吉野北高校図書委員会  |  davinci

 
 

 

Nagisa Yamamoto

吉野北高校図書委員会

 
MF文庫ダ・ヴィンチ ためし読み

山本 渚

 

男友達の大地と大好きな後輩がつきあいだした。彼女なんてつくらないって言ってたのに――。ふたりに接するうち、大地への微妙な想いに気づいてしまったかずら。一方、藤枝は自分の気持ちにふたをするかずらへの一途な想いともどかしさを抑えきれず……。

※実際の書籍は縦書きです。横書きではありません。
BCCKSためし用にデザインを変更しております。

吉野北高校図書委員会

 
 
山本 渚

 
 
Nagisa Yamamoto

メディアファクトリー
MF文庫ダ・ヴィンチ

第3回ダ・ヴィンチ文学賞
編集長特別賞受賞作

 
 
 
 

 













1.宵待ち草

「同じ組の俺が来とるのにー。お前何しよったん?」
 癒されるなーとにんまりした瞬間、低いだみ声がそれに横槍を入れた。同じクラスの藤枝高広だ。さらに藤枝は、
「どうせまた、誰かと喋っとったんちゃうん」
 と、ははんと笑った。こいつはいつもわざとこういう嫌味っぽい言い方をする。これさえなければいい奴なのに、素直じゃないのだ。だから、つい私も言い返してしまう。
「うるさいなー。何でもいいやろ? ちゃんと始まる前に来たんやけん」
「ふたりとも」
 私と藤枝が言い合っていると、ワンちゃんが小声でそう言ってつんつんと自分の隣を指差した。
 ワンちゃんは、岸本一という。名前が一と書いて「はじめ」だから私たちはワンちゃんと呼んでいる。図書委員長である彼の貫禄はどっしりした外見だけのものではない。いつも穏やかで落ち着いた性格、冷静にかつ客観的に物事を見る目はもはや高校生の域を超えていると私は思う。
「あっ……ごめん。それ、あゆみ? 寝とるん?」

 

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 雨上がりの微妙な湿気が残る六月の外通路を通って、自転車置き場をぬける。重い鉄製の引き戸をがらがらと無理やりのように開けて中に入ると、急に空気がひんやりする。
 うちの高校の図書館は校舎とは別館になっていて、それがちょっとした離れみたいで、文学的な感じがする。校内で私が一番好きな場所だ。
 毎日のように通っていても、この感じが好きだ。来るたびにそう思っている気がするなあと思いながら古い紙のにおいと、少しだけかび臭い空気を胸いっぱいに吸い込む。
「こんにちわー」
 司書室のドアを開けて挨拶をすると、
「あら、川本さん。遅かったのねー。いつも一番乗りなのに」
 司書の牧田先生がそう言って、ふわりと笑った。くるんとした髪をやわらかくまとめた髪型も、優しい声も、いつも私をほわんとさせる。多分、二十代後半から三十代前半だと思われるのに、私より絶対可愛い。

「ほれがねえ……」
 牧田先生が首を横に振って何か言いかけたとき、当の本人ががばっと起きた。
「あっ……かず先輩? 私寝とった、ですか?」
 私を見てそう言ったあゆみに頷くと、
「うぅ……すいません。寝るつもりはなかったんやけど」
 あゆみはそう言って恥ずかしそうに頬を押さえている。
 ほんとうに、どうして牧田先生といいあゆみといい、私と違ってこんなにも女らしいんだろう。じっとあゆみを観察する。
 肩まで伸びた細くて柔らかそうな髪、白い肌、ほんのり赤い頬。うーん、可愛い……。
 女の私でも見ていてちょっと嬉しくなる。けれど、あゆみは見た目以上に中身が可愛いのだ。穏やかで、ちょっとひかえめで、すぐ恥じらう。仕草にもそれが表れていて、今みたいに恥ずかしそうに頬を押さえるところとか、いつもニコニコして人の話を聞いているいるところとか。ちょっとした動きとか、話し方とか。そういうの全部が女の子

 

