山本くんには 友達がいない  |  davinci

 
 
 
 

 
 
 
山本幸久

第4回

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山本くんには 友達がいない

 
 
 
Yukihisa Yamamoto

 

 
山本くんには友達がいない

第1回から読む

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
 
 
 
 
Yukihisa Yamamoto

前回までのあらすじ

小学6年生の山本くんは、中学受験生。毎週日曜日、いやいやながらも塾に通っている。学校にも塾にも、友達がいない山本くんだったが、いつも「合格祈願」のハチマキをしている南斗と、黒須というちょっとかっこつけた少年と知り合う。ある日、いじめっこのハギワラに追いかけられているところを助けてくれた黒須。しかも、漫画好きの山本くんは自分の姉と気が合うはずだと、彼女の働く喫茶店に行くことになり……。

 
 
 
 
 
山本幸久

 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
        第4回

山本くんには 友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 
 

山本くんには 友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

てしまった。山本くんは慌ててついていった。南斗がさらにあとからついてきているはずだが、ふりむく余裕はなかった。
 新宿駅は想像以上に広かった。どれだけ歩いてもまだ改札口すらでることができずにいるのが、なによりの証拠である。しかもけっこうな人ごみだ。こんなところで置いてけぼりをくらったらたまったもんじゃない。
 山本くんも小学六年生だ。迷子になっても泣きやしない。だれかに中央線か京王線の場所を訊ね、そのまま八王子に帰ることだってできる。だがそれではジャンプが手に入らない。ここまできて、そのチャンスを逃すのは惜しい。
 黒須を追って歩いている途中、視界に映画のポスターが入った。一枚や二枚ではない、ゆうに十枚以上、それが整然と並んでいた。新宿で上映中の映画らしい。新宿にはこんなにたくさん映画館があるのか、と山本くんは興奮し

 護国寺駅から有楽町線に乗って、池袋にでて、それから山手線で新宿へむかう。電車の中では三人ともあまり口をきかなかった。目白駅をでたところで、南斗が黒須と山本くんにむかって、「今日の試験、どうだった?」と訊ねてきた。
「どうだったってどういうことだよ?」と黒須が訊ね返す。ずいぶんと険のある物言いだ。
「手応えがあったかどうかってことだよ」
「手応えがあったとか、なかったとかいうのはせめて三桁の順位の人間が言うことだぜ。おれらみたいに四桁はそれ以前の問題だよ」
 黒須の言うとおりだ。山本くんは空欄が目立つ自分の答案用紙を思いだしていた。手応えもへったくれもあったもんじゃない。

 新宿に着くと、黒須はさっさと電車を降り、さきへいっ

 

都心の映画館へ、少なくとも吉祥寺まで足を延ばす必要がある。ひとりでは駄目だ。親に連れていってもらわねばならない。
 これが非常にむずかしい。父親は自営業で日曜日でも仕事のことが多かったし、母親は都会の人ごみをきらった。
 どうせ字幕なんか読めないでしょ。観るだけむだよ。
 母親にそう言われてオシマイだ。
 今年の夏には『スター・ウォーズ』の公開が控えていた。『未知との遭遇』だって観たい。『サタデー・ナイト・フィーバー』はべつにいい。
 じつはゴールデンウィーク中に、山本くんは八王子東映で映画を一本観ていた。これを観たら、来年の二月、受験が終わるまで、一本も映画を観ない。親にそう約束し、入場料をせしめた。『スター・ウォーズ』は八王子でやるだろうか。やったとしてもあんなことを約束してしまった手前、観ることはできないだろう。

た。できれば立ち止まって、ポスターを吟味したかった。 山本くんは映画が好きである。しかしなかなか映画館へ足を運ぶことはできなかった。まず金銭的な問題がある。映画館の入場料は月の小遣いとほぼ同額だ。
 道を挟んだ神社にある東映あるいは松竹であれば、ひとりで観にいってもよかった。ただし親にこの映画を観たいのですがよろしいでしょうか、と金曜日の夕刊に載っている広告を見せて、説得する必要がある。それに成功すれば、小遣いとはべつに映画の入場料をもらうことができた。
 ただし年中そううまくはいかない。そんな子供っぽいのは駄目とか、それはおとなが観るものだと却下されることもままあった。
 ロードショー公開の洋画だとより難関である。まず第一に八王子では洋画をかける映画館があるにはあるが一館のみだ。そこで好みのものがかかるとは限らない。となると

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ー・ウォーズ』と引き換えに観た映画である。しかし山本くんはそのタイトルを言うのを控えた。なんとなく莫迦にされるのではないかと思ったからだ。
「最近はあんまり観てないよ。一応、受験生だし」
「じゃあ、いままで観た映画の中でいちばんおもしろかった作品は?」
 駅員に切符を渡しながら、黒須がふりむき、訊ねてくる。山本くんはすぐうしろをついていく。
 また作品だ。さっきは漫画を作品と言っていた。まるで評論家みたいな物言いをする。
「おもしろかったとなると」
『ピンク・パンサー』シリーズだ。ピーター・セラーズは外国の俳優ではじめて名前をおぼえたひとである。だがこれは映画館では観ていない。気づくとテレビでやっていてそれを観る。シリーズものではじめて観たのは『ピンク・パンサー2』だ。つぎが『3』である。『ピンクの豹』と

