ツクツク図書館  |  davinci

ツクツク図書館

「今にして思えば、あんたがここでもらしたのも運命だったのかもしれない」
「そうなんですか?」
 男がもらしたその部屋は《おもらしの短編小説の部屋》といった。単におもらしがテーマの小説があるだけではない。この部屋にはバケツもあれば、替えのパンツも揃っている。世界中の図書館を探しまわっても、ここほどおもらしに向いた図書館はないだろう。
「ズボン乾いたら、帰りな」
「帰れません」
「なんで」
「だって、まだ本を読んでないです」
「おもらしの小説読めばいいじゃん」
「それ、ためになりますか?」
「絶対ならないね」
「じゃあ帰れません。本も読まずに帰って『ただいま。おもらししました』なんて言ったら絶対クビです」
「言わなきゃいいじゃん」

「なんで戻ってくるの!」
「お姉さん、あの」
「だからトイレはあっち!」
「あ、はい」
 と、慌ててドアに向かう男。女がその背中を見て「はあっ」とため息をつこうとしたら、つけなかった。代わりに息をのんだ。男のズボンに、さっきまでなかった模様があった。見てしまった。おしりのところにじんわりと染みができて、びちょびちょなズボンを見てしまった。
  ガチャリ
「あれ?」
 またも舞い戻ってきた男に、女はもうしゃべらなかった。
 あごを器用に動かして、とても口にはできない罵詈雑言を浴びせかけたのだった。
「ちゃんと拭くんだよ」
「はい」 
 男はバケツ片手に、汚した床を拭いていた。 

 
 

 と同時に、別にクビでもいいけどね、と思う。
 女は続ける。
「だいたいあんた、どんな仕事してるわけ?」
「ねじですけど」
「ねじ?」
「はい。くぎじゃなくて、ねじです」
 と、男はうれしそうに言った。
「僕のネジは良いねじです。前はくぎだったんですけど、出世してねじになりました。僕のねじ、好評です。ねじれ具合がとってもいいんです」
「ねじ」
「すごくねじれてます」
「ねえ、あんたさ」
「なんですか」
「やっぱりこの部屋でもらしたの、確実に運命だわ」
「え?」
 女は男を無視して立ち上がった。そして部屋に備え付けてある棚に向かう。この棚には替えのパンツがたくさん入

っている。
「ぼく、もうパンツもらいましたけど」
「パンツじゃないの」
 と、棚の奥に顔をつっこむ女。そしてパンツをあらかたどけて「あった」とつぶやく。
「なんですか?」
「ここ、見てごらん」
「わ、これ…」
 男が覗いたそこには「隠し部屋」があった。《おもらしの短編小説の部屋》の隅には小さな小さな隠し部屋がある。その扉を開けると、中にはもっと小さな豆本が並んでいる。
「この部屋の名前はね」
 と、女が続ける。
「《ねじの部屋》です」

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ツクツク図書館

 

「…というわけですよ。館長」
「すごいじゃないですか。本の貸出なんて、もう何年もなかったことですよ」
「じゃあボーナスでもくださいよ」
「ボーナスは無理ですが」
  と、館長は笑って続ける。
「ご褒美に好きなだけ本を読んでかまいませんよ?」
「それ仕事じゃないですか」
 女はその日《おもらしの短編小説の部屋》で一冊のおもらし本をぱらぱらとめくった。おしっこを我慢するようすが延々書かれていた。退屈だった。ねじの小説もぺらりとめくってみた。もっと退屈だった。
  この図書館にはとにかくさまざまな部屋がある。ドアを開ければ開けるだけ、新しい部屋が現われる。そしてそれぞれの部屋がそれぞれの本を抱えている。でもどんなに本があっても、おもしろい本だけは一冊もない。
「館長ー」
と、女は力ない声をあげた。

    



            ⊿

         本日の貸出
 
         『僕とねじ』
         『僕のねじ』
         『僕がねじ』  

        以上、主要三部作。

            ⊿

   
   




   続きは単行本
   『ツクツク図書館』でお楽しみください。


   次ページより、WEB限定著者インタビュー掲載!