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 机に突っ伏した格好でじっとしているあゆみに気付いて私は慌てて声を落とした。
「今日の一番乗りは上森さんだったのよー」
 牧田先生の言葉にワンちゃんが頷いた。
「僕が来たときにはもう来とった」
「そん時から?」
 私がそう聞くと、ワンちゃんはうんと頷いた。二重あごとがっちりした肩がゆれる。
「なんかねー、昨日眠れなかったんですって」
 牧田先生がそう言った。その視線があゆみの手元を見ているのに気付いて、私はそこに放りだされている本を見た。赤と緑の上下巻。私の大好きな本。
「ノルウェイの森?」
「そ、読んでたんやって」
 牧田先生が言った。なるほどと思う。私も何度も読んだ。読み返すたび、うっとりする。
「ハマったっていうことやな。私も大好き。ここで去年借りて……」

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らしくて全然がさつさがないのだ。同じ高校生女子なのにこの違いはなんなんだろう。
 私は「しっかりしてる」とか「ちゃんとしてる」と言われることはあっても、「可愛い」と言われることはあまりないので、あゆみや牧田先生の可愛らしさに触れるたび「ちぇっ、いいなあ」と思ってしまう。

「あっ、もう始めるんですか?」
 まだ顔を赤くしたままであゆみが言った。私はちらりとワンちゃんを見る。私も藤枝もあゆみも図書委員なのだ。図書委員長であるワンちゃんの指示を待つ。
「うーん……ほんまはもう時間なんやけどなあ。まだ来とらんクラスがあるけん、もちょっと待つ」
 腕時計を見ながらワンちゃんがそう言った。今日は全クラスの図書委員を集めて会議をする予定になっている。
「藤枝、向こうにそう言うてきてくれる?」
「なんで俺が? 副委員長はお前だろー。俺は書記」
 私が図書室を指差して言うと、藤枝がにっと笑いながら

言う。何にでも一応反論するのが藤枝なのだ。
「お前が行かんなら、僕が行く。こういうんは男が言うたほうがええけん」
 ワンちゃんがそう言って立ち上がろうとすると、藤枝はさっと立ち上がってワンちゃんを制した。
「ええよ、ワンちゃん。……貸し、一個な」
 私に向き直って、わざわざそうつけ足すところが腹立たしい。
「うるさいな。さくさく行けっ」
 司書室と、図書室をつなぐドアをばたんと開け、藤枝がカウンターの方に出て行く。
 この司書室は図書委員の控え室と兼用になっている。ガラス張りでこちらから図書室内の様子がよく見えるようにできているし、藤枝が出て行ったドアが図書室内のカウンターにつながっているのだ。この司書室に自由に出入りできることが図書委員の特権のひとつでもある。
「で、どしたん? 眠れんかったんやって?」
 私がそう言うとあゆみが、はあああ、とため息をつい

 

 そう言った私の横で、ワンちゃんもうんうんと頷いている。
「そうでしょうか……」
「そうそう。あいつ、あゆみが読むと思とらんかったんちゃう? あゆみほやって言うた?」
 あゆみが首を横に振った。
「ほらー。多分、分かってないと思うよ? あいつ鈍いけん」
 またしても私の横でワンちゃんがうんうんと深く頷いた。そんなワンちゃんと私の顔を交互にみて、あゆみはやっと笑顔になった。
「ありがとうございます。かず先輩! 岸本先輩も。今度、聞いてみます」
 えへっと笑った顔が小動物ぽくて、つい撫でたくなる。
 四月に初めてあゆみと話したときすごく嬉しかったのを覚えている。可愛くて、でもしっかりしていて……ちょっと話しただけで、後輩にこんな子が入ってきてよかったなぁと思った。でもあゆみは特に本に興味があるような感じでもなかったから、そのうち図書館に来なくなったらどうしよう……と内心はらはらしていた。前年度委員長の本田先輩にも、

た。
「そうなんです。大地先輩がこの本が好きって言うたから読んでみようと思ったんですけど……なんか、むずかしくって……」
 そういうことか……。私はため息をついた。
「あゆみ……こういう小説自体初めて読むんちゃうん?」
 私がそう聞くと、あゆみは恥ずかしそうにこくんと頷いた。私は心の中で、大地よ……と突っ込む。あいつ、絶対、何も考えずに言うたに違いない。
「あゆみー。確かにこれすっごいエエよ。けどなあ、小説を初めて読むん
だったらもっと短いんから始めたほうがええよ。慣れもあるしなあ……」
 私がそう言うとあゆみは、はあとため息をついた。
「私、アホなんかなあ……。大地先輩に嫌われたらどうしよう」
「いや、いや、そんなんで彼女のこと嫌いにならんよー。今度は、初めて読むにはどれがお勧めですかって聞いてみ? 喜んで教えてくれるって」

