吉野北高校図書委員会  |  davinci

 

人と組み合わせることで来ない人がサボりにくくする効果を狙った。一応よく来てくれる人には先に根回しをしておいたから文句は出ないだろう。
「先輩、一年生は?」
 一年の高野君が手を挙げる。彼はよく気がつくし、よく働いてくれる。私たちの中で彼は密かに来年の幹部候補になっている。
「あー……考えてなかった。僕らには言いにくいか? じゃ、誰か意見まとめてくれる人がおったら……」
 ワンちゃんが言いかけると高野君が手を上げる。
「俺やりますよー。しょっちゅう来とるんやし。じゃあ一年は、意見があったら一年五組高野まで」
 高野君が言い終わると、続いてあゆみがそっと立ち上がって言った。
「じゃあ、女子はわたし……一年三組の上森まで」
 私はあゆみのこういうところが好きだ。決してでしゃばらないけれど、するべきことはもじもじしたりしないでさっとこなす。いい子だなと思う。非の打ち所のない素敵女

あぶれた形で図書委員になった人とではモチベーションが違うのは当然といえば当然なのかもしれないと思う。
 そもそも図書委員というのは真面目な北高の中でもさらに地味な部類に入る。体育委員のように体育祭のようなイベントをとりしきるわけでもなく、風紀委員のように挨拶運動を行うわけでもない。ただ、黙々と図書館の本を管理するのが仕事なのだ。地道すぎるといえなくもない。だからといってサボってもいいという理由にはなるとは思わないけど。

「で、いつも穴が開いとる時間はこっちで分かっとるけん、一応俺らで時間割を組み直してみました。もし都合の悪い人いたら言うてくれますか? 今週中は意見聞きます。見て都合悪い人は僕か、川本さんまで」
 ワンちゃんがそう言ったのを確認してから私は立ち上がってプリントを配り始めた。先週私たちが作り直した当番表は、来ない人とよく来る人を組み合わせたものだ。まず、当番がいない状況をふせぐこと、そして、いつも来る

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「ええよ。大地は今日の委員会の内容知っとるんやし」
 大地はさっきの当番表の組み直しのときも、一緒に考えたのだ。
「ほなけど、俺も副委員長やのに……」
「ほんまやなー」
「こら藤枝! あんたなあ。パソコンで表、作ってくれたんも大地なんじょ?大地は部活も厳しいんやし……」
 私は茶化したように言う藤枝をにらんだ。藤枝は首をすくめる。大地は苦笑して、
「や、高広の言うとおりやし。ごめん。三人にジュースおごるわ」
 ていうか、もう買うてきた。と言って大地は学ランの左右ポケットから一本ずつと、リュックの前ポケットから一本ジュースを出した。
「司書室でのんで帰り」
 そう言って大地はちらりと腕時計を見た。
「ハンド部?」
 と聞くと、ほうなんよーと頷く。

 

子だ。
 プリントを配り終えて席に戻った私が小声で「エエ子や……エエ子たちや」と涙を拭く真似をするとワンちゃんもうんうんと大げさに頷いた。
「お前らね……」
 隣で書記をやっている藤枝があきれたようにため息をつく。
「じゃあ、今日はそれだけなので、終わります。来月はちゃんと定期の三週目の木曜日に委員会をするので、来てくださいー」
 私がそう言うとみんな席を立ってばらばらと出て行く。その流れに逆らって大地が入ってきた。
「あーっもう終わった? ごめんー。今日に限ってガッツの補習が長引いて」
 走ってきたらしく息が切れている。ガッツとは数学の教師で厳しいことで有名だ。本当は山本健吾というのだが、ガッツ石松にあまりにも似た風貌のため、ガッツと呼ばれている。

「来週末、試合」
 ニコニコして楽しそうに言う大地に、ふうんとだけ返す。大地はハンドボール部にも所属している。文武両道、誠実でさわやか。大地もまた非の打ち所のない素敵男子高生なのだ。

「それより大地、あゆみにもなんかおごったげなよー。なんと、自分から一年の意見まとめるん名乗り出てくれたんやけん」
 私が腰に手をあててそう言うと、
「え、ほうなん? あいつ、やるなあ。分かった。ほな、今日はありがとうな、かず。ワンちゃんにもありがとうって言うといて」
 大地は高野君と話しているワンちゃんに目を向けて言う。私が頷くと、あゆみの方に歩いて行った。大地とあゆみ、二人は先月からつきあっているのだ。
「で、なんで上森さんのことをお前がふんぞり返って偉そうに言うん?」