 どうしてぼくはあの映画を観てしまったのだ。原作の漫画を買って読んでいたし、我慢しようと思えばできたはずだ。そうすれば『スター・ウォーズ』を観にいく交渉を親にすることが可能だった。だがもう遅い。あの映画と引き換えに『スター・ウォーズ』はあきらめねばならない。
「映画、好きなの?」
 前を歩いていたはずの黒須が右となりにいた。
「え、なんで」わかったの、と言葉をつづける前に、「映画のポスターを見てただろ。それもけっこうマジマジと。だからそうなのかな、と思ったんだ」と黒須が言う。
 改札口が見えてきた。山本くんはオーバーオールの胸のポケットから切符をだす。
「うん。まあ。ひとより観るほうかな」
「最近、なに観た?」
 ゴールデンウィーク中、ほんの一週間前、八王子東映で観たのは『宇宙からのメッセージ』だった。それが『スタ

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ
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「『獄門島』とか『八つ墓村』は?」
「本で読んでるから」
 母親に『犬神家の一族』を観にいきたいと言ったら、本で読みなさいと言われた。以降、金田一耕助のシリーズを古本屋で買っては読み漁っている。新聞で連載中の横溝正史のエッセイも読んでいた。イラストが和田誠で、ノンキそうな金田一耕助の絵が山本くんの好みだった。
「おい、ちょっと待ってくれよ」
情けない声をあげて、南斗が追いかけてきた。
「なんだよ、南斗」
 黒須が足をとめた。山本くんもだ。
 改札口をでたものの、まだ建物の中にいた。周辺は婦人服や靴、貴金属の店が軒を並べている。デパートと商店街のあいだぐらいの空間だ。
 南斗はふたりの前で、ぜいぜいと息を切らしている。たしかに走ってきたようだがオーバーでわざとらしい。苦笑

いうのが一作目で、これは『2』と『3』のあとに観ている。じつは『2』がシリーズ二作目ではなく、『ピンクの豹』と『2』のあいだに『暗闇でドッキリ』があり、山本くんはこれがいちばん気に入っている。ほかのは宝石をめぐる怪盗との争いだが、『暗闇でドッキリ』は大富豪の屋敷での殺人事件をピーター・セラーズ扮するクルーゾー警部が解決する話だった。いや、あれは解決じゃないな。より混乱させていくのだ。
「『ジョーズ』? 『ロッキー』?」
 どちらも観ていない。『ジョーズ』は怖そうだったし、『ロッキー』はスポーツものだからだ。公開当時に興味をそそられなかった。しかしいずれもテーマソングだけは耳に残っている。
「そういうのはちょっと」
「洋画は観ないの?」
「そうじゃないけど」

 山本くんは南斗をかわいそうに思う。しかしどうしていいかわからない。黒須にむかって、からかうのはよせ、なんて言うのは大仰すぎる。だからといって、きみはからかわれているだけだ、気にすることはない、と南斗に言うのもヘンだ。
「ひ、ひどいよ。黒須くん」
 南斗はすでに涙目だ。
「ついてきてもいいけど、一つ条件がある」
 黒須はことさら真剣な表情になった。しかし口元が綻びかけている。笑いをこらえているのだ。山本くんも南斗に同情しつつも、いまにも泣きそうなその顔がおかしくてたまらなかった。『合格祈願』のハチマキが笑いを増幅させているように思えた。
「な、なんだよ、条件って」
 涙はこぼれ落ちていないが、南斗はくすんくすん鼻を鳴らしている。でも口調は強気だ。

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いをしているところを見ると、黒須も山本くんと同じことを思っているようだ。
「な、なんだよって、どうしてふたりで、どんどんさきいっちゃうのさ」
「どうしてついてきたんだよ」
「え?」黒須の言葉に南斗は顔を曇らせた。「だってきみが、お姉さんの喫茶店へいこうって誘うから」
「おれが誘ったのは山本だけだよ。おまえは誘ってないって」
「え、ええ? いまさらそんなこと言われても、こ、困るよ」
「勝手に困ってろ」
 黒須が本気で言っていないのは山本くんにはわかった。南斗をからかっているだけなのだ。それが南斗にはわかっていない。黒須の言葉をそのまま受け取り、泣きだす寸前の表情になっていた。

 黒須は、ふん、と鼻で笑ってからおもむろにこう言った。
「ハチマキをとれ」
 条件と言うのを聞いても、予想はしていたので、山本くんはさして驚きはしなかった。だがとうの南斗は目をむき、口をぱくぱくさせていた。
「む、無理だよ」
 黒須がとろうとしたわけではないのに、南斗は頭に巻いたままでいる『合格祈願』のハチマキを押さえた。
「無理なもんか。ひょいっと外せばいいだけだろ」
「これは合格するその日までつけているんだ」
「合格ってどこにだよ」
「言っただろ。付属か。あるいは中」
「だぁかぁらぁ。三千位のおまえじゃ無理だっつうの」
「これから勉強して順位をあげていくさ」
 いったいこの自信はどこからくるのだろう。少しもへこ

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 南斗はハチマキの両端を持ち、ぎゅうぅぅと音がでそうなほど、さらに硬く縛った。
「じゃあ、おれたちについてくんな。さっさと帰れ」
 笑っていた目がだんだん鋭くなってきた。どうやら黒須は本気で怒りだしているようだ。
「ほかの条件にしてくれよ」
「駄目だね。いいか。そんなヘンテコなハチマキしたヤツを姉貴のところへ連れてけないってことなんだ」
 黒須の苦言を聞きながら、南斗はハチマキの一方の端を両手でいじくっていた。女の子が枝毛をさがしている仕草に似ていて、ちょっと気味悪い。
「どうすんだよ」
 黒須が念を押すように言う。
 だが南斗の視線はちがうところにあった。すぐ目の前にある店を見ている。『王様のアイデア』だ。
「知恵の輪だ」