木の斧  |  davinci

 

Masuda Miri

益田ミリ

 
 
 

読み切り連載シリーズ 4

木の斧

 

  


Masuda Miri

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

第1回を読む

WEBでしか読めない、益田ミリの連載シリーズ!

第1回 『バリケン』
第2回 『渡良瀬橋』
第3回 『ニリンソウ』
第4回 『木の斧』

 
木の斧

 



益田ミリ

 
 

 

木の斧

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

 
 
 
 
 
 

落としたのは金の斧? 銀の斧?
お見合いパーティで知り合った梨花と遠野は、
ふたりで映画を観にいくことにしたが・・・・・・

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 お見合いパーティにはひとりで参加するに限る。
 32年間生きてきて得た、あたしのささやかな教訓のひとつだ。
 最初の頃は、よく友達の奈緒と連れ立って参加していたけれど、でも、今はひとり。そのほうが断然、気楽だからだ。
 友達と一緒に参加して、どちらもカップルになれた日は良い。どちらもカップルになれなかった日も、まぁ、良い。問題はどちらかひとりだけがカップルになってしまった日。これは当たりまえだけど、非常に気まずい。
「ぜんぜん気にしないで。いいから、いいから、ご飯行っておいでよ」
 などと言い残し、ひとり会場から帰っていく淋しさ? いや、恥ずかしさ? いや、屈辱感を互いに経験しあい、友情維持のため、あたしたちはお見合いパーティから遠のいていったのだった。

木の斧

 

 だけど、半年ほど前から、あたしひとりだけが復帰した。奈緒の結婚が決まったのだ。結局、彼女は「腐れ縁」という幼馴染みともうすぐ挙式である。
 あたしには幼馴染みの男などひとりもいないし、職場はすでに既婚者ばかり。仕事帰り、本屋での偶然の出会いなんか待っていたら恋人などいつできるかわからないわけで、こうなると誰かの紹介でしかご縁もない。
 お見合いパーティにひとりで行くのは慣れてくればさほど抵抗もない。今のところ、週末、月に2~3回参加するのがペースになっているけれど、このことは一緒に住んでいる家族にも秘密にしていて、奈緒にもなんとなく報告してない。抵抗がないと言ってもやっぱり照れくさいので。

梅雨というのに、このところ晴天つづきだ。
 自転車をゆっくりと漕いで駅に向かう。
 お見合いパーティで知り合った3つ年上の男と、今日は

 

木の斧

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

これから映画を観る約束をしているのだ。
電車を2回乗り換え、土曜日の新宿へ。改札でもみくちゃになりながら地上に出れば、さらにすごい人だった。新宿だけでもこんなに大勢の人間がいるのだから、あたしにぴったり合う男には、まだまだどこかで出会えないでいるという気がしてくる。
 待ち合せの映画館には10分前に到着した。遠野さんはまだ来ていなかった。
 彼の名字は遠野という。
 5分ほど遅れて、遠野さんがやって来た。
「おまたせしました」
 ああ、そうだ、こういう顔だった。
 遠野さんに会うたびに毎回そう思う。よく日焼けしているものの、のっぺりと薄い顔である。家族全員が彫りの深い濃厚な顔立ち、という筋金入りのあたしとは対照的だ。

 そういえば、あたしと、父と母と3人で外を歩いていたとき、知らない小学生たちに「ハロー」と声をかけられたことがあった。われわれ一家は、どこの国の人と勘違いされていたのだろう?
 遠野さんがふたりぶんのチケットを買い、薄い顔と濃い顔のあたしたちは、並んで「スパイダーマン3」を観た。

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 

お見合いパーティにもいろいろある。
 レンタル会議室に花を飾っただけのそっけない会場で行われるものもあれば、オシャレなダイニングバーを貸し切って行われるものもある。もちろん条件もいろいろ。男性は医者か弁護士とか、年収1千万円以上とか、男女とも年収600万円以上とか。ただし、どのお見合いパーティに参加しても、進行の仕方には大きな違いがないのではないかと思っている。あたしの経験で語るなら、参加している男女が、ひとりずつ全員と話しができるようになっていて、話す時間は、ひとりにつき2分とか3分。40~50人ほどの参加人数を考えると、まぁ、そんなものなのだろう。進行役の司会者の合図に合わせて、次から次へと目の前の席に現れる相手と、限られた時間内でのおしゃべり。
 職業と家族構成と、ほんの少し趣味の話をすれば時間切れ。小学校のおたのしみ会でやった「フルーツバスケット」みたいに、慌ただしく席代えだ。ひととおり全員と

