花男論メモ  |  kaerusan

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水陸の交わり

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 あたかも夢を召還する手続きであるかのように、街には水辺の気配が繰り返し呼び出される。

 針にかかって水中から釣り上げられつつあるのは、陸上の道具であるはずの靴だ。

 そして釣れたのは靴だけではない。

 靴とともに、粘菌のような水が、海から陸へと高く釣り上げられる。その勢いで、釣り竿は空にはみ出す。花男の魚釣りは、魚を釣るというよりは、陸水空をひとつながりに釣ることであり、陸から水、陸から空への誘いといったほうがよい。この不思議な釣り人に惹かれたのか、後のコマでは、水辺にラクダが憩い、牛は馬のように駆けだしている。

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 松本大洋は、しばしば魚眼レンズ風の歪みを多用して空間を変換させる。
 『花男』には魚屋の息子ブーヤンという、魚眼ならぬ魚顔のキャラクタがよく登場する。いったい今見ているのが裸眼ごしなのか魚眼ごしなのかわからなくなる。

 魚顔と化した世界では、地平線を形作る山並み、家並みは、丸い輪郭となり、光を満たすための空間が開く。
 魚顔とは、世界をブーヤン化する技法であり、世界を花男の口の形に近づけていく技法、江ノ島海岸を満々と水を湛えたスタジアムへと変換する技法である。

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夢の方法

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 眼を閉じてしか見ることのできない夢を、眼を開いて見るには、どうすればいいだろう。

 まずは、夢を見なくてはならない。そして夢を見るには、思いがけないところから夢がやってこなくてはならない。なぜなら、見ようとして見えるもの、思い通りのところからやってくるものは、夢ではないからだ。

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