山本くんには 友達がいない  |  davinci

 
 
 
Yamamoto Yukihisa

 
 

第3回

 
 
 
山本幸久

 
 

山本くんには 友達がいない

3

前回のあらすじ

小学6年生の山本くんは、中学受験生。毎週日曜日、いやいやながらも塾に通っている。学校にも塾にも、友達がいない山本くんだったが、いつも「合格祈願」のハチマキをしている南斗と、黒須というちょっとかっこつけた少年と知り合う。ある日、いじめっこ・ハギワラに追いかけられて逃げていた山本くんを、その二人がなぜか助けてくれる。ハギワラのせいで唯一の楽しみであるジャンプが買えず、悔しい山本くんに、黒須がとつぜん尋ねた。
「山本はさ、ジャンプとチャンピオン、どっちが好き?」

 
 
 
 

 
  
 
 
山本幸久

   
山本くんには友達がいない

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

  
 
  

Yamamoto Yukihisa 

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

   







        第3回

山本くんには 友達がいない

山本くんには 友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

からだ。そしてしかたなく『小学一年生』を買っていた。
 そのうち、漫画雑誌の存在が気になりだした。表紙に『ドリフターズ』や『ヤングおー!おー!』の文字を見つけたのがきっかけである。
『ヤングおー!おー!』は七歳年上のお兄さんが見ていたので、山本くんも見ていた。『8時だヨ!全員集合』は見ていなかった。もしかしたらお兄さんは見ていたかもしれないが、山本くんは当時、八時が寝る時間だった。
 またべつのとき、今度は漫画雑誌の表紙にピョン吉とひろしを発見したときには驚いた。思わず、お茶屋さんのオバアサンの目を盗み、その雑誌を手にとり、ぺらぺらとめくった。
 間違いない。
 テレビでやっている『ど根性ガエル』がここに漫画として載っているではないか。
『ヤングおー!おー!』も『ドリフターズ』も漫画だっ

 今年、十二歳になった山本くんは、人生の半分をジャンプとともに暮らしてきた。
 はじめて買ったのは小学一年の正月、近所のお茶屋さんでだ。祇園などにあるアレではない。日本茶を専門で売っている店で、店頭に雑誌のラックがあり、週刊誌や漫画雑誌を売っているのだ。
 はじめ、そこでは『小学一年生』を買っていた。『テレビマガジン』や『テレビランド』を横目で見つつだ。
 ちょうどその頃、V3とタロウがはじまっていたが、そういうものは幼稚園でオシマイ、と親に言われていた。
 山本くん自身、見たくてたまらないと渇望していたわけではない。親の言いつけは絶対だった。ただしせめて雑誌で情報は仕入れたいと考えていたのである。写真を見たり話の展開さえ知れば、テレビで見なくても頭の中で想像すればいい。
 だが親には言いだしかねた。許されるとは思えなかった

 

 無理のある稚拙な理屈に納得したはずがない。あまりに熱心に必要性を説く息子をとめても無駄と思ったのだろう。
 お茶屋さんのオバアサンにこれをください、とはじめてジャンプを差しだしたとき、お兄さんのおつかいかい、と言われ、いいえ、自分のです、とむきになって言い返した。ぼくはこれで漢字の勉強をするのです、ともつけくわえた。
 オバアサンは目を丸くして、まあ、時代は変わったのね、と言った。
 ちなみにテレビの『ど根性ガエル』は見なくなったが、『ヤングおー!おー!』は見つづけた。
 どうして見ているの、と母親に苦笑されたが、漫画のはもう終わっちゃったんだ、と答えた。嘘ではなかった。山本くんがジャンプを買うようになり、しばらくして終了した。『ドリフターズ』もその後、終わった。

た。
 山本くんはこの発見にひとり興奮した。
 漫画雑誌の名はジャンプだった。
 どうにかしてこれを手にいれる手段はないか。
 山本くんは策を練りだした。買うとなれば毎号だ。毎週百三十円、母親からせしめなければならない。
 そこでつぎのような理屈をひねりだした。
『小学一年生』はぼくには幼稚すぎる。できればよりおとな向けの雑誌がほしい。じつはうってつけの漫画雑誌を見つけた。漢字も多いし、勉強になる。そこには『ヤングおー!おー!』や『ど根性ガエル』が載っていてそれらをテレビで見る必要もなくなる。
 だからジャンプというその漫画雑誌を毎号、買ってくれないか。
 母親はお父さんに相談するわ、と言い、翌日にはオッケーがでた。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 

山本くんには 友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 以来、足かけ五年、ジャンプを毎号、買いつづけている。
 ジャンプで連載されている漫画は好きなものでもあまり好きでないものも全部読む。
 単行本の広告も読む。次週の予告も読む。新人賞の応募要項も読む。記事も読む。読者ページも読む。目次にある漫画家の近況も読む。ともかく隅から隅まで読む。読み尽くす。そしてふたたび好きな漫画を読み返す。繰り返し読む。
 ジャンプを読んでいるあいだは、生きている実感とまでいかずとも、なんともいえない幸福感を噛みしめることができた。
 ほかの漫画雑誌も世の中にあることは知っていた。去年の秋まで通っていたそろばん塾の廊下に漫画雑誌が並べて置いてあった。授業がはじまるまでのわずかな時間、それらを読んでいいことになっていたのである。

 