「なんです」
「もう、いやだ」
「え?」
「もう、こんな図書館いやだ」
「あはは」
「いや、あははじゃなくて」

 

ツクツク図書館

――中学や高校の時から、小説は書かれていたんですね。「書こう」と思ったきっかけは、なんだったのでしょう。

キ:へんな言い方ですけど、“消去法”です。
 多分わたしが人にかまってもらえたのって、何かを書いていたときだけなんです。逆に言うと、おもしろいものさえ書けば誰かに相手してもらえるわけで。それで消去法的に、書くようになりました。

――消去法、ですか。

キ:わたし、いろんなことがちゃんとできないんです。
 今だって友達とか全然いない。
 携帯に5人くらいしか入ってない。
 けど高校のころに演劇をやったら、知らないひとが「おもしろかったよ」って声かけてくれたんです。そのときが、なんか一番楽しかった。

 

ツクツク図書館

――つまらない本しか置いてない、ツクツク図書館。
ユニークな設定ですが、構想はどこから?

紺野キリフキさん(以下、キ):
“誰にも読まれない本”っていうものに、すごくこだわりがあったんです。
 今って、ブログもあるし、文章を書いたらよそ様が読んでくれるのが当たり前じゃないですか。
 でも、自分が中学校とか高校のころなんて、「あいつ小説書いてるらしいぜ」なんてバレたら、もういじめの対象です。
 だから今でも、「わたしの書いたものなんて、どうせ誰も読まない」っていう気持ちが根強い。
 そんな中で、“つまらない本を集めた図書館”という設定が、自然と生まれてきたんです。

――それが、小学館文庫大賞の佳作を受賞された、『キリハラキリコ』ですね。サイトは今も続けているんですか?

キ:やってないです。でも、個人サイト時代に読んでくれたひとへの感謝は、今でも、ものすごおく強いです。
 よく自分みたいな素人の文章を読んでくれたなあって。
 あのころ、ほんとにうれしかったんです、誰かに読んでもらえるってことが。

――そういう気持ちも、『ツクツク図書館』が生まれたきっかけのひとつなんでしょうか。
 そして今、デビューされて2作目が刊行されるわけですが、どんなひとたちに読んでもらいたいですか?

キ:そういうのほんとにわかんないんです。
  というか、いっつも自分のお話を誰が読んでくれるのかわからないです。
 でもあえて言うなら、普段あんまり本読まないひとに読

――じゃあ、最初に「書いた」のは演劇の脚本だったんですね。大学時代も、演劇サークルに所属されていたとか。

キ:そうですね。ただ、その、あれです。
 一度「通行人A」として舞台を通行しただけです。 全然活動してません。

――この『ツクツク図書館』も、いわゆる“小説”とはちょっと雰囲気がちがいますよね。かといって連作短編っていうのともちがいますし。戯曲っぽいというか。

キ:もともと短編が好きなんです。
 新人賞に応募したかったんですけど、あれって200枚とか書かないとだめですよね。でも長い話を書ける気しなくて。だから最初は、サイトをつくって、短い話を毎日載せてました。
 で、数がたまったころに「これだけあれば応募できるかな」と投稿したんです。

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――思いついたときに、メモをしたり?

キ:ネタ帳とか、そういうのは一切持ってません。全然続かないんです。
 前一回つくったときなんかは、電車で鞄ごとなくしちゃいました。

――『キリハラキリコ』、『ツクツク図書館』、そしてお名前の紺野“キリフキ”さん……。カタカナには、なにかこだわりが?

キ:あのう、昔中学校の文集で、全員のあだ名を載せるっていう企画があったんですよ。でもわたしだけ、あだ名がなくて。

 

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んでほしいです。
 あと、人生に希望がないひととか、何をやってもダメなひととか、自殺する勇気はないけど、もう死んだ方がいいんじゃねえかな俺、って思ってるようなひとに。
 わたしは毎日そう思ってます。

――落ち込んでるとき、読むと元気が出そうですよね。
会話や、キャラクターに笑わされてしまうことも多いです。それに、ネーミングもかわいい。いったい、どこからつけてるんですか?

キ:かわいくはないです。なぜならわたしは硬派だからです。以上です。

――そ、そうですか。

キ:でもだいたい全部、思いつきです。その場でぱっと思いつく感じ。

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――ひとりだけ?

キ:そう。それで、ひとりだけ名字をカタカナで載せられたんですね。
 みんな「はるちゃん」とか「よっぴー」とかなのに、わたしだけカタカナ。
 すごく無機物っぽかった。
 その日から、わたしのカタカナライフが始まりました。

――では最後に、今後のご予定を教えていただけますか?

キ:ふたつ考えてるんですけど、ひとつはリアルっぽいお話です。たぶん受験生を中心にした長編を書くことになると思います。思春期全開な感じでいきます。
 もうひとつは、自由に適当に、シュールな短編を書き続けていくつもりです。

――お話、ありがとうございました。