はじめての お葬式  |  davinci

はじめての
お葬式

 
Ayako Miyagi

 

読み切りアンソロジー

 
宮木あや子

 
 
 

 
 
 
 
セレモニー黒真珠 サイドストーリー

 
 
 

  
 
 
 
宮木あや子

 
は じ め て の お 葬 式

読み切りアンソロジー

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
   
 
 
Ayako Miyagi

好きって気がついたけど、村崎くんは遠くに行ってしまった。東京よりも、外国よりも、もっと遠くに。

 

 東京の人は、薄く積もった雪がどれだけ怖いかを判っていない。雪国だったら絶対に、雪が降ったら車のタイヤはスタッドレスに替えるか、チェーンを巻く。そういう習慣が、雪の降る地域に生まれた人だったら染み付いている。
 村崎がお父さんの仕事の都合で東京に転校になる、という話を聞いたとき、私は十四歳にして初めての失恋をした。そして翌年一月四日。二度目の失恋をした。
 八月に東京に越していって、まだ半年も経ってないのに、村崎はもうこの世の人ではなくなってしまったという。学級委員の猿山から電話がかかってきてその事実を聞いたとき私は、何故か夏休みの暑い日に補習を受けていた教室から、小さなボールを追い駆ける村崎の姿を見ていたことを思い出し、こういうときって涙が出ないんだ、と思った。
「鳥居、村崎と仲良かったでしょ。今週末お葬式だって。私と竹山はクラス代表して行くことになってるんだけど、鳥居も行く?」

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

はじめての
お葬式

 

「村崎が東京で車に跳ねられて死んだんだって。お葬式に行きたいの」
 私の言葉にお母さんはぎょっとした様子で、えっ、と尋ね返した。
「村崎って、あの野球部の村崎君?」
「そう」
「車に跳ねられたって?」
「東京の人は雪の日でもスタッドレスで走らない」
「……タイヤの替え方も知らないらしいよね、向こうの人は」
 お母さんはそこからも何か言いたそうだったが、俯いた私に、電話の下にある引出しから、一万円札を三枚出して渡してくれた。
「これで精一杯だから、あとはあんたのお小遣いでなんとかしな」
 正直これで足りるかは判らないけど、私はありがとう、と答えた。

 私と竹山の交通費は先生が出してくれるんだけど、鳥居は実費になっちゃうけど、と猿山は申し訳なさそうに付け加える。竹山なんて別に村崎と仲良くなかったじゃない。学級委員だからって、そんな優遇ありなの? いつもの私だったらそう抗議していたと思う、けれど、私は「行く」とだけ答えて猿山からの電話を切った。
 うちの中学は野球が弱い。そりゃもう弱い。同じ県内でもうちは豪雪地帯のため、冬になると校庭での練習ができなくなるからだ、と村崎は言っていたが、同じように校庭で練習ができなくなるサッカー部は強かったので、野球部が弱いのは彼らの甘えだと思っていた。実際村崎にもそう言ってみたことがある。そうだなー、甘えかもなー。村崎は悪びれずに笑って、とってつけたように進路の話へと変えたのだった。
 夜、帰ってきたお母さんに「お金ちょうだい」と頼んだ。いやな顔をして、どうして、と尋ねるお母さんに、私は答える。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

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お葬式

 

 お小遣いは、楽器の管理で使ってしまっていた。吹奏楽部の楽器は、コンバスやドラムなど持ち運びのできない大きな楽器以外、だいたいの子が自前で買っている。私もトランペットを一年生のときに買ってもらっていた。しかしこの楽器は手入れにとてもお金がかかる。オイルやクリーナーを付けて磨けばクロスはすぐボロボロになるし、クリーナーも二ヶ月に一度は買わないとならない。中学生のお小遣いなどすぐになくなってしまう。磨きすぎだとか潔癖だとか言われるけれど、それでも足りないくらいだった。
 中学校に入ってすぐ、愛しのトランペットを買ってもらい、早く上手になりたかった私は家から自転車で三十分走ったところにある河原で、部活練習のない火曜日と木曜日は毎日練習をしていた。タンギングの練習には「笑点」のオープニング曲が良い、という本当だか嘘だか判らない先輩の教えに従って、私は河原で何度も「笑点」を吹いていた。飽きてくると、「天空の城ラピュタ」でパズーの吹

