と自己紹介をした。
「きみは黒須くんのいとこのハギワラジュンジくんだよね。どんな漢字書くの?」
 言われたハギワラはきょとんとしている。
「くさかんむりの秋の萩に野原の原、純粋な路で純路よ」

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

「これ」
 勇気を振り絞って、というほどではないにしろ、どうにかこうにかその二文字だけ、山本くんは言葉を発することができた。
「それってもしかして今月号?」
 福子が山本くんのとなりに移動して、雑誌の表紙をのぞきこんだ。さらには「ちょっといい?」と山本くんからあっさり奪い取ってしまった。
「いいよ。福子のために上で買ってきたんだから」
 ハギワラが答えたときにはもう、福子はペラペラめくっていた。
「姉貴を呼び捨てにすんなって、こないだも言っただろ」と黒須は不満げだ。
「いいわよ、べつに。わたしはぜんぜん気にしてないわ」
 雑誌をめくりながら福子が言う。彼女はカウンターに座る山本くんのとなりに立っていた。距離にして五十センチ

でしょ。みんなといっしょに座ったら?」と促した。
 いったいぼくはここでなにをしているのだろう。
 山本くんはくりかえし思った。その思いがより深くなったといっていい。
 だってそうだろ。
 映画やテレビであれば、ここでぼくは観客にむかってこう言うにちがいないと山本くんは夢想する。
 ほんの一時間ほど前、ぼくのことを追いかけていた男と新宿の薄暗い喫茶店だかなんだかわかんない、えらく空気の悪いところで、席を並べてトマトジュース飲んでいるんだ、こんなおかしなことってあるもんか。いったいぼくはどうすればいい?
 ちなみに席順は福子から見て、左から、黒須、南斗、山本くん、そして萩原だ。
 どうしてぼくのとなりに座るんだ、いとこ同士であれば黒須のとなりへいけばいいのに。

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 かわりに福子が答えた。そして彼女は雑誌を閉じると、「ないわ」とつぶやいた。「載ってない」
「休載だった?」萩原が訊ねる。
 なんの話か、山本くんにはわかった。雑誌に福子が楽しみにしていた漫画が載っていなかったのだろう。彼女の顔はほんとうに残念そうだ。その気持ちは山本くんにもよくわかった。
 ジャンプの連載陣は滅多に休載することはない。それでも中にはいきなり休む漫画家もいる。一週間、心待ちにしていたのに、休載のお知らせなんて読まされると、ショックとまでいかずとも気持ちがへこむ。また一週間待たねばならないのかと哀しくなる。つぎの発売日のあいだまでには体育の授業が三回あり、塾へ三回通わねばならず、日曜模試を受けるために茗荷谷へいかねばならない。
「しようがないわ。もともと寡作のひとだし」
 福子は萩原に雑誌を返した。そして「なにか飲んでいく

 だがこれまでの流れを考えると、黒須と萩原は仲がいいとは言えないのはたしかだ。
 黒須が萩原について話したときのことを、山本くんは思いだした。
 ふたりの母親は姉妹だが、昔からなにかと張り合うライバル同士だった。同い年の子供のことでも張り合い、黒須が代々木上原進学教室へ入れば、萩原も入った。
 こうも言ってたな。萩原は塾三つ掛け持ちして、なおかつ家庭教師がついている。最近は勉強のしすぎでストレスがたまっているらしく、学校のみならず日曜模試の会場で弱そうなヤツ見つけてイジメている。
 今日はその標的が山本くんだった。
 ストレスを発散するのであれば、べつの手段にしてほしい。
 本人にそう言ってみようか。
 山本くんはとなりに腰かける萩原を横目で見た。

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 無理無理。できっこない。
 背は高いし肩幅もある。ぜんたいに山本くんより一回りどころか二回り大きい。高校生だといってもおかしくないほどだ。
 なにかスポーツをやっていた証拠にちがいない。山本くんはスポーツが苦手だが、スポーツが得意な人間も苦手だ。健康な肉体には健康な精神が宿るなんていうが、あんなの嘘っぱちだ。山本くんのまわりではスポーツができるヤツはみんな意地悪だった。
 それに萩原は強面だ。こんなのがどんな顔をして女の子むけの漫画雑誌を買ったのやら。
「福子、おれもトマトジュース。あと、カルボナーラくんない? 福子。腹減っちゃってさ」
 なんだろ、カルボナーラって。
 食べ物にはちがいないだろうが、山本くんはそれ以上、想像がつかなかった。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 

山本くんは気づいた。カウンターの上にあった布巾だ。萩原が投げたそれは、黒須の頬に見事的中した。
「ざけよんなよ、純路っ」
 黒須が叫び、腰をあげた。そのまま萩原に飛びかかってもおかしくない様子だ。
 山本くん自身、喧嘩はしない。だれとやっても負けるのが目に見えているからだ。そしてまた他人が喧嘩をしているのを見るのもきらいだった。といって仲裁に入ることはできなかった。そんな怖いこと、できたもんじゃない。
「なにしてんのよ、あんたたちっ」
 福子がぴしゃりと言った。大声ではなかったが、効果はだ。
「喧嘩するつもり? だったら、どっかよそでしてちょ
うだいよ」
「け、喧嘩なんか」と言いながら、黒須の尻が椅子に戻る。「するはずないだろ」

「純路、今日は家庭教師の日じゃねえのかよ。いいのかよ、こんなとこでさぼってて」
 黒須の口調はあいかわらず挑発的だ。聞いている山本くんがドキドキしてしまう。
「悪かったわね、こんなところで」と福子が笑った。彼女は寸胴の鍋に水を入れ、よっこらしょと顔に似合わぬかけ声をかけ、ガスコンロに置いていた。
「うっせぇな。家庭教師がウチへくんのは『サザエさん』が終わってから」萩原が吐き捨てるように言った。「それまでに帰りゃいいの」
 そういえば、いま、何時なんだ?
 山本くんはにわかに不安になった。自分こそ、ここで油を売っている場合ではない。
「その前にママがつくったご馳走、食べなきゃいけないだろ」と黒須が言う。『ママ』の言い方が小莫迦にしたカンジだ。つぎの瞬間、目の前に白いモノが飛んでいったのを