山本くんには友達がいない  |  davinci

山本くんには
友達がいない

むといよいよもってすることがない。
 時間を持て余しているのは、山本くんだけではなかった。廊下で窓の外をぼんやりながめているヤツもいれば、なぜか階段を上り下りしているヤツもいた。
 昔、映画でこういう場面を観たことがある。ずっと昔の小さい頃だ。病気を患っているわけではないのに、だれかしらの悪巧みで、アブナイ病院に監禁されてしまう話だった。
 あの病院の中とそっくりだ。
 そしてぼくはあの主人公だ。
 のろのろと廊下を歩きながら、山本くんは思う。
 映画では主人公が病院から脱走できたかどうかはおぼえていない。そもそもどうして子供の自分が、そんな映画を観にいったかもさだかではない。
 家のまわりに映画館はいくつかあった。道を挟んだ神社の中にあり、一階が東映、二階が松竹だ。十分ほど歩いた

の合格通知をもらってから三日後には、山本くんは家から自転車で十五分かかる地元のその塾へ通いだしていた。
 否が応でも山本くんは私立中学を目指す、受験生へなっていかざるを得なかった。

 日曜模試は昼の一時からだ。四科目すべて終わるともう三時近い。そして二十分の休憩をはさんで、テストの答え合わせをかねた授業がおこなわれる。
 この二十分の休憩が山本くんは苦手だった。なにをしていいか、わからないのである。
 ひとりは慣れている。
 学校でもどこでも山本くんはひとりだった。孤独には慣れ親しんでいる。
 帰りの電車の中で読むために文庫本を持ってきてはいるが、教室で広げることはできなかった。じっと机に座っているのもばからしい。一応、トイレへは、いく。それがす

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 
  

Yamamoto Yukihisa   
 
  

Yamamoto Yukihisa 
 
  

Yamamoto Yukihisa ぶん
 
 

 グループのうちのひとりに「ぼ、ぼくぅ?」と早速、真似をされてしまった。げらげらと笑い声が起こる。
 いやだいやだ。学校ではこうした目に幾度かあっている。孤独は慣れるがいじめられるのは慣れない。
「よせよ」
 苦笑いをしつつ、質問してきた子が真似をした子をたしなめるように言う。どうも彼がリーダー格のようだ。クロスとちがい、声変わりはしていないが、からだが大きいので風格がある。
「おまえ、先週、お茶の水のマクドナルドでジャンプ読んでたよな」
 試験会場の大学は茗荷谷だ。山本くんの家は八王子にあり、中央線に乗ってお茶の水駅で丸ノ内線に乗り換えている。
 帰り、お茶の水駅前の小さな売店で、月曜発売のはずのジャンプが売られているのを気づいたのは、日曜模試に通

ところに東宝もある。そのいずれかで観たのはたしかなのだが。
 とりあえず教室に入る。入り口すぐのところで、小松の親分の話で盛り上がっていたグループがいるのを見つけた。でもこのあいだのように、はしゃいだりはしていない。ふつうに話をしているだけだ。
 ひとりが山本くんを見た。すぐ視線を外すかと思いきや、じっと見ている。ほかの子も顔をむけてきた。
 山本くんは怒った沢田とはちがう意味で、彼らに恐怖を感じた。からだが縮こまる思いにかられる。といって逃げるように走って自分の席へ戻ったりはしない。できるだけ平静を装うようにする。
「おまえさぁ」はじめに山本くんを見た子が声をかけてきた。
「ぼ、ぼくぅ?」
 声が裏返っている自分を山本くんは情けなく思った。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 
  

Yamamoto Yukihisa   
 
  

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Yamamoto Yukihisa ぶん

山本くんには
友達がいない

 

してきた。「あげるから手ぇだして」
「嫌いなんだ」山本くんは思わず断った。
「え?」
 ナントは目を瞬かせた。浅田飴が嫌いな人間がそれほど信じられないのか、という驚きようである。
「じゃ、じゃあ、しようがないね」
 そう言ってナントは缶から自分の手に飴をだし、それを口の中へ放り込んだ。彼のうしろにはクロスはいない。
「きみの名前」
「うん?」ナントは頬の右側を膨らませていた。
「ナントだよね」
「あ、うん。南に北斗七星の斗で南斗。南斗マンテン」
「マンテン?」
「百点満点の満点じゃないよ」
 南斗はくすくすと笑った。その笑い方がひどくわざとらしく、山本くんをいらだたせた。

いだしてすぐのことだった。以来、そこでジャンプを買って、マクドナルドで好きな漫画を三本だけ読むのが山本くんの常だった。いまいちばんの楽しみだと言っていい。
 しかしまさかそんなところを目撃されるとは。
「いま、持ってる? ジャンプ?」
「え?」
「悪いんだけど貸してくんねえかな」
「い、いまはないよ」
「どうしてだよ」べつの子が前にでてきて言った。
「あ、あれは、いつも帰りに買うんだ。だからいまは持っていない」
 早口でそう答える。
「だったら今日、いっしょに帰ろうぜ」とリーダー格の男の子がにやりと笑った。

「こ、これ」席に戻るとナントが浅田飴の丸い缶をさしだ

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Yamamoto Yukihisa ぶん

山本くんには
友達がいない

 そう言いながら首をかしげる南斗を無視して、クロスは山本くんに「きみ」と話しかけてきた。
「山本くんだよ」と南斗が口添えするように言う。
「おかしな格好しているわりには、ふつうの名前なんだな」
 山本くんはいつもオーバーオールだった。四季を通じてである。
「たしかにそうだね」クロスの意見に南斗が同意した。試験中、ハチマキをしていた男に言われたくない。
「山本くんはさ、さっき教室の入り口で話をしていたけども、ハギワラと友達なの?」
「ハギワラって」
「って訊ね返すってことは友達じゃないんだ」

 山本くんには友達はいない。
 ここにはもちろん、学校にもだ。
                      〈続〉

 

山本くんには
友達がいない

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Yamamoto Yukihisa ぶん

「満天の星の満天。きみは?」
「山本」
「ふつうだね」
 余計なお世話である。
「下は?」 
 山本くんは答えた。
「それもふつうだ」
 だから余計なお世話だっていうの。
「南斗くん、さっき、クロスくんにナイトーって呼ばれても訂正しなかったけど?」
「うん、ああ。そうだった? ナイトーはまだましなほうだよ。ナカタとかナルトとか間違われるときがあるもの」
 そこへクロスが戻ってきて、席に腰をおろした。彼にも南斗は浅田飴をさしだしたが、「いらない」とあっさり断られていた。
「きみも嫌いなの? 浅田飴? 喉にいいんだよ」

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山本幸久

(やまもと・ゆきひさ)
1966年、東京都生まれ。『笑う招き猫』(「アカコとヒトミと」を改題)で、第16回小説すばる新人賞受賞し、デビュー。近著に『渋谷に里帰り』。

 
山本くんには
友達がいない
  • 著者:山本幸久
  • イラスト:フジモトマサル
作 成 日:2008 年 10月 21日
発   行:山本幸久
BSBN 1-01-00017972
ブックフォーマット:#429

Yamamoto Yukihisa

 
 

 
 
 
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