山本くんには 友達がいない  |  davinci

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山本くんには友達がいない

 
 
 
Yamamoto Yukihisa

 
 
 
 

第2回

 


山本幸久

 
 
 
 

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前回のあらすじ

小学6年生の山本くんは、中学受験生。毎週日曜日、いやいやながらも塾に通っている。学校にも塾にも、山本くんには友達がいない。だけどある日、いつもハチマキをしている南斗と、クロスというちょっとかっこつけた少年と知り合って……。

 
 
 
 

 
 
 
 
 
山本幸久

 
  
 
 
 
Yukihisa Yamamoto

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
山本くんには友達がいない

山本くんには友達がいない

 
 
 
 
 
 
 
 
        第2回

 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ

た。
 ゴールデンウィーク前のことである。
 昼休み、山本くんは四階の図書室へむかおうとしたところ、三階と四階のあいだの踊り場で、堤がとなりのクラスの男子数人に取り囲まれているのが目に入った。階段を三、四段、あがったところで、引き返すには中途半端だった。
 四四なんだよ。答えてみろよぉ。
 男子のひとりの声がする。
 四年までクラスがいっしょだった溝口だと山本くんは気づいた。
 けっこうなかよしで、一時期はお互いの家を毎日のように行き交っていた。連れ立って映画を観にいったし、漫画を合作していたのだ。
 五年で別々のクラスになると、あっさり疎遠になってしまった。もちろん、漫画は完成しないままである。

 

山本くんには友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 黒板に書かれた算数の解答を、山本くんはせっせとノートに書き写した。講師の説明を聞いても、正直、ちんぷんかんぷんである。理解しようにもさっぱり理解できなかった。自分自身、なにがわからないのかすら、わからないのだ。書き写しているうちに、山本くんはだんだん哀しくなってきた。
 堤もこんな気分なのかな。
 堤は学校で同じクラスの子で、勉強ができないことに関しては、学年随一だった。
 どれだけできないかといえば、小学六年のいまでも九九が三の段でとまってしまうくらいだ。
 だけど堤はいつも楽しそうだ。
 にこにこ笑っている。
 宿題を忘れて、先生に叱られても気にとめていないようだ。
 あいつ、あんときも笑ってた。あれはさすがに怖かっ

 

山本くんには友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 溝口が怒鳴った。山本くんは足早にその場を去った。
 あのときは、と山本くんは思う。溝口の怒声に驚いたのではない。それよりも堤の笑顔が怖かったのだ。

 授業が終わり、山本くんが帰り支度をしていると、目の前にだれかが立った。
「約束、忘れてねえよな」
 ハギワラだ。
 身長は山本くんより頭ひとつ、大きい。からだが萎縮するのが、自分でもわかる。顔の筋肉も突っ張らかった。呼吸ができているのが不思議なくらいだ。
「や、約束?」
「とぼけんな」
 ハギワラが顔を近づけてきた。威圧しているのだとわかる。莫迦らしいと思いつつ、抗う手段を山本くんは知らない。

 いっしょに漫画を描いていた頃は、おとなしい無口なヤツだった。家に友達を連れてくることをいやがる母さんも、溝口だけはオッケーだった。
 たった一年でひとは変わるものだ。
 怒気の含んだ溝口の声など聞いたら、母さんは心底びっくりするだろう。
 いや、このぼくだって、と山本くんは思った。
 去年のぼくではない。なにしろいまでは立派な受験生だ。
 シ、シシ、シシ、シシ。
 踊り場まであがってきたとき、堤が呪文のようにつぶやくのが聞こえた。
 できるだけそっちを見ないよう、していたつもりだ。だがうっかり見てしまった。
 笑っていた。堤は笑っていたのである。
 なに笑ってんだよっ!

山本くんには友達がいない

「いっしょに帰るってさっき約束しただろ」
 や、約束?
「お茶の水のマクドナルドで、おまえのジャンプをみんなで回し読みしようぜ」
 みんなとはこのハギワラの取り巻きのことだ。彼のうしろに控えているのに、山本くんは気づいた。
 どうしていじめっ子というのは、こうしてつるむのだ。習性のようなものだろうか。山本くんは溝口を思いだした。
 となるとぼくは堤か。
 でも山本くんは笑うことはできなかった。
「そ、それは駄目だよ」
「なんで駄目なんだよ」
「だって」
 お茶の水でジャンプを買い、マクドナルドで読むのは、いまの山本くんにとって、唯一の楽しみだった。

 テレビもNHK以外は観なくなり、漫画も描かなくなったいま、生き甲斐とすら言っていい。それを他人に邪魔されるなんて、我慢ならない。
「やっぱり、ぼく、ひとりで帰るよ」
 山本くんはハギワラから目をそらし、つぶやくように言った。それ以上、声がでなかったのだ。
「なにいまさら言ってんだよ。ふざけんな」
 ハギワラは声を荒らげたりはしなかった。胸倉をつかむこともない。ドスをきかせ、にらみつけてくるばかりだ。
 教室にはまだ指導員がいる。ここで騒ぎを大きくするつもりはないのだ。
「とにかく外でようぜ。話はそれ」からだ、とつづくのを山本くんは聞かなかった。
 鞄を抱えもち、走りだしていたからだ。

