山本くんには 友達がいない  |  davinci

 

が、野球漫画は好きだった。いま連載中の『悪たれ巨人』も読む。
「ちがう」
「ええ? まさか『四丁目の怪人くん』?」
 意外なタイトルがでてきた。
「知ってるの? 『四丁目の怪人くん』?」と思わず聞き返した。
 たしかに山本くんはそれも好きだった。
 ジャンプを足掛け五年も読んでいると、あるシステムがわかってくる。人気の高い作品が前のほうに載り、巻頭でカラーを飾る。人気の低い作品はだんだんとうしろへおいやられていき、そのうち終わってしまうのだ。
『四丁目の怪人くん』は発明狂の天才少年が主人公のおもしろい漫画だった。
 ただし山本くんにとってはだ。残念なことにほかの読者はおもしろいと思わなかったらしい。やがていつも巻末に

「味平もたしかに好きだったけど」
「『アストロ球団』? 『トイレット博士』? 『熱風の虎』? 『ど根性ガエル』?」
 ジャンプの、それも昔の漫画のタイトルが黒須の口からすらすらとたてつづけにでてくることに、山本くんはさらに驚きを感じていた。信じられないといってもいい。
 南斗は黙ったままだ。漫画を読んだことがないのを自慢げに言った男である。無視しているのかと思いきや、そうではなかった。案外、興味深そうに神妙な顔で話を聞いていた。
「そうじゃなくてもっと地味なヤツ。あんまし人気なくて」
「わかった」黒須はぱちんと指を鳴らした。「『プレイボール』」
 たしかに地味だし、嫌いではないがちがう。
 山本くんは体育がきらいで野球もよくわからなかった

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

載るようになり、『長い間ご愛読ありがとうございました』という言葉とともに消えていった。
 残念に思うのと同時に、この漫画のおもしろさがわかるのは自分だけだと、山本くんは特権的な気分にも浸った。
 まさか黒須も好きだったのだろうか。
「知ってるよ。半年ぐらいで終わったヤツだろ。でもあれ、あんまりおもしろくなかったしなぁ」
 その答えに山本くんはほっとした。
 やっぱりあの漫画のおもしろさを知っているのはぼくだけだ。
「降参するよ。なにがいちばん好きなの?」
 ここまでひっぱっておいて、答えないわけにもいかなくなった。
「『孔子暗黒伝』」と答えてから、山本くんは不安に襲われた。それは自分の嗜好をあからさまに言ってしまったせいのようだった。『四丁目の怪人くん』よりも短い連載だ

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

った。「『妖怪ハンター』とか『暗黒神話』を描いてたひとのだろ」
「あ、うん」
『妖怪ハンター』や『暗黒神話』を知っている?
「すげえ渋いの好みなんだなぁ。おれにはあの漫画家の作品、ちょっと難しくてさ」
 作品。
 漫画を作品と呼ぶ人間は、黒須がはじめてだ。いや、それどころか他人と漫画のことについて話すのはほぼはじめてだった。それは山本くんをひどく緊張させた。と同時にジャンプを読んでいるときと同じような幸福感もあった。
「山本はああいうのが好きなんだ。うちの姉貴と話があいそう」
「黒須くん、お姉さんいるの?」
 黙っていた南斗が反応した。なんのつもりか、ハチマキをまた巻き直している。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

「いちゃ悪いか?」
「わ、悪くないけど」南斗はしどろもどろになりながらも、「お姉さんなのに男の子の漫画読むの?」と訊ねた。
「うちの姉貴はなんでも読むんだ。漫画でも小説でもなんでも」
「小説ならばぼくも読むよ。きみのお姉さん、『ドリトル先生』のシリーズは読むかな。ぼくはあの小説が大好きなんだ」
「さあ、どうだろ。たぶん、読んでいると思うよ。今度、聞いとく」
 そんな話をしているうちに、茗荷谷からの急で曲がりくねった坂はくだり終わっていた。
 さすがにここまでくると、引き返す気にはならない。お茶の水駅の売店でジャンプを買うのはあきらめよう。明日、ひさしぶりにお茶屋さんで買うことにしよう。しばらくオバアサンにも会っていない。

 お茶屋さんのオバアサンは山本くんがジャンプを買いにいくと、かならず番茶を、夏には麦茶をだしてくれた。山本くんとしては一刻も早く家に帰り、ジャンプを読みたかったが、そうしたおもてなしをむげにはできなかった。とくに会話はしない。寒いわねえ、とか、暑いわねえ、とオバアサンが言うのを、そうですね、と山本くんは答えるばかりだった。
「あれ、講談社」
 道をはさんで向こう側にある重厚な建物を指さし、黒須が教えてくれた。
「マガジンだしているところ。あ、山本はジャンプ一本槍だからマガジンも知らないか」
 黒須にそのつもりはなかったろうが、山本くんは軽んじられた気がして、「『三つ目がとおる』が載ってるヤツだろ」と言い返した。
「なんだ、マガジンは読んでんの?」

山本くんには 友達がいない

 
 

「もしかして『火の鳥』なんて持ってたりする?」
「もちろんだよ」
 そう答えたとき、山本くんは自分がひどく高揚しているのがわかった。
「五冊ぜんぶ?」
「『黎明編』『未来編』『ヤマト編・宇宙編』『鳳凰編』『復活編』。ぜんぶ持ってるよ」
 山本くんは指折り数えて『火の鳥』五冊それぞれのタイトルを言った。なぜそんなことをしたのか自分でもよくわからない。所持していることを、というよりも手蕑治虫のことを自分がどれだけ好きかを、証明をしたかったのかもしれない。ともかく言わずにはいられなかったのだ。
「ほう」
 黒須は本気で感心している。いよいよもって山本くんは気分がよくなった。
「いよいよもってうちの姉貴と趣味がいっしょだ」

「連載しているのは読んでない。だけどコミックスを買って持ってる」
 山本くんにとってジャンプ以外に読む漫画は手蕑治虫だった。
「コミックスって、ああ、あれか。連載の集めた本のことか。山本はああいうのも買って読んでるんだ」
「うん、まあ」
 三人はもう地下鉄の入り口手前までたどり着いていた。黒須を真ん中にして、階段を降りていく。
「コミックスだとほかにどんな作品、持っているの?」
 また作品と言っている。
「『ブラックジャック』も持っている」
「それ、チャンピオンでやってたヤツじゃん。あ、そっか。山本は手蕑が好きなのか」
 神様を呼び捨てにされ、山本くんとしては注意してやりたかったが、できずに「そうだけど」と答えておいた。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 

「きみのお姉さん、学研のひみつシリーズは読まないの?」
 南斗は物欲しそうな顔をして、黒須に訊ねた。
「南斗、おまえ、漫画読まないんじゃなかったのかよ」
 黒須はからかうように言われても、南斗は応えていなかった。
「学習漫画はいいんだよ。悪書ではない」

 自動販売機で切符を買うことにした。その最中、黒須が「山本さ、新宿に寄ってかねえか」と誘ってきた。
                      〈続〉

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山本幸久

Yukihisa Yamamoto

山本くんには 友達がいない
  • 著者:山本幸久
  • イラスト:フジモトマサル
作 成 日:2008 年 10月 21日
発   行:山本幸久
BSBN 1-01-00018409
ブックフォーマット:#429

(やまもと・ゆきひさ)
1966年、東京都生まれ。『笑う招き猫』(「アカコとヒトミと」を改題)で、第16回小説すばる新人賞受賞し、デビュー。近著に『渋谷に里帰り』。

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