花男論メモ  |  kaerusan

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 松本大洋の「花男」について書こうとしたものの、何も思いつかない。

 こんなときはあれだ、前から一度やろうと思っていたあれ。

 夏目房之介の開発した「模写批評」をやってみよう。

 吹き出しを写すだけでもおもしろいなあ。

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雄弁な身体や、

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雄弁な世界。

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口のスタジアム

 

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 松本大洋のマンガは、輪郭の迷彩とでもいうべき、多様なシロとクロの領域であふれている。

 花男のつるりとした頬骨には、いつもVの字に塗られた影が隈取られている。そもそも主人公の顔からして、すでに虚構の影に飾られているのだ。
 耳のちょっとした描線も見逃せない。松本大洋の描く耳には、じつに不思議な影が落ちている。耳たぶの内側の線のところどころに、まるで潮だまりのようなインクの黒い塊が描かれている。登場人物の横顔が描かれると、そのほんのわずかな黒い塊によって、耳に落ちる陽射しの強さが感じられて、世界のコントラストが強くなる。

 奥歯のくぼみまでわかるあざやかな歯並びは、まるで球場を埋め尽くす観客のように、ぐるりと周りを埋め尽くしている。

 歯の観客に囲まれたその中に、あたかもグラウンドのようにぽっかりと口腔が見え、スコアボードのようなのどちんこが黒い影となってぶらさがる。いや、いっそ、野球場は花男の口の中にあり、口の中から叫びとともに生まれるといってもよい。

 花男の背後に描かれる「オオオオオ」という描き文字は、単なる歓声というよりも、彼の口の中の闇から生まれたヒトガタではないだろうか。

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