 山本くんは走るのは苦手だ。

 
ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

山本くんには友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

いく。それがいけなかった。途中、踏み外し、階段を転げ落ちてしまったのだ。
 からだじゅうに激痛が走る。すぐに立とうとしたが無理だった。
 と、左右の腋の下に異物を感じた。だれかが手を入れてきたのである。声をあげる間もなく、滑りやすい大理石の廊下をするするとひきずられていった。
「どっちいけばいいの?」
「こっちだ」
 背後でふたりの声が聞こえた。廊下をすぐ右へ折れていく。山本くんは痛みをこらえつつ、されるがままだ。ばたばたと階段をひとが駆け降りてくる音が聞こえたが、もう視界には入らなかった。
 山本くんはふりかえり、見上げた。右にクロスが、左に南斗がいた。
「き、きみたちは」

 走るのだけではない、泳ぐのも苦手だ。ボールを投げたり、打ったり、蹴ったりするのも苦手だ。マットの上で転がったり、鉄棒をぐるりとまわったり、跳び箱をぴょんと飛んだりするのも苦手だ。
 その証拠に通信簿はほとんどすべてが5であるにもかかわらず、体育だけ2だった。1ではないだけ、マシだと言える。
 だがたとえ苦手でも逃げるためには走らねばならなかった。左右の腕を大きく振って。そうすれば自然に足もあがる。
 体育の先生はそう言う。いまは鞄をもっているからうまくいかない。
 胸を張って。前を見て走るんだ。
 それも無理だ。背が小さいのに、山本くんは猫背だった。
 教室をでて廊下をまっすぐ、階段を二段抜かしで降りて

「しっ」南斗が唇に人差し指をあてた。「しばらくおとなしくしていたほうがいい」
 試験が終わったあと、試験官に注意され、パニックを起こしていた男とは思えない、冷静な口ぶりだ。ただし、まだ『合格祈願』のハチマキをしている。
「ここへ入ろう」
 クロスが左右を見回してから、うしろ手でアルミ製らしき引き戸を開いた。山本くんはさらにふたりにひきずられていった。そこは日曜模試の会場である大教室とはちがい、小学校の教室よりも狭い部屋だった。明かりがついていないので薄暗い。
「ナイトー、外見てきてくれないか」とクロスが命じる。
「うん、わかった」名前を間違えられているのを訂正もせずに、南斗は教室からでていった。
「南斗だよ」
 本人のかわりに山本くんは訂正してあげた。

 

山本くんには友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

「え?」クロスが怪訝な表情になる。
「南に北斗七星の斗で南斗。満天の星の満天で、南斗満天。それが彼の名前だよ」
「ナイトーじゃないのか?」
「ああ」
「じゃ、なんで本人は訂正しない」
「さあ」それはわからない。「ナルトとかナカタって間違えられることが多くて、ナイトーはましなほうだって言ってたよ」
「マシだって間違いは間違いじゃんか」
 そう言われても。それはともかくだ。
「ありがとう」
 山本くんはクロスに礼を言った。彼がクロスシンタローという名前であることは知っていたが、漢字まではまだ知らない。
「なんだよ、突然。気持ち悪いな」

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

「なにがたいへんなの?」
「子供のことでも張り合うってこと。どっちがどんだけ運動ができて、勉強ができるか、なんてごくつまらないことをね」
 なるほど。
「おれが代々木上原進学教室に入ればすぐさま、ジュンジ、ああ、これ、ハギワラの下の名前ね。ジュンジも入ってきたんだ。勉強はおれのほうができると思ってたんだけどね。ジュンジは塾三つ掛け持ちして、なおかつ家庭教師がついているんだそうだ」
「よくそれでテレビを観る時間があるね」
「え? どういうこと?」
「彼、小松の親分の真似をしていたよ」
「それは去年の流行じゃん。今年の四月からは、ジュンジ、テレビなんか観てないはずだよ。日々、勉強、勉強、また勉強だ。元々、弱いモノいじめが趣味のような嫌なヤ

「だって、ぼくを助けてくれたじゃないか」
「おまえを助けたんじゃないさ。ハギワラの鼻を明かしてやろうと思って、やったまでのことさ。いまごろ、おまえがいなくて、イライラしているにちがいないからな」
「クロスくんはハギワラと知り合いなの?」
「いとこ同士」と答えてからクロスは山本くんをにらんだ。「うちのオフクロがあいつのオフクロより三つ上の姉さんなんだ」
「へえ」
「感心することかよ」
 べつに感心したわけではない。ただ、オフクロだなんて言い方をするのに、ちょっと驚いてはいた。
「うちのオフクロとあいつのオフクロ、姉妹仲が悪くてね。悪いというより、昔からなにかと張り合うライバル同士みたいなもんでね。そのふたりに同い年の子供ができたから、たいへんさ」

山本くんには友達がいない