 藤枝が、胸を張り腰に手をあてて言う。どうやらマネをされているらしい。むかつく……。
「もーっ、ええやんか。どうでも。なんであんたはいっつもそうなん?」
「はいー、はい。すいませんでした」
 私が怒ると、藤枝がそう言って笑った。そして私が持っている三本の缶ジュースをちらりと見た。
「それ、ありがたく司書室でのもうぜ。ここ飲食厳禁やし。お前どれがいい?」
「カルピス、かな。あんたは?」
「俺、コーラ。ワンワンはいつもコーヒーやし。この完璧なチョイス。大地……あいつ、ほんっまソツのない嫌ーな男やなあ」
 藤枝はそう言いながら、コーラとコーヒーの缶をひょいっと私の腕から引き抜いた。
「……」
 私は黙って、カルピスの缶を握った。
 大地は優しい。いつでも誰にでも自然に優しく出来るの

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かどる。集中していないとそのリズムが切れてしまう気がして私は作業に夢中になっていた。
「俺、実はかずに話がある」
「んー? なに?」
 大地が雑誌に開けてくれた綴じ紐用の穴から目を離さずに聞き返した。分厚い雑誌に穴を開けるのもかなり大変だが、紐を通していくのも結構重労働なのだ。
「んーと……あの……」
「あ、なんか大事な話なん?」
 めずらしく、大地が言いよどんでいるので顔を上げると、大地は何ともいえない微妙な表情をしていた。そして、ふうっと大きく息を吐くと大地は私をまっすぐ見てきっぱりと言った。
「あんな、俺、好きな人ができたんよ」
「はあっ?」
 あまりにも唐突過ぎて、すぐには大地の言葉が理解できなかった。そんな、私をみて大地は可笑しそうに、でもちょっとぎこちなく笑った。

 

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は、きっと大地が周りをよくみているからだ。それにひきかえ私は……と悲しくなる。
「あ、そうや。牧田先生とわけっこしよー」
 そう言って司書室へのドアを開ける寸前ちらりと振り向くと、大地とあゆみが話しているのが見えた。胸がちくりとした。そして、私は自分がちっとも優しくないことを思い知る。自分が善人ではないことなど充分に承知しているけれど、それでも出来るだけ優しい人でありたいと思うし、誰かを傷つけたくはないと思う。そうする努力だけはしていたい。ずっとそう思ってきたけれどけれど、それは難しいことなのだと今は思う。

 大地があゆみと付き合い始めたと聞いたとき、私はすごく驚いた。
 それは大地と二人で雑誌の紐綴じ作業をしていたときで、他には誰もいなくて、おかげでかなり集中していた。大地と作業すると他の人とするよりも二倍くらい作業がは

「で、こないだからつきあっとるんよ」
「え? そのひとと?」
 大地は「他に誰とつきあうんよ」と言って笑った。私も仕方なく笑って「だよねえ」と言った。
「実は、上森さん」
「へっ」
「俺の……彼女?」
 照れくさそうに、でも嬉しそうに言った大地の言葉が、頭の中で何度も繰り返された。
 上森さん、上森さん、ウエモリサン……。上森さん、彼女……。
「って、あ……ゆ、み?」
「そう!」
 大地が嬉しそうに頷いた瞬間、私の体がびくっと震えて、積み上げてあった雑誌に肩がぶつかった。ばささささっと音を立てて雑誌が床に崩れ落ちた。
「うわーっ」
 大地が慌てて立ち上がって、私の足元に屈んで床に散ら

 

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「まず、かずとワンちゃんにちゃんと言いたかったけん」
 まだ他の誰にも言うてないんよ。そう言った大地の微妙にぎこちない顔を私はぼんやり眺めた。耳の内側でごおっという音がしていて、何かもはっきりしない感じがした。大地の耳の先がちょっと赤くなっているのを発見して、ああ、このぎこちない表情は照れてるんだなぁと、まとまらない頭の隅で妙に冷静に思った。
「かず?」
 ぼおっとしていると、大地が不思議そうに首をかしげるのが視界に戻ってきて、はっとした。いけない、いけない。何か言わなきゃ。そう思ってからからに渇いた口を開いた。
「へー、いつの間に? クラスの人?」
「ううん。……それが、実はかずも知っとる人」
 嬉しそうに笑って言う大地に私も笑って、「えー? 誰? 誰よ?」と聞く。なんだかお芝居みたいだった。ふよふよと自分の体が宙に浮いているように感じて、現実感が全然なかった。

