山本くんには 友達がいない  |  davinci

「じつはさ、ジュンジがおまえに声をかけたときに、山本はさきにおれといっしょに帰る約束をしたんだって、割って入ろうと思って、待機してたんだぜ。足に自信あるわけじゃないよな。すげえヘンテコな走りかたしてたし」
「ヘンテコな走りかた?」
「うん。運動オンチばればれの」
 運動オンチは承知のうえだ。運動神経だってなきに等しい。でも他人に言われるのはおもしろくない。
「おれ、ジュンジ達よりあとに大教室でたんだよ。で、廊下を反対側に走って、非常階段降りてきたんだ。そしたらナイトー、じゃないや、南斗もいっしょについてきてさ。あいつ、見かけに寄らず走るの早いんだ。非常階段の途中で抜かされちまったよ」
 そこへ当の南斗が戻ってきた。
「もうだれもいないよ。帰ろう」

ツなんだけど、最近は勉強のしすぎでストレスがたまっているらしくてね。学校でもそうらしいんだけど、ここでも弱そうなヤツ見つけちゃあ、言いがかりをつけたり、からかったりしているんだ」
 山本くんは弱そうなヤツという言葉にひっかかった。
「どう?」
「え? な、なにが?」
「からだ。もうだいじょうぶ? 肩とか、けっこう強く打っていたみたいだけれど」
 そう言われると痛みがぶり返してきた。だが我慢できないほどではない。それにいま、直接ではないにしろ、弱そうなヤツと言われてしまってはここで弱音を吐くわけにもいかない。
「だ、だいじょうぶだよ」
「いきなり走って逃げるんだもんなぁ」
 クロスはおかしそうに笑った。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには友達がいない

 

 大学というところは広い。校舎をでてもそこから校門までが遠い。
 はじめてきたときは、指導員がキャンパスのあちこちに立って、道を誘導してくれたからいいものの、二度目のときはだれもおらず、山本くんは迷いかけた。
 校門までのむかうあいだ、クロスは自分とハギワラがいとこ同士であることを、南斗に説明していた。
「その割には似てないね」
「兄弟じゃないんだから、そうは似ないさ」
 それからクロスはどういう漢字を書くのか、訊ねた。クロスシンタローは黒須神太郎だった。
「ところで南斗」校門のところで黒須が南斗の頭を指さした。「いい加減、ハチマキをとったらどうだ?」
「ああ。これはいいんだ。合格するその日までつけているつもりだ」
 山本くんと黒須は顔を見合わせた。そして代表するがご

とく、山本くんが南斗に訊ねた。
「どこ志望なの?」
「鯨王付属か童宝。もしかしたら中も受けるかもしれない」
「鉈中って神戸の?」
「もちろんそうだよ」南斗はこともなげに答える。
「ずいぶん、あれだな」黒須の口元が緩んでいた。「偏差値高いところ、狙っているんだな」
「当然でしょう」なぜか南斗は胸を張った。「代々木上原進学教室の会員たるや、それくらいんとこ受けて受かんなきゃ」
「南斗は日曜模試の結果、全国で毎回、平均して何位くらいなのさ」
 黒須の質問に、南斗の表情がにわかに曇った。
 日曜模試の答案は、採点がなされて、木曜日に自宅へ速達で送られてくる。だから山本くんは水曜の夜から、だん

 

山本くんには友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

おかつ憂鬱な木曜日を迎えているのだ。恐るべきことだと山本くんは思う。
 さてその山本くんの順位は四桁目が四であることが大半だった。三である場合も二度だけあった。そのときは母親が、あなたもがんばればできるんじゃない、と励ますようにほめてくれた。怒られるよりもつらい気持ちになった。
「よくはないさ」南斗が答えた。
「だから何位だよ」
「黒須くんはどうなのさ」
「二千五百から八百くらいのあいだをうろうろってカンジだよ。鯨王や童宝なんて夢のまた夢だね。ま、鉈中は神戸だから受けるはずもないけども、論外ってとこだ」
 こんなに開けっぴろげに成績について話せるなんて、山本くんは正直、うらやましかった。
 校門を抜けると黒須は茗荷谷駅へむかうのとは反対方向に歩きだした。