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

話した後に、だいたいフリートークの時間が設けられている。
 遠野さんと出会った時のパーティで、カップルが成立したのは50人中8組だった。そのうちのひと組があたしたちだ。ちなみに、参加条件は「30代男女」というかなり緩めのパーティ。
 実をいうと、あたしは遠野という名字が気に入って、つい、フリートーク希望カードに彼の名前を記入してしまったのである。このカードを司会者に渡せば、自分が指名した相手と、数分間だけ、ふたりで話せる段取りをつけてもらえるのだ。
 名字で相手を選ぶなんて、正直、はじめてだった。お見合いパーティで次々に目の前にまわってくる男たち。押さえておきたいポイントは山ほどあるわけで、名字の好き嫌いなど、最後の最後のこれまた最後である。
 それなのに、あたしは彼の左胸についていた名札の「遠

野」という文字に引き付けられてしまったのだ。
 もともと、あたしは名字がどうこうというより、結婚なんかしなけりゃしないでいいって思っている。面倒くさそうだから。じゃあ、なんでお見合いパーティなんだって言われれば、単純に恋人が欲しいからである。
 ふたりで仲良くご飯を食べたり、ドライブを楽しんだり。恋人がいればクリスマスだってどーんとかまえていられるもの。もちろん、そういうことだけじゃなくて、恋をして、ひとりの人を大切に思いたい気持ちが一番。軽いノリは嫌だし、付き合うって決めたら真面目に付き合いたい。だから会員制の結婚相談所が主催するお見合いパーティを選んでいるのだ。結婚相談所に登録しておいて、あたしゃ結婚しない主義です、なんて言うのは筋違いだって思うから、じゃあ結婚でもいいかなって。あたしの「結婚」の願望はこの程度だったりする。本当に欲しいのは、愛する生身の男だけなのだ。

「梨花さん、このあと、どこか行きたいとこありますか?」
 いまひとつモテなさそうな風貌をしているけど、遠野さんの声は悪くない。低くて、少しかすれた感じ。
「お昼、食べに行くんですよね?」
「僕、ちょっと面白い庭園を知ってるんで、よかったらそこで食べませんか」
「いいですけど」
 今日は6時からお見合いパーティの予約を入れてあるので、適当なところで退散するつもりでいた。
「あたし、夜に女友達と会う約束してるんで、あんまり長くはいられないんですけど」
「電車で行けばすぐだから、大丈夫です」
 というわけで、新宿伊勢丹の地下で惣菜など買い、駅へと向かった。

 10分間のフリートークで話した遠野さんは、可も無く、不可も無く。不可が無いのは、むしろ可かもしれぬと前向きに検討し、後日、食事に行く約束をした。
 遠野さんと会うのは今日で何回目になるのだろう? たぶん、4~5回目。まだ食事と映画だけ。手もつないでいない。この先、付き合う可能性はあやういところ。だって遠野さんには、恋をする決め手がない。

「スパイダーマン3」を観た後、ランチを食べようと新宿の街を並んで歩いた。あたしたちは、あまり背丈が変わらなかった。
 遠野さんの仕事はアウトドアショップの販売員だ。趣味は登山。インストラクターとして、店の客を連れて一緒に山を登ることもあるらしいが、小柄な彼が大きなリュックサックを背負って山に入って行く姿をうまく想像できなかった。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

木の斧

 
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 電車に乗っている間、遠野さんはあたしが通っている岩盤浴の店の話を興味深そうに聞いていた。感心したり、驚いたりするときの遠野さんは、感じが良かった。
 彼はたぶん、いい人だ。
 お見合いパーティに参加したのは一度っきりというのも、本当のような気がする。結婚相談所には、親戚のおばさんにうむを言わさず入会させられたものの、もう解約してしまったらしい。
 30分ほど電車に乗っていただろうか。名前は知っていたけれど、降りるのは初めての駅だった。改札を出ると、
「近くだから歩きましょうか」
 遠野さんが言うので歩きはじめた。 
 風がやんで、太陽が真上から照りつけている。にぎやかな駅前を抜け、車通りをズンズン進む。「近く」っていうから、ほんのすぐそこかと思ったら、なかなか着かない。「近く」でこれなら、登山家の「遠く」ってどんだけ遠い

のだろう?
 お腹も減ったし、それに、汗も出てきたし。夜のお見合いパーティを思うと、これ以上、化粧をくずしたくなかった。フレアスカートの裾が、すねたように足にまとわりついている。
「ここです」
 遠野さんがやっと止まったところには、瓦屋根の立派な門がそびえていた。
 この中に庭園なんかあるわけ? 
 ひょっとして旅館の入り口だったりして……。
 門から先には、しっとりとした石畳の小道が見える。
「ここ……、ですか?」
「そう、入りましょう」
 右手脇の受付で入園料を払った遠野さんは、くるりと振り返り、僕、歩くの早かったですか? と心配そうに聞いた。