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

いていた曲を吹く。
 夕暮れ時、パズーになりきって黄金のラッパを吹いていたら、声をかけてきたのが村崎だった。
「鳩は? 鳩は飛ばないの!?」
 同じクラスでもそれまで特に話したことはなかったのに、練習着姿の村崎はまるで気にせずに土手を滑り降りてきて、鳩は、と繰り返した。私は戸惑いつつも、鳩飛べ、と念じながらもう一度同じ曲を最初から吹き始めた。すると、何かの手品のように近くの送電線に止まっていたらしい鳩が何十羽も、一斉に飛び立ったのだ。
「スッゲー鳥居。さすが鳥イ」
 鳩の姿が見えなくなってから、私は楽器からマウスピースを外した。本体を振って管に溜まった唾を地面に落としてから、何してるの、と村崎に尋ねた。
「練習で走ってたんだけど、なんか皆途中で家帰っちゃったみたいで俺だけ一人になってたんだよね」
「それって苛められてんじゃないの?」

 私の練習などお構いなしに、村崎は河原を滑り降りてきて私に要求する。私はマウスピースから唇を離し、言った。
「……あんときはまぐれだったんだよ」
「いいじゃん、吹いてよ。じゃないと座布団取りあげるよ。山田君っ」
 座布団ないし。というツッコミよりも前に村崎は、早く、と急かす。私は仕方なく、というそぶりで、内心嬉しくてたまらなかったのだけど、渋々とパズーのラッパを吹き始めた。
 鳩が、群をなして茜色の空を飛んでゆく。

「降りるよ、鳥居」
 猿山の声で、新幹線が東京に着いたことに気付いた。村崎が引っ越しをすると知ったとき、異国のように遠いと思った東京には、初めて乗った新幹線が二時間と少しで連れて来てくれた。こんなに近かったんだ。私は東京駅の

 

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お葬式

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

「男子はそんな女子みたいに陰険なことしません」
「女子だってそんなくだらないことしません」
 その日から、私は火曜木曜の河原練習に不純な動機が混じった。実は中学に入学したときから私は、村崎のことが好きだなあ、と思っていた。私は致命的に運動神経が悪い。けれど、野球部の男の子たちは、特に村崎は本当に野球を愛していて、白いボールが大好きで、野球をしているとき、ボールを追っかけてるときが本当に幸せそうで、見ていると嬉しくなるのだ。練習の合間に村崎を見ていて感じるその嬉しいという気持ちが、「好き」なんだと気付くまで、そんなに時間はかからなかった。
 夕方五時半まで河原で練習して、ときには六時まで延長して、家へ帰ってご飯の支度をする。
 二週間後、再び村崎が一人で走ってきた。私は足音で気付いていたけれど、気付いていないふりをして練習曲(笑点)を吹いていた。
「鳩飛ばしてよ、鳩」

いた。私たちの紺色の制服とは違う、灰色の制服を着た中学生たちが大勢いた。みんな御通夜にふさわしい神妙な表情をしている。中には、泣いている子もいた。その向こうに、白い花に埋め尽くされた祭壇。そして坊主頭の村崎のバカみたいな笑顔。
「村崎〜……」
 私が泣き出す前に、竹山が泣き出した。つられて猿山も泣き出した。私は泣き出すタイミングを逸した。バカみたいな笑顔の村崎の遺影をただ見つめ、その笑顔をもう永遠に見ることができないのだと思っても、くらくらと眩暈がするだけで涙は出なかった。既に読経は始まっていて、焼香の列ができている。私たちもその後尾に並ぶ。会場の中では黒いスーツ姿の、たぶん葬儀屋の人が静かな声で案内をしていた。うしろに髪をひっ詰めて、お化粧はしているんだろうけど、血の気のない白い顔をした女の人だった。私は泣いている二人のあとに並び、その女の人を見ていた。