のは自分にも相手にも無責任な気がする。そういう大地に私はすごく共感していた。大地らしいなとも思っていた。だから聞かずにはいられなかった。
「あー……うん。そうなんやけど。実は一回、断ったんよ。言われたとき」
 そう言いながら大地は思い出したようにふっと笑った。
「どうせ離れるからって、そう言うたらあの子『先輩が県外とか行くなら死ぬほど勉強して絶対追いかけますから』って言うんよ。必死で。なんかなあ……目が覚めた気がした。今まで自分は離れても続けていくことは考えたこと無かったなあって。そうか、離れても続けていく努力は出来るんやなあ、そういう考え方もあるなあって、なんか自由になった気がしたんよ。振られてもそこまで言ってくれるんか、強い子やなぁって。どうせ離れるなら特別はいらんって、そうやって逃げとる俺よりずうっと強いなあって……そうたらなんかね。やられたっていうか……」
 ちょっと熱っぽい顔でそう言う大地を見て、やっと腑に落ちた気がした。すごく、すごく驚いたけど。やっと頷け

 

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ばった雑誌を拾い始めた。
「あー、もうっ、ごめん、ごめん」
 私もしゃがんで雑誌を拾い始めた。がくがくと震える膝小僧をぐっと手で押さえつける。そのとき、ぱっと大地と目が合った。いつもはずいぶん上にある大地の顔が同じ高さにあって、その顔が得意げにほころぶ。
「なあ、びっくりした?」
「も……もーっ! あたりまえでー。びっくりしたけん雑誌ひっくり返したんやろーっ」
 私はなぜだか泣きそうな気持ちで、そう言った。笑って言ったつもりだったけど、笑えていたかどうか全然自信がない。
「……けど大地、彼女作らんって言うてなかったっけ」
 拾い終わった雑誌をとんとんと机でそろえながら、さりげなく聞いてみた。
 もてないわけじゃないのに、大地はずっと彼女を作らなかった。「どうせ進学で離れ離れになるから」、いつもそう言っていた。離れるのがわかっていて、特別な人を作る

話すけん」
 と言った。私は黙って頷きながら、まだ震えている指先をぎゅうっと思い切り握り締めていた。
「やられたっていうか……」と言ったあのときの大地の顔を、私は時々思い出してしまう。そして、胸が痛くなる。あのとき、本当に心の奥底から、全力で「よかったなあ」って言ってあげられなかった。必要以上に動揺してしまってあの場面をなんとなく終わらせてしまったことが悲しくなる。だけど、今やり直したとしても上手に「よかったね」と言える自信がなくて、私は自分が嫌になってしまう。それが、自分のくだらない独占欲のせいだとわかっているのにどうにもできない自分を、ふがいないなあと思う。



    続きはMF文庫ダ・ヴィンチ
    『吉野北高校図書委員会』でお楽しみください。

 

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る気がした。頷かなきゃいけない気がした。だから言った。
「そっか」
「うん」
「そっかあ」
「うん」
「……おめでと、大地。よかったなぁ」
「ありがと、かず」
 にっこり笑う大地に私は友達らしく、釘を刺す。
「でもなぁ、あゆみは私の大事な後輩でもあるんやけん。泣かしたら怒るよ」
「はい」
「ほれに、うちらのなかで彼女一番につくって、ぬけがけやし。絶対けんかの仲裁とかしてやらん」
 ふんっと横を向いてみせると大地はくすくすと笑った。そのとき、廊下にワンちゃんと思われる影が見えて、大地が慌てて、
「まだ、ひみつな? ワンちゃんには今日の帰りちゃんと

 
 
 

山本 渚

『吉野北高校図書委員会』

Nagisa Yamamoto

山本 渚

1979年、徳島県に生まれる。徳島県立城北高校に在学中、図書委員を務める。香川医科大学看護学科卒業。主婦業のかたわら書いた『吉野北高校図書委員会』で、その瑞々しい感性が注目を浴び、第3回ダ・ヴィンチ文学賞、編集長特別賞を受賞し、デビュー。

出版社:メディアファクトリー
発売日: 2008/08
文庫本:196ページ
ISBN : 978-4-8401-2413-3

吉野北高校図書委員会
  • 著者:山本 渚
  • イラスト:今日マチ子
  • デザイン:川名 潤(プリグラフィックス)【文庫カバー】
作 成 日:2008 年 10月 01日
発   行:山本 渚
BSBN 1-01-00018366
ブックフォーマット:#431

 
 
 

Nagisa Yamamoto

山本渚

 

 
 
 
 
 
 
 
『ダ・ヴィンチBCCKS』では、書き下ろし
小説の他、ダ・ヴィンチより刊行されている
書籍の「試し読み」もどんどん更新されて
いきます。
今後もお楽しみに!