だんと具合が悪くなる。まずご飯が喉を通らなくなる。布団に横たわってもなかなか寝つけない。木曜の日中、学校にいてもそのことで頭がいっぱいだ。できれば家に帰りたくないと思う。このままどこか知らない町へいくことができればと夢想する。しかしそんな度胸もなければ、お金もない。そして放課後、できるだけ遠回りをして帰る。遠回りにも限度がある。
 空白だらけの答案がいい点のはずがない。すべての科目がよくて五十点、だいたいいつも二十点か三十点だった。もちろん、百点満点でだ。学校の試験ではあり得ない点数だ。
 代々木上原進学教室では、山本くんは劣等生だった。
 点数ばかりでなく、答案用紙には順位も手書きで記されていた。多少の上下はあるが、日本全国で五千人が日曜模試を受けている。
 五千人の少年少女が貴重な日曜日を試験などで潰し、な

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには友達がいない

 ぼくよりいいのか、と山本はがっかりする。
「山本は?」黒須が訊ねてくる。まあ、きいてきてもおかしくないな。
「おまえ、頭よさそうだもんな。上位者順位表に載っていたりするんじゃないか?」
 木曜には答案といっしょに上位者順位表も送られてくる。五千人中、上位百人の名前が並ぶ。山本くんにはそれがまぶしく見えた。
「まさか」思わず言ってしまう。
「そりゃそうか」黒須は納得する。「あそこに載っている人間が、おれらといっしょに模試を受けているはずないよな」
 代々木上原進学教室では順位がすべてだ。順位が上位のものから会場も決まってくる。中野、四谷、茗荷谷の順だ。さらにこれも午前と午後に分かれ、成績のいいひとはほとんどが午前を選ぶ。つまり茗荷谷の午後はドベであ

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

「ぼく、こっちなんだけど」
「山本って家どこ?」と黒須。
「八王子だけど」
「じゃあ、護国寺駅で有楽町線乗って、池袋でてさ、そっから山手線で、新宿でなよ」
 それだとお茶の水で乗り換えができない。つまりジャンプが買えない。
「今日はそうしたほうがいいぜ」黒須が忠告するように言う。「茗荷谷はジュンジが仲間と待ち伏せしているかもしれないし」
「え」山本くんはどきりとした。「ほんとに?」
「ジュンジだったらやりかねない」
 ジャンプはあきらめるしかないか。山本くんは黒須のあとをついていくことにした。
「で、どうなの。南斗の成績は」
「三千位前後」南斗はしぶしぶ答える。

 なにしろいまは愛読者賞の漫画が載っている時期だ。連載陣の漫画家の、いつもとはひと味もふた味もちがう読み切り作品が掲載される。
 やはり茗荷谷から丸ノ内線に乗ろう。そしてお茶の水駅へいくんだ。ハギワラなんかどうってことない。
 山本くんはそう決意し、くびすを返そうとしたときである。
「山本はさ」黒須が不意に言った。「ジャンプとチャンピオン、どっちが好き?」
                      〈続〉

 

山本くんには友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

る。黒須の成績であれば午前か、四谷会場でもいいくらいだ。
「で、何位?」
「きみと同じぐらいだよ」
 山本くんはそう答えた。つまらない見栄を張る自分が惨めに思えた。しかし町中でハチマキをしている人間よりも低い順位を口にするのはプライドが許さない。
「ふぅん」黒須はそれ以上、訊ねはしなかった。
 長い坂を降りていく。しばらく三人は無言だった。
 ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ。
 山本くんの頭の中は、ジャンプがうずまいていた。
 どうしてあんなヤツらのせいで、ジャンプが読めないんだ、とハギワラ達を恨んだ。
 明日、学校から帰れば、もう本屋の店頭にジャンプは並んでいる。でもその一日が待てないのだ。
 読みたい、読みたい、読みたい。

(やまもと・ゆきひさ)
1966年、東京都生まれ。『笑う招き猫』(「アカコとヒトミと」を改題)で、第16回小説すばる新人賞受賞し、デビュー。近著に『渋谷に里帰り』。

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Yamamoto Yukihisa

山本くんには友達がいない
  • 著者:山本幸久
  • イラスト:フジモトマサル
作 成 日:2008 年 10月 02日
発   行:山本幸久
BSBN 1-01-00018410
ブックフォーマット:#429

山本幸久

 
 
 
Yukihisa Yamamoto

 
 
 

 
 
 
山本幸久