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「後輩をちゃんと育てるんが大事やけん。図書委員の面白さみたいなん分かってもらうように努力せんとあかんよ。特に女子の後輩は川本がひっぱらな。岸本、武市はそのあたりちょっと弱そうやけんなぁ。俺も人のこと言えんけどな」
 と言われていた。だから、毎日のようにあゆみが図書館に立ち寄ってくれることが嬉しかった。今になって思えば大地のことが好きだったから来てくれてたんだろうけど。それでもやっぱりあゆみが図書館にきてくれて嬉しいと思う。だから、どんな理由でもいいから本を好きになってくれたら嬉しい。もっと図書館を好きになって、あゆみに来年も残って欲しいと思う。私にとってあゆみは、私たちがいなくなった後の図書委員を託したいと思う後輩の一人なのだ。

「あっ、うちのクラスの子ぉ来とる。私、ちょっと向こう行ってきます」
 そう言って、ぺこっと頭を下げ、あゆみはカウンターへ

のドアを開けていく。入れ違うように藤枝が入って来た。
「大体そろた。まだ来てないんは、一年の一組と二年の大地んとこ、七組か。要するに特別進学クラスだけ。補習が長引いとんちゃう?」
 うちの高校は一学年十四クラスで構成されている。そのなかでどの学年も一組と、七組は特別進学クラスになっている。本人の希望と、成績によって編成されたこのクラスは、他のクラスと比べて毎年かなりの進学率を誇る。委員長のワンちゃんと、もう一人の副委員長武市大地は、そのクラスに属しているのだ。
 口では文句を言っても、藤枝はちゃんと委員たちの出欠の確認までしてくれたらしい。
「ありがとう。……使えるやん」
「偉そうやな。貸し二個。五個までたまったらマクド。十個で映画な」
「あほか」
 ニヤニヤ笑って言う藤枝にわざと突き放すように言ってやった。藤枝はこたえた様子もなく、かっかっかと笑って

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「ええと、最近ちゃんと図書当番に来ない人が多いので、一部の人に非常に負担がかかっています。何より司書の牧田先生に一番迷惑をかけているので、週一回の当番には必ず来てください」
 隣でワンちゃんが声を張り上げている。つまり今日は、最近図書当番に来ない委員が続出したために開いた緊急の委員会なのである。
 図書当番とは、昼休みか放課後、だいたい週に一、二回のローテーションで、生徒への貸し出しや、返却を行う当番のことで、これが図書委員の役割の八割を占めていると言える。よってこれに来ないということは図書委員の仕事の八割をサボっているということになる。
 理由はなんとなく分かっている。例えば私やワンちゃんなんかは立候補して図書委員になった。本が好きで、委員にならなくてもしょっちゅう図書館に来るだろうし、どうせなら委員になって新刊の情報をもらったり、読みたい本を頼んで入れてもらったりできるほうが得なのだ。そういう人と、ぼおっとしているうちに、もしくは他の委員から

いる。
「ほな、そろそろ始めよか。川本さん行こか」
「うん」
 私は頷いて図書室内に続くドアに向かった。

 吉野北高校は徳島県徳島市にある進学校だ。同じようなランクの高校が市内に北高を含めて、吉野南高、吉野東高、吉野中高、徳島第一高と五つある。その中でもっともくそまじめな校風を持つのが我が北高だと私は思う。
 各学年二クラスの特別進学クラスを持ち、朝は始業の三十分前から全クラスが朝補習を行うが、特別進学クラスはそれに加えて放課後三十分の補習時間がある。なので、北高では部活も委員会も、授業が終わってから三十分後に開始となる。もしくは補習のない木曜日に行うかどちらかである。図書委員もいつもは木曜日に委員会を開くことにしている。
 しかし、今日は火曜日である。緊急の招集なので、木曜日に設定することができなかったのだ。

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