ホームで、何度か足踏みする。既に夕方の東京駅。村崎もきっと、このホームに降りたんだ、と思って私はその靴の裏の感触を忘れないようにした。
 悪の組織が蔓延る近未来の秘密基地のような東京駅構内は、目が回りそうなほど広かった。どこをどう通ったのか定かではないが、そこから黄色い電車に乗り換える。外に既に雪はなく、寒々しい灰色の空と、比較的低い建物が群生しているのが窓から見える。うしろへ流れてゆく。黒いネクタイを締めた喪服姿の先生も、猿山も、いつもはちょっと黙れと言いたくなるほど騒がしい竹山も、無言だった。
 電車を降り、地図を持った先生のうしろについて、斎場へ向かう。灰色の壁がまだ新しそうな建物の前にはいくつか家名の入った看板が出ており、その中に、村崎家、という看板も出ていた。先生は私たちを代表して、受付で香典の入った袋を渡す。会場の中には、見知らぬ人がたくさん

 

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を掴み、立ち上がらせる。よろよろと立ち上がり、私は猿山の手を解いた。
 ……あんたたちって、やっぱり付き合ってたの?
 猿山の問いに答えないまま、私は先生たちから離れて会場を出た。うしろから猿山の声が聞こえたけど、無視して階段を駆け下り、建物の外に出た。

 鳥居ってお父さんいないんだよね。
 村崎は何の他意もない様子で、確認するように尋ねた。鳩が飛んだあとだった。
 うん。私が生まれる前に死んじゃったから、お父さんも私の顔を知らない。
 楽器をケースに収め、河原に座り込んで私が答えると、神妙な顔をした村崎も座った。ちぎった草みたいな汗のにおいがした。
 なんで吹奏楽部に入ったの?
 パズーのラッパが吹きたかったから。

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 焼香の順番が近づいてくる。女の人は私の視線に気付いたのか、目が合った。睫毛を伏せ、目礼を送られる。そのしぐさがあまりに美しかったため、私の背筋が一瞬震えた。
 先生の見よう見真似で、焼香の箱の中に指を突っ込んだ途端、膝が折れた。
 台の縁を指で掴み、私はしゃがみ込む。
「鳥居?」
 猿山が振り返って慌てた様子で私のところに駆け戻ってくる。
「ううぅー……」
 肩が震え、噎せたように息が苦しかった。頭の上を鳩が飛んでゆく。村崎。村崎。バカみたいに笑ってないで早く戻ってきて河原を走ってよ。私に鳩飛ばしてって頼んでよ。
 猿山が、列が詰まっちゃうから行こう、と言って私の腕

 吹奏楽部はパートごとに放課後の教室に分かれて練習する。私たちトランペットは校舎三階の校庭に面した教室を使っているので、運動部の練習風景を眺めることができた。私が休憩ごとに村崎の姿を追っているというのは、同じパートの子たちにバレることはなかったが、誰が目当てなのかおしえてよ、と迫られることはしばしばあった。私はサッカー部の○○君。私は陸上部の○○先輩。同級生はそれぞれ秘密を共有しようとしてくれたけれど、どうにも恥ずかしくて私はだめだった。村崎、って言ったとき、誰か他の子も村崎のことが好きだったらどうしようとか、村崎のどこが良いの、とバカにされたら、などとぐるぐると考え、私男の子好きになれないんだよね、と嘘をついたこともある。そのあとしばらく女の友達に距離を置かれた。
 母親というのは普段そんなに接していなくても鋭いもので、河原で村崎に会えた日には、何か良いことがあったの?と私に尋ねた。顔に出てたのかもしれない。河原で村崎に四回遭遇したあと、私はお母さんに、気になる男子が

 私が答えると、今度は笑った。まだらに日焼けした顔に、白い歯だけが浮いていて滑稽だった。だけど、私はその笑顔が大好きだ。八重歯が一本だけにゅっと出ているのも好きだ。昔転んだとき、八重歯が上唇に突き刺さって穴が開いた、という話をクラスでしていたのを聞いた。よく探すと、上唇の左側に傷が残っている。
 村崎は野球好きなんだよね。
 好きっていうか、野球は俺のタマシイだな。球だけにな。
 自分で言ってから一人でケタケタと村崎は笑った。私と村崎は違う小学校出身だ。私の家は比較的平地にあるが、村崎の学区は山にある。彼らは山を下って中学校に来る。平均登校時間は五十分だと聞いた。そのせいなのか何なのか、村崎の出身小学校の男の子たちは運動部が多く、しかも足が速く体力もあるので一年のうちからレギュラーメンバーに加えられていた。村崎も夏の大会からレギュラーになっている。ポジションはサード。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

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