 山本くんはそこでマガジン、サンデー、キングなど読んではいた。しかしジャンプほど熱中して読めるものはなかった。だがじつは一冊だけあった。
 それがチャンピオンだった。
 おもしろい漫画が何本かあった。それでもジャンプのときのように理屈をこねてまで親からお金をせしめる気は起こらなかった。そろばん塾で読めばすむというのもあった。
 ところが代々木上原進学教室へいくことになって、そろばん塾をやめたおかげで、チャンピオンは読めなくなってしまった。
 ジャンプさえ読んでいれば幸福ではある。
 しかしチャンピオンでおもしろかった漫画は気になってしかたがなかった。その作品のみ、単行本で買い求めるという手もなくはない。
 だが山本くんはそうしなかった。

 

った。
「へえ? サンデーやマガジンも読んでないんだ」
「あのさ」南斗が口をはさんできた。「ジャンプとかチャンピオンってもしかしたら、漫画雑誌のこと?」 
「決まってるだろ」と黒須が言う。「南斗はいつも読んでる漫画雑誌ってある?」
「ぼくは漫画なんか読まないよ」南斗はなぜか胸を張って自慢するように答えた。「人生で一度もね。触れたことすらない」
「なんでだよ」
 黒須が怪訝な顔になった。山本くんは自分もいまおなじ顔になっているだろうなと思う。
「読むと莫迦になるからだよ。決まっているだろ。漫画は悪書だよ。ぼくのうちでは読んではいけないことになっている」
 漫画についてよくいうおとなはいない。山本くんの親だ

 なぜか。
 小遣いに余裕がない。それはある。受験勉強で忙しい。それも、まあ、あるにはある。
 いちばんの理由はこうだ。
 ジャンプを裏切ることになるからだ。
 
「山本はさ、ジャンプとチャンピオン、どっちが好き?」
 黒須のその質問に山本くんは当然のごとく「ジャンプ」と即答した。
「チャンピオンは読まないの?」
「うん」
「ぜんぜん?」
「読まないよ」山本くんは少しむきになった。「なんで? おもしろいのに」
 そう、おもしろかった。とくにあの漫画が。
 しかし山本くんは「ジャンプ以外は読まない」と言い切

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 そんなに力まずとも。
「わかったわかった。おまえはなかなか立派なヤツだよ」黒須はなだめながらもこうつづけた。「ま、おれに言わせれば、人生によろこびを知らない愚か者だけどな」
「人生のよろこびは会社をやめるときまでとっておくものだよ。うちのママがそう言っている」
 南斗は頭に巻いたハチマキに手をかけた。外すのかと思いきや、絞め直している。
 山本くんにはそのハチマキが孫悟空の輪に見えてきた。頭につけているアレだ。南斗が孫悟空とすれば、彼のママが三蔵法師といったところだ。
「会社をやめるときってどれだけさきのことだよ」
 黒須はすっかりあきれている。ひやかしたり、からかうのも莫迦らしいと思っているようだ。
「五十五歳が定年として、あと四十三年後だよ。そう遠い未来じゃない」

っていい顔はしなかった。どこかであきらめているのだろう。
 漫画嫌いは子供の中にもいるが、たいがいは女子だ。男子でははじめて会った。しかも悪書だなんて。
「じゃあ、どうしておまえは漫画を読んでいるおれや山本より成績が悪いわけ?」
 黒須はからかい気味に言った。
 痛いところをつくものだ。山本くんは南斗が少しばかり気の毒になった。
 ついさっきまで代々木上原進学教室の成績順位の話をしていた。黒須は二千五百から八百位のあいだをうろうろで、南斗は三千位前後と答えていた。山本くんは南斗よりも低かったが、つまらぬプライドが頭をもたげ、つい黒須と同じくらいと答えてしまっていた。
「せ、成績はこれからあげていくよ。そのためにもぼくは絶対、漫画を読まない。読むものか」

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「そう怒んなって」
 黒須はなおも南斗の背中を叩いた。
「でさ、山本はジャンプだとなにがいちばん好きなわけ?」これまた突然の質問だ。「やっぱり『サーキットの狼』?」
「いや、あれはあんまり」
「『ドーベルマン刑事』?」
「読むよ。でもいちばんじゃない」
「じゃ、なに?」
「いまはもうやってないけど」
「終わったヤツ? なんだろな。『庖丁人味平』?」
 味平を知っているのか。山本くんは黒須を見直した。『庖丁人味平』はたしかに終わっており、いまは同じ漫画家で『ピンボケ写太』という漫画が連載されている。つまり黒須もまたけっこう昔からジャンプを読んでいることになる。

 南斗は真顔で言う。
 こいつは莫迦とかそういうレベルじゃないや。どこかオカシイ。ヘンだ。きっと五十五歳まで『合格祈願』のハチマキをしたままでいるにちがいない。
 そう思いつつ、山本くんは情けない気分にも襲われていた。
 こんなヤツより勉強ができないなんて。
 ははは、と声をだして、黒須が笑った。
「おれ、おまえが気にいった」と言って、南斗の背中をばんばん叩いている。
「い、痛いよ」
「おもしろいよ、おまえ。なあ、山本」
 突然、同意を求められ山本くんは面食らいながらも、「うん、ああ」と返事していた。
 当の南斗はむっとしている。
「べつにぼくはおもしろいことを言ったつもりはない」

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